第2話 Smoky Memory
●ステージ:通常
●登場人物
・“光輝の剣”天道アマネ(19)
UGN本部エージェントにして、故・天道総一郎UGN中枢評議員の実娘。
好きな映画はラブロマンス系。
・“盾鬼”威吹萃子(26)
UGN鏡里市支部・支部長。
好きな映画は任侠映画系。
●前回までのあらすじ
『神鏡』調査のため来日した専門家、パメラ・ナレッジを迎えたその夜。
赤羽瑠璃の相談を受けて急遽護衛のシフトを組み直していたアマネと萃子は、ついでに手つかずだった支部長室の片付けに着手することにした。大掃除の最中、何の気なしに萃子の執務机の引き出しを開けたアマネは、その中のとある一品が気にかかり……
「……うん?」
引き出しの奥に鈍い銀色がみえた。
流してしまってもよかったはずなのだが、どうにも不思議と気になったそれを引っ張り出してみる。
わざわざ引き出しの奥に隠すようにしまい込まれていたのは手のひら大のステンレスケースだった。特に凝った意匠も施されていない、飾り気のない量産品のようだが、色味のくすみ具合を見るにそれなりに大事に使い込まれているようだ。最初は名刺入れかと思ったが、軽く振ってみると中で細長いなにかが何本か動く感覚が返ってくる。
……はて。これはいったい何だろうか。
「あれ。……あれ? いや、いやいや。これ、えー……あれよね。あれ」
いや、何だろうかではない。私自身は嗜むわけではないが流石にわかる。お父様が使っていたのを見たことがあるし、見つけた瞬間に気づいてしかるべきだった。
というか、なんでこんなに動揺してるんだ私。
「…………おかしいな。
使い込まれた(使い込まれた!)シガレットケースを片手に、何故だか見てはいけないものを見てしまった気がして途方に暮れてしまう。
私は別に嫌煙家というわけではない。ないのだが、10年前はもちろん、ひと月前に再会してからもタバコの匂いをさせていなかった彼女の机から思いもよらないものが出てきて、それが一体どういうことを意味するのかを計りかねていた。ありていに言って、狼狽えまくっていた。
「……恋人のもの、とか」
ない……とは言い切れない。
思えば、私が知っている彼女は本部査察部四課の精鋭で、お父様の護衛で、年上の格好良いお姉さんで、戦うひとだった。私はその背中に憧れたけれど、恋人がいるのかなんてことはもちろん、その他の彼女のプライベートについてだってほとんど何も知らない。
彼女は何が好きで、何が苦手で、好物は何で、好きな映画は何で、休みの日は何をして、何のために戦って、何を幸せに感じて、誰のことを想うのか。……本当に、何も知らない。
「ねえ。これって」
焦燥感に駆られて思わず振り返る。ひどい顔をしているだろうな、困らせてしまうな、とすぐに後悔したがそれは杞憂に終わった。いつの間にか静かになっていた背後には、来客用のソファに沈むようにもたれかかって居眠りする彼女の姿があった。見れば、山と積まれていたエナジードリンクはすっかり片付けられている。働きづめだったこともあり、作業がひと段落ついて気が抜けたのだろう、緩みきった顔でよく眠っている。
……胸を撫で下ろす。先月の一件ですでに子どもっぽいところやみっともないところは十分晒してしまったが、それでもやはり、この人の前ではなるべく恰好良い自分でいたい。
「よいしょ、っと」
穏やかな寝息。起きている間は目つきの悪さと支部長らしく周囲を引っ張る振る舞いでとてもそうは感じさせないが、こうして眠っているところを見ると思った以上に小柄だ。10年前はこちらが見上げていたのに、いまとなっては頭半分くらい追い越してしまった。
「あんたの10年はなにがあったのさ。私は結構大変だったんだからねー……」
前髪をいじって遊んでみる。反応はなし。ここまで無防備なのはエージェントとしてちょっとどうかと思うが、私が楽しいので大目に見てあげよう。たぶん今、人に見せられないくらいにやにやしている。
そうして、彼女がちょっとやそっとでは起きそうにないことを確認して……それから、そこに私の知らない彼女の10年があるような気がして、割れ物を扱うように慎重にケースを開けてみる。
「……シガレットチョコでしたー、なんてオチも考えていたけれど」
まあ、そんなことはなかった。
開けた瞬間、少し甘い、独特な香りがうっすらと零れてくる。中には二本だけ紙巻きタバコが残っていた。流石に香りや見た目だけで銘柄を判別できるほどの知識はないのだが、なぜだろう、この香りには覚えがある、ような……着火してみればなにかわかるだろうか。
慣れない手つきで一本咥えてみて、そういえば火はどうしよう、と部屋の中を見回すと……
「おい、未成年」
「ん!?」
ひょい、っと口元のタバコが持っていかれる。慌てて振り返ると、ジト目でこちらを見る彼女と目が合った。……気まずい。
「……日本では、成人年齢が18歳になったと聞いたけど」
「私に言わせりゃ、酒もタバコもできないうちは未成年みたいなもんだよ」
私の精一杯の反論をにべもなくあしらうと、彼女は取り上げたタバコを咥え、慣れた手つきで指を鳴らして火を点けてみせた。
「支部長になる時さ、ガキの面倒見ることになるっていうから禁煙したんだよ。だから、この一本だけな」
ぷはーっと一服。
しょうがないな、という口振りの割にはおいしそうに吸っている気がする。
……紫煙とともに少し甘く、どこか懐かしい匂いが広がる。ああ、そうか。ようやく思い出した。
「……それ、お父様の吸ってたのと同じ」
「うん」
「なんで、それを選んだの」
なんとなく。
答えはわかっていたけれど、聞かずにはいられなかった。
「忘れたくなかったから」
「……そっか」
何を、とは彼女は言わなかったけれど。
それは私にとっては十分すぎる答えで、その一言に彼女の10年が込められているのだということが……痛いくらい、伝わった。
「これ、最後の一本よね」
にっと笑って、シガレットケースを振って見せる。
「あん? ああ。ずいぶん前に辞めたし、買い置きはないが」
「それじゃ、私が
「……まあ。それならいいけど」
呆気にとられた、よくわかっていないような返事だが今はそれでもいい。
――もう背負わなくてもいい。あなたは十分報いてくれた。
10年かけて苦しんだこのどこまでも律儀で不器用な人に、もう私は許しているんだということを全力で……たとえ向こう10年かけてでも、伝えていこう。
それが、彼女と彼女の人生に怒りと悲しみを押し付けてしまった私の責任だから。
「ところで、いつから起きてたの?」
「髪いじってきたとき」
「…………顔、見た?」
「顔?」
「いや、見てないならいいけど」
「しちさんー、とか、真ん中分けーとかなんか楽しそうに」
「もういい。思い出すな。忘れろ」
第2話 Smoky Memory (了)
ぶち破るダブルクロス EXTRA Edition ちりめん @tirimenV3
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