ウツケモノ・フール・エンズ

糾縄カフク

six nine fool end

 ――なぜ、こんな事になってしまったのか。

 何がいけなかったのか、何が間違っていたのか。

 全ては望むように動いた筈だ。そのように動かした筈だ。……だが気がつけば、全ては希望とはまるで真逆の奈落へと、転がるように突き進んでいた。


 原点回帰。自分からすれば一期こそが二次創作で、その二次創作が本筋だと受け入れられる現状に、おぞましい感情を抱いた。……あれは私が作った世界だ。私が生み描き、育ててきた世界だ。だのに、なぜ、あれこそが原作であるかのように、あれこそが救いの光であるかのように、諸人もろびと喝采かっさいを送るのか。――私の描く物語ではなく、あの男の紡ぐ未来を待ち焦がれるのか。


 我慢ならなかった。修正せねばならないと憤慨ふんがいした。……その厭悪えんお一欠片ひとかけを、ある日漏らした。――漏らした言葉はほうぼうに伝播でんぱし、それは生みの親の私の、意に沿う形で決着を見た筈だ。


 プロジェクトの私物化、著作物の乱用。和を乱す独断専行。言いがかりは何でもいい。ただ全ての手柄を我が物顔で独占する、あの男さえ葬れれば、それで十分だった。


 ――そして私の願い通り、あの男は舞台を去った。忌々しい最後っ屁と共に、周囲を騒動に巻き込みながらも、粛々と去っていった。そしてその後には、私が望んだ原典のけものフレンズが、平穏と共に残る筈だった。


 だが、そうはならなかった。密猟者が象牙を狙うように、ハイエナが死体に群がるように、利権の坩堝るつぼと化したけもフレには、大人たちの幼稚な思惑が幾重にも折り重なった。――恐らくは、多分。私自身も含めた上で。


 演技力など二の次の、ただただ年と外貌のみに焦点を当てたオーディション。夢見る少女を歯牙にかける、安価で手軽ないわゆる買春。ああ、そんな事はどこでも誰でも、当然のようにやっている。聖職者が少年を犯し、活動家が同業者に奉仕を求める。演出家は役者と寝、プロデューサーは一夜の交わりを通貨代わりに、応じた少女に役を与える。


 ああ、そんなものはありふれている。だから台詞なんてどうでも良かった。そこら辺に転がっている、ゴミのような有象無象からより集めて使えばいい。所詮クリエイターになり損なった、失敗作の肥溜めだ。ならば名のある我らが、肥料程度に使うぶんには、なんの問題もありえまい。


 最初は我らも、或いは彼らも。あの男を抱き込もうと手を尽くした。弱みを握り、こちら側に引き込んでしまえば、後は同じ穴の狢だ。一度花弁の蜜の味を知ってしまえば、女旱おんなひでりの業界人など、操るに訳はない。


 だが、あの男たちはそれを拒否した。いや、それどころか、何一つをも差し出す事を拒絶したのだ。二次会や打ち上げに声優が同席するなど当然のこと。だがあの男の取り巻きは、颯爽とタクシーを呼び、適当な理由をつけさっさと帰るのが常だった。声優を呼ばないからと原作者が憤ってアニメ二期が他所の会社になるというこのご時勢に、常識が無いとしか言いようがない。


 おまけにあの男は、寝ても覚めても創作の事しか考えていない。まるで女などに興味はないと言わんばかりに。作っては寝、作っては寝、恐らくは家に帰る事すら稀なのだろう。だがいったい誰の権利に乗っかって、その創作が出来ているのか?!


 ……あの男の一団を抱き込めないと知った時、我々は・・・やつらを切った。切って切って削ぎ落として、もう二度とけもフレの世界に足を踏み入れられないよう、徹底的に放逐した。


 そして私の周りには、私を先生と呼ぶイエスマンだけが残った。はじめからそうすべきだった。安くこき使えると踏んで選んだ、どこの馬の骨とも知れぬ自主制作アニメの監督。ああ、そんなものに頼る必要など初めからなかった。いまやけもフレはコンテンツとして息を吹き返し、資金は潤沢に、充分に有り余る。


 まずはかばんからサーバルを取り上げよう。我々のけもフレに、私の作った物語を取り戻そう。あんなものはもはやいらない。いや、それよりも、直接「そうではなかった」と突きつけるのがいいだろう。ざまあみろ、ざまあみろ。


 やがてあの男に憎しみを募らせる面子が、一堂に会する。それぞれがそれぞれの無念を抱えながら、あの男を倒すという共通の目的のもとに団結する。かくて一年の積怨せきえんは、反撃の狼煙のろしと共に唸りをあげた。




 ――が、結末はどうか。

 所詮は一発屋。人気IPに便乗しただけの根無し草と断じていたあの男の、新作にぶつけた筈の満を持したけもフレ二期が、まさか、こんな有様になるとは。


 某カードゲームアニメが独占していたニコニコのワーストランキングを、日に日に塗り替える醜態。もはや工作程度では覆せないほどに、非難の嵐が耳をふさいでも聞こえてきた。


 ……私は、大丈夫なのだ。そう裏垢Twitterに告げさせる。私は冷静で、何も問題などはない。アンチの怒号は放置しているだけだし、いずれ時と、偉い誰かと法律が解決してくれるのだと。


 私は卓上のイカ焼きと竹輪麩ちくわぶを口に放り込みながら、腹ただしさに歯噛みする。――すべてすべて、あの男さえいなければ。


 だが歯噛みしたところで全ては遅い。けもフレ二期の最終回を待たず、最初に監督が壊れ、燃え盛っていた火に油を注いだ。そこから雪崩を打つように関係者がボロを出し、今ではもう、本編を抜きにした炎の海に、何もかもが覆い尽くされている。


 そうだ。これまで誤魔化してきた全てが、この失敗で剥がれ落ちた。忌々しくも新作を成功裏に収めたあの男と、その一方で昔日を忍べない程に凋落した我がけもフレと……この差は、なんだ。


 つまり今はじまっているのは、端的に戦犯探しだ。あの日、全ての責任を一人の男に押し付け追い出した、そのツケの後払いだ。だから誰も彼も、復讐を誓った全員が、無念と口惜しさで何もかもを吐き出している。


 ――何が、いけなかった。何が、不満なんだ。

 私は、私の世界を取り戻しただけだ。私の作り上げた物語に転轍機てんてつきを切っただけだ。それのいったい何が問題だと、いうのか。


 サーバルも、けもフレの何もかもは、断じてあの男のものではない。あの男に歪曲された、かばんなる少女のものではない。だから取り返して、だから、だから――。


 私は無言のまま席を立つ。

 ああ向かおう、私を先生と呼ぶ者たちのところへ。


 私に、責任はない。

 二期を主導したのも、指揮を執ったのも、その全ては別の誰かだ。


 そうだ。

 別の誰かが駄目だったのなら、別の別の誰かを使えばいい。私さえいれば、私さえ残り続ければ、このプロジェクトはいつだって再生ができるのだ。その為の、みんな・・・だ。


 煙草に火を点け、それで嫌なものを思い出し灰皿にこすりつける。――時間がなんだ、帰らないからなんだ。そんなものが、作品を語るなんの尺度になるっていうんだ。


 事務所を出て、タクシーに乗る。行き先は都内のホテル。そこには予てから呼び出してある、夢見る少女の成れの果てが待っている。


 私は、先生だ。

 私は、偉い。

 あんなものに、負ける筈がない。

 負けたとしたら、それは別の誰かの責任だ。

 

 ……数年後には使い捨てにされる少女の残骸に奉仕を求めながら、私は不乱に腰を振る。肉と肉が重なり合う音が室内に木霊し、動物めいた獣臭が辺りに立ち込める。


 ああ、そうだ。

 けもフレのファンは絶対についてくる。

 なにせ私がNOといえば、全てを一切なかった事にできるのだから。

  

 見たくはないだろう。またパークが閉園に追い込まれる様を。

 悲しませたくはないだろう。舞台で踊る、健気な演者を。

 悪いのは、悪いのは全部全部、言うことを聞かなかったあの男なんだ。


 自らに言い聞かせるように果てる私の、自身の顔が真っ黒な窓ガラスに映る。

 そこには醜い、一匹の獣がこちらを睨んでいた。


 ……いったい私は、何をしたかったのだろうか。

 伸ばした手に応えはなく、かつて少女だったものが火を点けた煙草を、私は手ではたき落としていた。――炎は絨毯に黒い染みを作ったきり消え去り、もう二度と灯る事はなかった。後には煙のくさい臭いだけが、充満していた。




 ウツケモノ・フール・エンズ(了)

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