第100話 正月


 年が明けて、日本晴れといった具合に晴れ渡り……真神神社はいつにない賑わいに満ちあふれていた。


 八房が指示し、用意された三つの土俵……人相撲の土俵、獣相撲の土俵、無何有宿相撲の土俵を中心として、いくつかの出店が並び、見学客達で溢れかえり……そしてそれらの土俵では熊達と鬼が、けぇ子とこまが……そして善右衛門と遊教がぶつかり合っていて……右に押し合い、左に押し合い、土俵際の攻防が繰り返される度に大歓声が上がる。


 八房から相撲に出て欲しいとの声をかけられ、あまり乗り気ではなかったものの「今日ばかりは奉行も何も無い。神事であれば仕方なしと」と、そう言って善右衛門が参戦すると、すぐさま遊教が進み出て参戦し……そうして二人はかれこれ、かなりの時間ぶつかり合い続けている。


 着物を脱ぎ、上半身をはだけさせ、素足でもって土を蹴り、汗まみれの身体でぶつかり合い……その白熱した戦いに触発されたのか、けぇ子とこまが獣姿で参戦し、うらと熊達が相撲と言って良いのか何なのか、一対複数でぶつかり合い、その戦いを真剣な目で見やる見学客達は、その喉が張り裂けんばかりの歓声を上げ続けていた。


 そして真神神社本殿、賽銭箱の向こう側には、そんな光景をなんとも楽しそうに……心の底から楽しそうに眺める八房の姿があり……分厚い座布団の上にちょこんと鎮座した八房の毛は白く輝き、雪のように煌めき……土俵でぶつかり合う善右衛門達を照らし、輝かせていた。


 もはやこの場に不和はなく、不満も何もなく、未来への……新たなる生き方への不安さえもなくなっていて、ただただ歓声と笑顔に満ち溢れていて……そうしてそれらの笑顔に背を押されるかのように、善右衛門の筋肉がむくりと盛り上がる。


 毎日欠かさず鍛錬をしていた、江戸の居た頃はそれなりの腕前として知られていた。


 遊教も遊教でがっしりとした身体で、善右衛門以上の背丈で、凄まじいまでの力を発揮していたのだが……奉行として絶対に負けられぬとの気迫を受けて、土俵際まで押し込まれてしまう。

 

「ぬうううううう! 負けぬ! 負けぬぞ、善右衛門!」


 遊教が吠えて、


「百年早い……!」


 善右衛門が応える。


 挑発とも取れる善右衛門の一言に、遊教は負けじと、絶対に押し返してやるとぐっと腰を下げ、溜め込んだ力でもって一気に土俵際へと善右衛門を押し込もうとする……が、善右衛門はそんな遊教の腕を払い、身体をひらりと舞うかのように回転させ……遊教を勢いそのままに、すてんと転ばせてしまう。


 最後まで真っ向勝負で、力の勝負でくると思っていた遊教は目を丸くし、善右衛門に抗議の声を上げようとするが……土がつき、汚れてしまった身体でそれをするのはあまりに見栄えが悪い。


 色々納得出来ない部分はあったものの、肝心要の八房が勝負ありと言わんばかりにその手を上げているのだから、もう仕方がなかった。


 そして善右衛門達の決着を受けてなのか、けぇ子がこまに勝ち、熊達がうらに勝ち、全ての土俵での相撲が一段落する。


 湧き上がる大歓声と、割れんばかりの拍手と、酒を飲む音、飯を食う音、様々な音が混じり合って……年明けの真上神社が更に更に一段と賑やかになる。


 ―――と、その時だった。


 神社本殿の八房からまばゆいまでの光が放たれる。


 何も見えない程に真っ白で、だがどこか柔らかで眩しくはなくて、本当に光なのかと疑いたくなるような、不思議な光が。


 その場にいた誰もが一体何事だと静まり返り、固唾を飲んで見守る中、本殿から溢れる光は少しずつ弱まっていって……そうして本殿の八房の身体が溢れる光を吸収しながら、


「うおん!!」


 と、大きな声を上げる。


 今までの子犬の……子狼の声ではない、しっかりとした力のある、頼りがいのある確かな声。


 ややあって光が収まると、そこには白く柔らかな、長い毛に覆われた……子と大人の中間といったくらいの大きさとなった八房の姿がある。


 神前相撲が良かったのか何なのか、神力を取り戻しての八房の成長に、場は一気に盛り上がる。


「めでたや、めでたや、八房様が大きくなられた!

 八房様がいれば安泰じゃぁ! 太平じゃぁ!」


 誰かが良い調子でもってそう歌い、周囲の者達がそれに続き、手拍子が巻き起こり、更なる賑やかさが真神神社を包んでいく。


 その光景は善右衛門が江戸の町でみたような光景で……江戸の町よりも笑顔に溢れた、希望に溢れた美しい光景で。


「この様子であればたとえ何があろうと……時代が変わろうと、人の力が強まろうと、どうにでも乗り越えられるだろうし、前を向いたまま頑張っていけることだろう。

 時代が変わるその時まで奉行でいられるかは分からないが……皆がそうして暮らしていけるようにと、これからも精一杯頑張っていかねばな」


 そう言って善右衛門はその光景をいつの間にやら人の姿に戻ったけぇ子とこまと共に、穏やかな笑顔で見守り続けるのだった。



  完




――――あとがき


ここまでお読みいただきありがとうございました

思いつきで書き始めた物語ですが、楽しんでいただけたなら幸いです


♡や☆をしていただくと宿場町に野菜やお米が届くとの噂です

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僻地宿場町のお奉行様 今日も妖怪変化相手に御沙汰を下し候 風楼 @huurou

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