湯けむりボイルドエッグ殺人事件

留確惨

第1話

とある温泉街の旅館の露天風呂。

冬場の寒空の下、水蒸気が冷やされていつもより余計にもくもく湯気が立ち、その視界はほとんど白に染まっていた。

屈強な男たち3人はガラス戸をガラガラと開け、露天風呂に入ろうとする。

すると一陣の風が吹き、濃密に視界を染める湯気が吹き飛んでその露天風呂の姿を見せる。

だがその姿は決して彼らの望まぬ影も内包していた。


「「「ギャ、ギャンマン~~~~~~っ!!!」」」


男たちは同様にその影の正体に驚愕の声を上げる。

彼らが目にしたのは彼らとともに温泉旅行に来ていた仲間、ギャンマンの無残な死体。

その遺体は上半身を濁り湯の中につけ、下半身だけが露出している。

その岩のような灰色の肌は温泉のお陰で遺体であるのも関わらず十分な温度を持っていた。

上体とは死後硬直の影響なのか温泉の中ピンと立ち、足はがにまたに開いている。


その姿はまるで犬神家の一族のあの死体そのものだった。



****************************************



もくもくと湯煙が立つ群馬県草津温泉。

そこにプロレス団体『完璧パーフェクト・オリジナリティー』の会員たちは度重なる修練の疲労をいやすために旅行に来ていた。

完璧パーフェクト・オリジナリティー』は完全会員制の超強豪のプロレスリングジムで、彼らは自身の必殺技フェイバリットの修練に日々汗を流し続ける生活を送っていた。

彼らは日課である早朝のランニングを終え、かいた汗を流そうと宿に戻った。


「ニャガニャガ、いやぁ~~~っ楽しみですねえ! 草津温泉。そう思いませんかプチプチマンさん」


白を基調とした法衣のような恰好をして白黒の大きいシルクハットを目深にかぶった男が嬉しそうに隣の男に話しかける。

メンバーの中では珍しい色白の肌に目の下から頬をかけて垂れ下がるように黒く一本線のメイクがされた顔。

慇懃な態度をとるその男はツァイコマン。

会員ナンバー10で仲間内の中で最も上昇志向の強い男だった。


「テハハハハ————ッ、そうだな。確かにこの温泉ならば私のこの体をほぐしてもっと柔軟になれるかもしれんなぁ。素晴らしい、素晴らしいぞぉーっ」


プチプチマンと呼ばれた男も同様に楽しみそうにのれんをくぐる。

半透明な全身に体中に存在する緩衝材のようなもの、顔も巨大な緩衝材に覆われていて口元しか見えていないがそれでもなぜか感情が分かりやすい、不思議な男だった。

会員ナンバー5でメンバーで最も体と心のの柔軟性に優れた男。


「しかしギャンマンはどこに行ったのだ? 彼のようなまじめな男がランニングをサボタージュなどあり得ん」


唯一この場にいない者の心配をする男はゴングマン。

ピンク色に輝くメタリックなボディが特徴で、肩に巨大なアーマーがついたメンバー1の大男。

会員ナンバー8のまじめで寡黙な男で、くしくも此度の事件の被害者であるギャンマンの親友でもあった。


「そうですねぇ。あの方ならさらに余計にトレーニングをしているんじゃないですか?」

「テハハ————ッ、確かにあやつのしそうなことだ」

「ギラギラ、しかし此度の我々の目的は慰安。そういった抜け駆けはあまり感心せんな」


更衣室で汗に濡れた衣装を脱ぎ、籠にしまって入浴準備をしながら談笑する三人。

若干2名ほど着替える必要性があるとは思えない格好をしているなんていってはいけない。

そう、細かいことを気にしたら負けなのだ。


「そういえば知ってますかプチプチマンさん。草津温泉の泉質が強酸性なのってプラナリア七光線で死んだ過去のレスラーの死体から出た硫黄のせいらしいですよ」

「ギララァ————ッ!! 入る前に気持ちの悪いことを言うな————っ! 吐き気がする~~~~っ」


細かいことを気にしてはならないのだ。決して。



そして彼らは一通り体を流し終わった後露天風呂に行き、見つけてしまった。

無残にも死んでしまったまるでギャグのようなギャンマンを。


「し・・・・・・死んでる!」


3人は驚愕の表情でその姿を眺めていた。

が、最初にツァイコマンがギャンマンの下へ駆け寄ってその体を運び出そうとする。

だがギャンマンの身体が動くことはなかった。


「う、動かない————っ」

「手伝うぞツァイコマン!」


送れて駆け寄ったプチプチマンもギャンマンを引き上げようとするが、依然として効果はない。

まるで濁り湯の中、何かでギャンマンの頭部が固定されているような感触。


「「か、火事場のアホ力ぁ~~~~っ!!」」


二人は力の限りを尽くしてギャンマンを引っ張るとその甲斐あってギャンマンの身体は大きなカブのようにスッポーンと抜ける。


「ゲ————ッ!! このバカがぁ————っ!!」


ゴングマンは叫ぶ。別に『現場の保全をしなければ』というわけではない。

彼らはそんな細かいことは気にしていない。

ゴングマンだけは気づいていたのだ。ギャンマンの遺体が抜けないのは彼の頭から生える巨大な角が床に刺さっているからだと。

彼の心配通りギャンマンの立派な角は中ほどで折れてしまう。


「「ゲゲ————ッ! ギャンマンの角がぁ————ッ!」」


二人はやってしまったとばかりに頭を抱えて反省する。

その後3人は口論になった。


口論はすぐに落ち着き、実況見分となった。


「ギャンマンさんの身体には我々が折った角と後は頭部に打撃の痕跡が見られます。恐らくはそれが直接の死因。それに風呂の底に何らかの破壊痕がありました。つまり・・・・・・」


ツァイコマンはギャンマンの死体と周囲の環境を一通り調べた後、一拍置くように溜めた後、カッと目を見開いて自身の推理を推理を語り始めた。


「明らかに何らかの必殺技フェイバリットで一撃で殺されています! 犯人は我々レスラーに違いありません!!」

「「な、なんだってーっ!」」


その推理にプチプチマンとゴングマンは驚愕するが、ゴングマンはすぐに反論する。


「ギラギラァ————ッ! 笑止! あの屈強なギャンマンがただの一撃でやられるか————ッ!」


ギャンマンはこの温泉に来ているメンバーの中でも随一のタフネスを誇るレスラーだった。

その岩のような体は伊達ではなく、並の攻撃ではダメージなど通らないだろう。


「だがゴングマンよ、それを可能にするのが必殺技フェイバリットであることはそなたとて重々承知だろう。それに温泉地で気が緩んでいればわずかなスキを突かれて不意打ちで仕留められた可能性も高い」

「マッ・・・・・・」


プチプチマンの言葉に勢いを失うゴングマン。それほどまでに必殺技フェイバリットというのは強力で、レスラーの誇りでもある。

防御や受け身もなしで直撃すれば即死も免れないだろう。

事実この場にいるレスラーが自身の必殺技フェイバリットを万全に直撃させたのならお互いを殺せる自信があった。


「やれやれ、これでは犯人が分かりませんねぇ。リングの外での殺しなどをするものと一緒に宿泊など勘弁してほしいものですが」

「それを言うなら貴様が最も怪しいのだぞツァイコマン————ッ! 貴様がギャンマンと折り合いが悪いことなど周知の事実だろうが————ッ!」


ツァイコマンの皮肉にゴングマンは過敏に反応して糾弾を始める。

組織内においても革新派のツァイコマンと保守派のゴングマンとギャンマンは仲が悪かった。

だが険悪というものでもなく彼らはなんだかんだで一緒に温泉へ行くくらいには穏やかな関係性だった。


「まあ落ち着けゴングマン。そんな抽象的な理由で犯人を決めるのはどうかと思うぞ」


激昂するゴングマンをプチプチマンが諫める。が、弾劾されたツァイコマンのほうも冷静ではいられなかった。


「ええ、私とてそんな理由で疑われるのは非常に心外です。もう少しまともな理由とかないんですか?」


ツァイコマンは煽るが、ゴングマンも激昂しているように見えて意外に冷静だった。

ゴングマンは実況見分をもとに推理を始める。


「理由ならある! ギャンマンはの死因は頭部の打撲。傷の状態と現場の状態から言ってでないわけがない犯人は『ギャンマンを空中で何らかの形にロックして動けなくして、落下の勢いで湯船に叩きつけた』のだ————ッ!」

「ツァイコマン! お前の必殺技フェイバリット、たしかそういった技だったよな————ッ!」

「ええ、ええそうです。私の必殺技フェイバリット輪廻グラム・転生落下リィンカーネーションならば確かにこの状況に持っていくことができます。」

「ギラギラ————ッ! 認めたな、貴様ぁ————ッ!」


ゴングマンはツァイコマンを指さし、ツァイコマンを犯人と断定する。

しかし、そこに横槍が入った。


「待ってください」


温泉に入ってきたのは全身銀色の筋肉質の男。ぼさぼさの頭にチューリップハットをかぶったその姿はまるで伝説の名探偵のよう。

そう。彼こそが会員ナンバー2、銀田二ぎんだにマンだ。

その冷静さとあふれる知性で数多の敵を返り討ちにしてきた伝説の男。

仲間たちからの信頼も厚い男の中の男がいまその知性をもって推理を始めんとしていた。


「銀田二さん! 冷静なあなたが来てくれるのを待ってましたよ!」

「ええ、結論を急ぐのはあまり感心しません。脳天からリングに叩きつける必殺技フェイバリットは星の数ほどあります。それだけで犯人を決めるのは早計かと」


銀田二マンはスタスタと議論する二人の間を通り抜けて湯船をゴソゴソと探り始める。


「プチプチマンさん、悪いですけどこの中をもっと細かく探すのを手伝ってもらえますか? ほら私シルバーなので長くつかると硫黄で黒ずんでしまいます」

「あ、ああ。」


プチプチマンも銀田二に続いて湯船の中を捜索し始める。すると、プチプチマンが何かを見つけた。

それは何か長い木の枝のようなもの。それはギャンマンの角であった。


「ゲ————ッ! そ、それはギャンマンの角————ッ!」

「そう、おかしいんですよ。ゴングマンさんの言う通り空中でクラッチして叩き落したならギャンマンさんの。なのにこれは水底に沈んでいた」


銀田二マンは湯船から出るとプチプチマンからギャンマンの角を受け取り、指さしながら解説していく。

核心を得ないそれにゴングマンは銀田二マンに噛みついた。


「何が言いたいんだ————ッ!」

「つまりですよ。この角は地面に落ちる前に折れていたかそれに近い大ダメージを受けていないとおかしい。ゴングマンさん、あなたの仮説は間違っているんです」


「「「な、なんだって————ッ!」」」


3人そろって驚愕の声を上げる。前提条件が狂ったのだ。

落とした結果角が折れたのでも水から出した時に追ったのでもなく、落ちる前から折れていた。

結果と過程が逆転し、捜査はまた振出しに戻る。


「それに角の付け根を見てください」

「付け根・・・・ですか・・・・・・」


ツァイコマンはギャンマンの角の付け根をのぞき込む。


「!」

「なんだ————ッ!何があるんだ————ッ!」


ゴングマンとプチプチマンがギャンマンの遺体に駆け寄る。

三人が目にしたのはギャンマンの角の付け根にある内出血の後だった。

カチわれた頭部の負傷にも負けないほどの痛ましいその傷は温泉の熱によって逆アイシングされ、死してなお悪化を繰り返している。


「ど、どういうことなんだ銀田二マン~~~~っ!!」


普段冷静で温厚なプチプチマンでさえ銀田二マンに詰め寄っていく。

この殺人には、この必殺技フェイバリットにはトリックがある。この証拠がそれを示していることにプチプチマンがほかの二人より詳しく気づいていた。


「テハハハ、つまりあれか、犯人はギャンマンの角に超振動を与えることで破壊、もしくは内部にひびを入れた。そしてそれほどの信号を与えられたのならばギャンマンの脳も無事ではすむまい。つまりはギャンマンの本当の死因は打撲ではなく振動波による脳の破壊ということか~~~っ!!」

「本当か————っ!」

「ああ、だがギャンマンのタフネスは我々図一のもの。そんな彼の脳をただの振動だけで破壊できるものだろうか」


脳を揺らすという行為自体は格闘技ではノックダウンの原理として用いられるポピュラーなものであり、それ自体はギャンマンとて当然のように警戒している。

ただ単純に揺らすだけでは耐性を付けているギャンマンを一撃で倒すことはできないのだ。

しかし、その不可能の壁は銀田二マンによって崩壊した。


「恐らくは音叉の原理を利用したのでしょう」

「お、音叉!?」


音叉とは叩くと楽器のような快音を鳴らす二股にU字状に分かれた金属の器具だ。

同じ周波数を出す音叉同士だと共鳴する性質を持ち、楽器の調律にも使われるものだ。


「ええ、ギャンマンの角は完全左右対称。ですから片方に振動を与え、もう片方に振動を与えることで振動と振動は共鳴して倍加する。仮に片側だけの振動を100万パワーとすると、共鳴の力で200万パワー」

「さらに肘を使って頸椎や頭蓋骨からも振動を送ればさらに倍の400万パワー」


推理が進むごとに銀田二マンの目は鋭利な銀色の光を帯びる。

真実を探し出し、解き明かす名探偵のように。


「そのうえ落下の衝撃をプラスすると————更に3倍」

「そう! 1200となるのです!!」


「「「な、なんという冷静で的確な推理力なんだ!!」」」


図らずもそろう驚愕の声。12倍の強度を誇る必殺技フェイバリット

全てを崩す超時空振動アポカリプスクエイク。そんなものをまともに喰らってしまえばただでは済まないのは彼らがレスラーならばわかり切っていたことだった。


「ええ、12倍の力を喰らってしまえばさすがのギャンマンさんでもただでは済まないでしょう」

「恐らく犯人は肘を使って首を固定しながらギャンマンさんの角を掴み、足を足でクラッチすることで全身を密着させ、ゼロ距離から振動波を喰らわせたのでしょう。そして脳を破壊しながら落下した。さらには水中に埋めることで窒息効果すら付与できます」

「ゲゲ————ッ! 完全に殺人技じゃないですか————ッ!」


あまり技のえぐさ、はまってしまった時の破壊力を想像してツァイコマンは震え上がる。

これはもう必殺技フェイバリットどころの問題ではない。

『奥義』とさえいえるほどの凶悪な殺人技、まさしく完璧というにふさわしい一撃だった。


「ですがこれには必要条件がいります。⓵振動を効率よく伝達できるもの。⓶強力な振動を発生させる能力。この二つです」

「後者に関してはツァイコマンさんでもできます。ですよね?」

「ええ、私の超電磁パワーを使えば可能です」


ツァイコマンは研究肌で常に新しい力の開発に余念がない。

今現在彼が興味を抱いて研究している超電磁パワーは未知の可能性が多く、それゆえに彼は怪しまれて当然の立場。

それでもツァイコマンは潔く『できる』と答えた。それは銀田二マンへの信頼の証なのだろう。


「ですが前者に関してはできる人が限られているでしょう。私たちのジムの方針、「『凶器を使用してはならない』に抵触する以上、体にそう言ったギミックが存在している必要があります」


完璧パーフェクト・オリジナリティー』には『完璧パーフェクトレスラーの武器は肉体だけ この世に肉体を駆使してぶちこわせないものはない』というジム主のジ・マンの教えがある。

これは彼らの誇りであり、何事にも代えられない鉄のおきてなのだ。

いかな殺人者とはいえこの縛りからは逃れられない。


「そうでしょう、ゴングマンさん。見せてもらいましょうか、あなたのショルダーアーマリーの中にある回転鋸を」


銀田二マンの犯人の特定にその場の全員が驚愕する。

いままでツァイコマンを犯人に祭り上げようとしていたゴングマンが犯人。

なまじ彼らの仲がよかった故、余計にその衝撃はすさまじかった。

総員の視線が一か所、ただ一人に集まっていく。


「本当なのか————っ!?ゴングマン!」

「ギラララ~~~~っ、くそぉ~~~~っ」


ゴングマンは悔しそうに肩の武器庫、アーマリーの蓋を外す。すると中からいつもなら金属質の輝きを放っているはずのディスクカッターが黒ずんだ色で発見された。


「あなたの身体もカッターも金属製です。だから貴方は強酸性で硫黄濃度の高い湯船に入ることを拒んだ。硫化してしまいますからね。あなた自身を錆とりする時間はあってもカッターを磨く時間はなかったということですか」

「ギラギラ~~~~~っ」

「ニャガニャガ、だからゴングマンさんあの時体調が悪そうだったんですか。体の表面のさびは落とせても関節などの可動部を整備する暇は流石になかったのでしょう。」


真犯人に濡れ衣を着せられそうになったツァイコマンは激昂することもなく冷静に今までのゴングマンの言動を分析していた。

ゴングマンの不調、事件が発覚する前から証拠は存在していたというわけだ。


悔恨の声を上げながらゴングマンはその場に跪く。

探偵に追い詰められた犯人に許されることはただ一つのみ。自白。

犯行動機を自ら語ること。ゴングマンに唯一残された生き残る道だった。


「実はなぁ~~~~、俺だけ本編で『奥義』使ってないんだよ~~~~っ。だからつい試そうと出来心でやったら手加減できなくて殺してしまったんだ~~~~っ」

「テハハハハ~~~~っそんなもの私だってそうだぞ。」

「お前にはレスラーをダメにするクッションがあるだろ~~~~っ」


犯行を認め、罪を自白するゴングマンの動機は予想以上にしょうもないものだった。


「だって俺だけサンファインに騙し討ちされた挙句ギャグみたいな形でぶっ飛ばされたんだよ~~~~っギャンマンは最終決戦まで残ってたのに俺だけこんなんじゃあんまりだ~~~~っ」


湯煙の仲、ゴングマンの慟哭が虚しく響き渡った。

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湯けむりボイルドエッグ殺人事件 留確惨 @morinphen55

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