桜散る

 ここは学校の裏庭。桜が満開でとても綺麗だ。

 温かな風がゆるく吹いていて、桜の花びらを一枚、二枚と舞い散らせる。

 芝生の上に、一人の男子学生が緊張した面持ちで立っていた。瑞々しい新緑の上に舞い散る桜がなんとも可愛らしい。


 ――絶好の告白日和だ。彼は思った。


 美しく陽気な春のある一日。この素晴らしい風景にも勝る美貌を持つ彼女が、もうすぐここへやってくる。

 彼女を初めてみたのは去年の春。中学に入学したその日、同じ小学校の友達と笑い合っていた僕の目は、一目で彼女に釘付けになった。まるで二次元から飛び出してきたかのようなスタイル、艶々の髪の毛、顔の半分くらいあるのではないかと感じるほど印象的な目。

 最初は見た目からだったが、彼女の持つミステリアスな部分も、僕を惹きつけた。隣のクラスの彼女の噂はたくさん聞こえてくる。


 謎その1、彼女は体育の授業を絶対に受けない

 謎その2、授業中は驚くほど賢いのに試験のトップ10に彼女の名前はない

 謎その3、彼女は給食の時間になるとどこかに消える

 謎その4、彼女は教室の掃除を免除されている


 もちろん謎は気になるが、僕の恋心はそんなものでは消えやしない。むしろ募るばかりだ。それに彼女に告白しようとすることで彼女の謎をもう一つ発見した。


 謎その5、彼女の下駄箱は校内のどこにもない


 この謎には困った。もちろん、呼び出しの手紙を下駄箱に入れようと思っていたからだ。

 彼女のクラスの下駄箱を一つ一つ見て回ったが、彼女の名前は本当になかった。結局、人のいなくなった教室に忍び込み、彼女の机の中に手紙をいれたのだが、その時も少し奇妙に感じることがあった。置き勉を一切していないのはいいとしても、机と椅子の間隔が不自然に広く空いているのだ。他の机はきちんと椅子をしまってあるのに、彼女の椅子だけ、誰かが座れるくらいの間隔が空いていた。


 そろそろ約束の時間だ。彼女は現れるだろうか。彼女は僕の手紙を読んでくれただろうか。


 僕の心配は徒労に終わった。彼女は芝生の上を滑るようにやってきた。


 ――ああ、きれいだ。


 そこにはっきりと存在しているのに、透き通るような透明さを持つ彼女。「待たせてしまいましたか?」声もとても可愛らしい。

 「いや、そんなことないよ」僕は彼女と初めて声を交わした。それだけでも舞い上がるような気持ちだった。

 「私に告白、隠していた心の中を打ち明けたいとのことでしたが……」彼女が言う。ああもう、手紙の文面で気持ちを伝えているようなものだ。

 さあ、勇気がしぼんでしまわないうちに言いたいことを伝えよう。そして僕たちが学年で初めてのカップルとなるのだ。


 「あの! 初めてみたときから好きでした。付き合ってください」


 お辞儀というよりも、恥ずかしさから上半身が傾いた。芝生の上の桜の海が目に入る。


 「付き合って欲しい、ということですか? 私に」

 「……はい」


 僕はうつむいたまま応えた。


 「ちょっと、待ってくださいね」


 (え、、、これは、失敗か?)


 「サーチ、付き合うとは『恋愛のパートナーということをお互いに約束すること』。サーチ、恋愛とは『男女間の恋いしたう愛情』。サーチ、愛情とは『相手にそそぐ愛の気持ち』。サーチ、愛とは『そのものの価値を認め、強く引きつけられる気持ち』……なるほど」


 (な、なんだ? 今のは)


 「えっとですね、まずは私の価値を認めてくださりありがとうございます」

 「は、はい」

 「あなたの愛情はしっかりと受け止めました。ただ、お付き合いすることはできません」


 「……そう。理由を聞いてもいい?」

 「はい、それは私が人間ではないからです」

 「っ!!?」


 「私はAIです。この姿も、下にある可動式PCから投影しているだけにすぎません。」


 桜が……桜の花びらが彼女を通過して舞い落ちるのを見た。


 「今、この場に吹いている風を計算して、不自然じゃないよう私は投影されています。ですが私自体、実態を持っていないのです。そして、私は見た目は女性ですが、性別を持っていないので『男女間の恋いしたう愛情』をあなたに約束することはできません。よって、あなたとお付き合いすることはできない、ということになります」


 そ、そんな理路整然と言われても。いや、AIなのだから仕方がないか。なるほど。彼女の謎は全て、彼女がAIだったからこそだったのか。いや、ちょっと待て。


 「そ、それじゃ、どうしてここに来られたの? どうやって手紙を見たの?」

 「同じクラスの女性に頼んで開けてもらいました」


 校舎の裏に視線を移すと、必死に笑いをこらえている女の集団がいた。

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