怪談のつくりかた

――もしもし? 


 うん、久しぶりだね。急に連絡くれたから、おどろいちゃった。

 ひょっとして、テニスうちの部に戻りたいのかな? とか思ったんだけど。


 そっか……残念! でも、あなた本当に向いてなかったもんね。


 そりゃ、覚えてるよー。球拾いでボール踏んでコケたり、外周中に風にあおられて堤防から転げ落ちたり。

 衝撃的だったなぁ、みんな笑っちゃって練習にならなかったし!


 でもまあ、レギュラーは無理だったろうけど、あなたみたいな後輩がひとりくらい居たら面白くて良かったかもなって。


 ……それで、なんだっけ? 『学校の怪談』が聞きたいって?


 あぁ……あったね! 一年生の前で話したこと。よくおぼえてたねぇ。

 たしか、みんなであの転落事故の話をしてて、その流れでだったよね。

 

 夜の情報処理室の話――それで、良かった?


  *

 

 これは、うちの学校に忍び込んだ他校の男子生徒の身に起きた、本当の話。

 名前は、仮に『Kくん』としよう。

 

 ある週末、Kくんたちの友人グループは、その中の一人の家に集まって泊まり会をしていた。彼らの交友は中学時代からのもので、別々の高校に進学後もこうして続いていた。

 その夜も、時刻がもう日をまたごうという頃になっても、彼らは眠らずに罰ゲーム付きのトランプで遊んでいた。

 罰ゲームは、最初は一発ネタの披露や、ジュースをおごるといった簡単なものだった。

 だけど、内容は次第にエスカレートしていき、みんながトランプに飽きを示した最後の回は、次の遊びに繋がる最高難易度の罰が設定された。

 

 それは、今からKくんの友人が通っている高校――うちの学校――に行き、その様子を家で待つみんなに生配信するというものだった。

 うちの学校は、距離的に一番近く、古びた校舎は肝試しにはうってつけだった。

 

 今まで一番勝率が高かったKくんは、よりにもよってこの回で負けた。

 でも、好奇心旺盛な彼はこの企画に乗り気で、むしろ選ばれたことを内心喜んでさえいた。

 もっとも、そんな態度では罰ゲームにならないと文句を言われかねない。適度に嫌がる素振りを見せながら、夜の学校へと向かった。


 しばらく経って、友人たちの携帯にKくんからのビデオ通話の着信があった。

 ちゃんと到着したという証拠のため彼が映したのは、校舎内の映像だった。

 それも、外から窓ごしに映したものじゃない。みんなを驚かせるために、なんと建物の中に忍び込んだのだ。

 予想どおり、自分を称賛する友人たちの反応を見て、Kくんは気を良くした。

 どこか行ってほしい場所はあるか意見を募ると、トイレや理科室などいかにも幽霊が出そうな場所――あるいは、職員室や自分たちの教室に侵入して、机の中をあさってほしいというリクエストもあった。

 

――みんな見てろ、全部やってやる。


 そんな意気込みで、彼はネットの動画配信者のように実況を交えながら、校内の探索をはじめた。

 臨場感を出すために、カメラは自分の進行方向を映した。

 スピーカーからは、友人たちの声が聞こえる。

 時折、幽霊が映ったという嘘や、大声で驚かされもしたけれど、彼らとの繋がりがKくんを勇気づけていた。

 

 そのうち、『情報処理室に行ってみよう』という提案があった。

 名前のとおり、情報処理の授業で使う教室で、今居る棟の廊下の突き当りにある。

 Kくんは、さっそくその場所へと向かった。

 

 しかし、いざ教室が近づくにつれ、奇妙な気配を感じ取るようになった。

 友人たちに報告すると、『ビビり』だの『霊感』だのと茶化された。

 でも、そういう心理的、神秘的なものとは違う気がした。

 

 ある程度の距離まで近づき、彼は謎の感覚の正体を理解した。

 画面を見たり音を聞かなくても、周囲でテレビが点いているのがなんとなくわかる――という経験はないだろうか?

 まさしくそれだ。霊感でもなんでもない。それ自体は、不思議な現象じゃない。

 

 でも、夜の校舎でその状況は異常だった。


 かすかな夜光のみに照らされた暗がりの通路の終着地にあって、本来は無明の闇が支配するはずの教室――その扉の窓から漏れる青白い光を前に、Kくんは歩みを止めた。

 最初は常夜灯の明かりかと思ったけれど、どうも違う。

 明暗や色が変化している。光源はやはりテレビのようなもの……――考えるまでもなくパソコンだ。

 だれもいないはずの教室で、だれかがパソコンを使っているということだ。

 

 状況を聞いた友人たちは興奮し、真相を解明しろと言ってきた。

 Kくんは煽る彼らに腹は立ったものの、現場と部屋でたむろして眺める画面越しとで、温度差があるのは当然だ。

 それに、ここまでみんなを盛り上げたのは自分自身だということもわかっていた。

 Kくんはそこに居るかもしれない『なにか』に気づかれないよう、そっと教室に忍び寄った。でも、直接中を覗く勇気がわかない。

 そこで、携帯のカメラのレンズだけを窓から覗かせ、そこに映った映像で確認することにした。

 

 震えて手ブレした映像に映り込んだモニタの光は、まるで燐火りんかのようだった。

 入り口から見て正面に位置する場所で、一台のパソコンが起動していた。

 そこまでは予想どおりだ。

 ただ、映っているのはそれだけだった。操作している者がいない。パソコンがひとりでに動いているのだ。

 Kくんは恐怖に駆られた。

 しかし、すぐにある可能性を思いついた。遠隔操作だ。


――誰かが別の場所から、このパソコンを操っているんだ。

 

 そう考えると、怖くなくなった。むしろ、犯人のたくらみを暴いてやりたいという気持ちになった。

 携帯をドアに押し付けて固定し、撮影対象を拡大すると、モニタに表示されている内容がかろうじてわかるようになった。

 

 ネットサーフィンだろうか……?

 画面には薄暗い背景に火が灯った一本の蝋燭ろうそくの写真が映っていた。燐火のように見えていたものは、まさしく炎だったのだ。

 そして、赤い文字でサイトのタイトルが表示されている。

 そこには、こう書かれていた。

 

『あなたの寿命』

 

 他には、『あなたの名前』という入力欄と、『診断』という実行ボタンがある。

 Kくんは、それがなんのサイトなのかを理解した。

 理解したが……どうして、そんなものを表示しているのかが理解できない……。

 

 すると、Kくんがサイトの内容を確認するのを待っていたかのように、『あなたの名前』に、一文字ずつゆっくりと名前が刻まれていった。

 それを見て――Kくんは、小さく声を漏らした。

 

 入力されたのは、Kくんの名前だったのだ。


 茫然とする彼に追い打ちをかけるように、実行ボタンが押された。

 じわじわと……まるで、血がにじみ出すように、赤い文字が浮かび上がっていく。

 

『残り…………4時間』

『死因…………自殺』

 

 動悸が早まる。呼吸も荒くなり、一息ごとに悲鳴のような声が伴うようになった。

 

――間違いだ……。なにかの間違いだ……。


 今この場で、自分の息の根を止めかねないほどに体を蝕む『恐怖』の侵食を、彼は理性で必死に食い止めようとした。

 こんなことは、現実にありえない――と、目の前の現実を否定し続けた。

 

 その時、携帯の映像が闇に覆われた。

 電池切れかと、直接窓に視線を向けた時、その理由がわかった。

 

 携帯が床に転がる直前、一瞬だけ、『それ』が映った。

 喪服のような黒いスーツをまとった男が、扉一枚隔てた向こう側に立って――こちらを見下ろしていた。

 

 ……それきり、もうなにも映らなかった。


 

 その晩、Kくんは友人たちの待つ家には戻らなかった。

 翌朝になって、自宅で首を吊っているKくんが、彼の家族により発見された。

 

 死亡推定時刻は、明朝――

 彼が見た自分の寿命が尽きるまでの時間と、計算上、ほぼ一致していた。


  *

 

――……そうだね。たぶん、死神だろうね。


 それでね、途中にあった、『情報処理室に行ってほしい』っていう友達からのリクエスト……実は誰もそんなこと言ってなかったんだってさ……。

 

 そう。だからもう、その時点で――ううん、もしかしたら罰ゲームを受けることも含めて、最初から『決まってた』のかもね。


 うん、ヤバイよね。呪われてるかもね、うちの学校。あの転落死にしてもさ。

 ……あの一年生、あなたのクラスの子だったんだっけ?


 え、お兄さんの? あー、そういえば、双子だって言ってたね。

 で……その後、新しい情報とかもないの? 


 ……そっか。気味悪いよねぇ。

 もう、ずっと気になってるの。なにか情報入ったら教えてね。


 いいよ、暇だったし。遠慮しないで、また連絡してね。

 良ければ、部活へのカムバックもね!


  *

 

 以前に話したことのある『学校の怪談』を、もう一度聞かせてほしいと連絡をくれた部活の元後輩――

 さっき彼女に教えたのは、もともと友達から聞いた話だ。

 その友達も、たぶん別の友達から聞いて――遡っていくと、出処は結局誰なのかな。

 まあ、こういうのは人から人へと伝わるごとに手が加えられていって、もうすでに作者が聞いてもわからないくらい、原型とかけ離れてしまっているのかもしれない。

  

 そういうわたし自身、ところどころアレンジしてしまっている。

 特にクライマックスの死神の登場と、その後の自殺のくだり――実はこれ、完全にわたしの後付だ。

 元の話は、寿命診断サイトを見たところでおしまいなのだ。しかも、寿命が尽きるのはもっと先。それだとオチとして弱いから、ついつい改変してしまった。

 

『怖い話』なんて、そんなものだ。重要なのは、その名のとおり怖いこと。

 たまに、信憑性をやたら気にする人がいるけれど、それは作り話だと認識して安心したいか、実話だと認識してもっと怖がりたいかのどちらか。

 怖さを、自分好みに調整したいだけなんだと思う。

 

 現実だと信じてしまった時の『恐怖』は、また別格だから。


 不思議だよね。嘘か本当かで言ったら……ふつうに考えて、ありえないでしょ?

 なのに、どういうわけか信じようとしてしまう脳の欠陥みたいなのが、人間にはあるんだよね。 

 そして、ありえないものを信じてしまった時、現実と非現実との間にある『境界』が消えて、『あちら』からなにかが流れ込んでくるような怖さと――同時に、窮屈な世界から解き放たれるような開放感が入り混じった、不思議な気持ちになる。


 それが、怪談の魅力なのかもしれない。

 

 だから、わたしも話を聞いた相手がこの情緒フィーリングを感じられるように、怖さを追求するのと同時に、できるだけリアリティも持たせるように工夫している。

 今回の改変でも、主役が死ぬ話にありがちな証言者が不在になる矛盾点を、最後に友人たちにも死神をチラ見せすることで解決した。

 その死神も、無理に物語の中で説明するより、話の後でわたしからの考察という形で示唆したり、同様に情報処理室への謎の誘導も、当事者から聞いた裏話っぽく伝えたのとか、我ながらいいアイデアだったと思う。

 ポイントは、非現実から現実への橋渡しだ。

 そういう点で、『この話を聞いた人の身にも同じことが――』なんて手法はお手軽だけど、ちょっと強引な感じもして――


 ――……まあ、ここまででわかるとおり、わたしはこの手の話がけっこう好きなのだ。

 もしうちの学校に『怪談部』があったら、テニス部よりそっちに入ってたかも……なんて、それは冗談だけど。

 でも、久しぶりだったけど、人に聞かせるのはやっぱり楽しい。また、なにか怪談つくってみようかな。

 


 そんなことを考えていると、通話アプリに着信が来た。昔から仲の良い友達だ。

 仲が良くても、別々の高校に進学してしまうと会う機会も減るし、連絡も文字のやりとりがメインになってしまう。通話は久しぶりだった。

 だから逆に、どうしたのかと訊いたけど、ただ、『暇だったから』らしい。


――てっきり、『学校の怪談』でも聞きたいのかと思った!


 ふざけてそう言ったら、当然ながら怪訝気味に事情を訊かれた。

 だから、さっきの後輩とのやりとりを教えてあげた。


『……なんで……それ、話したの……?』


 友達が言った。声が震えていた。

 なんでって…………なんで?


『だって……あなたと菊池、あんなに怖い目にあって……』


 菊池……? 一年前まで付き合っていた元彼だ。

 ある時から、急によそよそしくなって、最後は原因もよくわからないまま、別れることになった。

 その菊池と……わたしが……?

 なんのことか、よくわからない……。

 

 そう言ったら、友達はよりいっそう怯えて――


『わからないって、思い出したんじゃないの……? どっちなの? 一年前のこと、おぼえてるの? いないの……?』

 

 一年前……――


『みんなで相談して、あの夜のことは無理に思い出させないようにって、話題にするのも避けてきたけど――』


 あの夜……――


『――でも、明日がちょうど一年後だから、あの寿命診断サイトにあった結果がどうしても心配で! だからわたし――――』


 …………思わず、通話を切っちゃった。

 なんでって、『怖さの調整』のためだ。

 

 でも……ちょっと、遅かったみたい。


 忘れてたけど、さっきの話の本当の原作はたしかこうだ。

 

 罰ゲームで学校に行ったのは、Kくんと――彼がその場で案内役に指名した、本校の女子生徒の、ふたり。

 

 情報処理室に行こうと提案したのは、たしかに部屋で待つ友人たちではない。

 でも、死神でもない。その付き添いの女子生徒だ。


 そして、寿命診断サイトに表示された名前は……本当はKくんのものじゃなくて……その女子生徒のもの……。


『あなたの寿命』に表示された、残りの時間は…………思い出せない……。

 

 でも……でも、さっき――もし、あの子の言うとおりなら……。


――間違いだ……。そんなの、なにかの間違いだ……!


 こんな記憶、でたらめだ……!

 だって、ふつうに考えて、ありえないでしょ?

 リアリティのある話を考えすぎて、作り話と実話の区別がつかなくなってしまったんだ!


 ……なら……どこから、どこまでが本当なの?

 

 ひとりでに動いてたパソコンは?

 寿命診断サイトは?

 入力された……わたしの名前は?

 余命……一年は?


 死神……は……――

 


 わたしの、現実と非現実の『境界』が…………消えていった。

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まひるノート ―陽射しの境界― 黒音こなみ @kuronekonami

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