ヤンデレたちの略奪戦争

もろこし外郎

一章 もっけの再会

第1話

「今日のホームルーム終わり。お前らぁ、気い付けて帰るんだぞー」


 担任の気だるげな言葉を合図に、生徒達がぞろぞろと教室を出て行く。


 部活動へ向かう者や生徒会の活動へと向かう者、真っ直ぐ自宅へ向かう者など、学校には様々な生徒がいる。

 俺たちのように教室でダラダラと喋っているような者もいるだろう。


「そろそろクラスにも慣れてきたか?」

「まあね。……と言いたいところだけど全然慣れないや」


 頼りない苦笑いを浮かべるのは、中学からの友人の一人、阿賀野修也あがのしゅうやだ。すっきり痩せた小さめの身体を、紺色のブレザーに身を包んでいる。

 中性的な可愛らしい顔立ちと両目にある泣きぼくろが特徴的で、毎年クラスのマスコット的ポジションになってしまう。

 人当たりが良く接しやすい彼だが、一つ大きな弱点がある。彼はとにかく人見知りなのだ。それも、知らない奴に話しかけられるとフリーズしてしまうくらいには。


「高校に入る頃にはマシになってるかな、って淡い期待があったんだよ……」

「本当に淡かったな」

「ふふっ、阿賀野君は優しい人ですから、きっとすぐに馴染めますよ」


 同じく中学からの友人である桜華奈子さくらかなこが、柔和な笑みを浮かべながら近づいてくる。

 大衆の夢である才色兼備を具現化した存在で、中学の頃も成績は常に学年トップ3に入っていた。

 彼女のキリっとした美顔を引き立てるのは、柳のような凛々しい眉。歴史の教科書に出てきそうな長い黒髪はサラサラで、ついでとばかりにまつ毛も長い。

 おまけに性格まで完璧で、誰にでも優しく接し、俺みたいな同級生にも敬語を使う。日本の絶滅危惧種、大和撫子の生き残りである。


 と、どうして同じ学校に通っているのか分からないほどの超人なのだが、俺は彼女が苦手だ。なぜなら、


「もう、浜中君はまたそうやって距離を取る! 何度も言っていますが、告白のことは気にしていませんよ」

「そもそも、告白自体ただの罰ゲームだったわけだしね。桜さんにフラれるのは男子の伝統みたいな風潮あったし、あまり気にしなくても良いんじゃないかな」


 中学のとき、俺は罰ゲームで桜に告白し、盛大にフラれたのだ。


 無論、こんな究極の存在にフラれた男は俺だけではない。罰ゲームからガチのやつまで、今までに数多の男子が桜に告白し、悉く砕け散っていった。それらが定着してきた頃には、桜にOKを貰うことを『桜流し』なんて無駄に風流な名前で呼ばれるようになっていた。


「むしろ罰ゲームだから気にしてんだよ。謝ったとはいえ、嘘の告白なんてひでぇことしちまったんだぞ。いやまあ、純粋にフラれたからってのもあるけどさ。そういう相手と話すのって、こう、ほら、ためらわねぇか?」

「うーん、僕は告白したことがないからあれだけど、気にしないでって言ってくれてるなら気にしないかな。まあ、いきなり変なゲームに巻き込まれたのは気の毒だったと思うけど」


 人付き合いって大変だよね、断ったら断ったで後が面倒だしさ。と、修也は付け足す。

 どうやらこの恋愛強者どもには俺の気持ちが理解できないらしく、いつも微妙に会話がズレてしまう。……俺がおかしいのか? 異なる考え方を持った人らに囲まれると、時折自分の感情が本当に正しいのかと疑ってしまうことがある。


「最後のフォローだけは全力で同意するわ。つーか桜も毎回『心に決めた人がいますので』っつって塵も残さず玉砕してるけど、あの言葉本当なのかよ」

「さて、どうでしょうか」


 桜は口元を隠してクスクスと笑う。歯と一緒に真実も隠して。

 こうしてからかうためなのだろうか、桜が今もなお俺に構う理由は。桜流しチャレンジの件を抜きにしても、どうも桜は苦手だ。


 それから二人としばらく話していると、桜がふと時計を見て「いけない、そろそろ帰らなくちゃ。私はお先に失礼しますね」と言った。彼女はお手本のようなお辞儀をし、お気に入りの音楽プレーヤーを装着しながら走り去っていった。

 教室には俺と修也の二人が取り残された。


「桜さんって結構足速いんだね。ちょっと意外だったな」

「俺はあいつと会話が続くことの方が意外だよ。そういやこれからどうする? 部活の見学とかするなら付き合うぞ」

「いや、気持ちは嬉しいけど遠慮しておくよ。先にこの性格から何とかしたいし……。というか、恭輔は部活には入らないんだろう? 気遣わなくても大丈夫だよ」

「わかった。俺もそういうの興味ないしな」


 俺は部活動に入るつもりはない。なぜならこの高校ではアルバイトが禁止されておらず、それならば部活ではなくアルバイトの方を始めてみようと思ったから。社会経験を積むため、などというと聞こえは良いが、要は自由に使える小遣いを増やしたいのだ。


「それに、見学するにしてはちょっと遅いもんね。桜さんも帰ったことだし、僕たちも帰ろうか」

「それもそうだな。さっさと帰ってマイエンジェ――」


 カバンを持って立ち上がったそのとき、廊下から喧騒にも似た騒音が響いてきた。

 一年の大半は部活動の見学に行っていると思われるのだが、何か事件でもあったのだろうか。


「何だろ、やけに騒がしいね」

「すぐそこで何かあったっぽいな。どうせ廊下通らなきゃならんし、見るだけ見るか」


 俺はもっともらしい口上を述べると、少なくない野次馬精神を引き金に、教室の扉を開いた。

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