第5話 二人きりの作戦会議(1)
『すぐ行く。先に入って待ってて』
って、返って来たけど……。
オーダー後、商品を受け取ってから席に着くスタイルのこのカフェ。結構列ができてるけど、ホントに並ぶの? 家でいいんじゃない? ってさっき送って、お店の前で待ってみる。
行き交う手を繋いだり、腕を組んで歩く二人組を見てると、今日ってこんなに寒かったんだなって自分の冷たくなった手に息を吐き掛けて実感した。
柊二といる時には、繋いだ右手の温かさにばかり意識がいってたから。
それに。
コート越しの柊二は、優しかった。
触れたところ全部が優しかった。
『好き』、も……。
「コ……コホッ」
思い出して、軽く咳するフリしながら鳴ってもいないスマホに視線を落とす。赤くなってるかもしれない顔はたぶん、大きなガラス張りのカフェからの灯りが逆光となって、見えてない、はずっ。
早く返信してよ、壮空っ。動けないじゃんっ。
なんて勝手に壮空にあたってると、
「あれー? 彼女一人ー? 可哀想ー」「じゃあ、オレらと遊ぼうよー」
息する度にアルコールが香る男二人組に絡まれた。
大学生、かな? イヴに男二人で酔って未成年ナンパって。可哀想なのはどっちよ。
こういうのは無視するに限る。
「なぁ、聞いてるー?」「てか、マジで可愛いじゃん!」
勝手に詰めようとする距離を、無言で左右に移動して空ける。ホント、しつこい。
いっそのこと、一人で店内に入ろうかと思った時だった。
「悪いっ、遅くなった。入ろ」
黒いジャケットの背中が、わざわざ私たちの間を横切って通り過ぎた。守られる時、何度も見てきた後ろ姿。誰よりも耳に馴染んだ声。
「ほら、早く」
「あ、うん……っ」
有無を言わせない口調に考えるより先に踵を鳴らしてその人物へと足が向かう。迷う必要なんて無い。
タッチセンサー式の自動ドアの前で無表情に私を待つ壮空から、絶えず白い息が弾んで漏れる。
「あぁ? 誰だよ、お……」
「何」
きっと今の気温よりも冷ややかな壮空の一言に「あー……いや、そりゃ彼氏いるよねー」って、酔いが覚めたように慌てて男たちが走り去った。
初めて見る、震えてた頃とは違う私を庇う壮空の顔は、
——いつもそんな
怖いくらいに鋭くて、恐れなんて感じてなくて。羽織る黒が似合ってて。
なんか、不安になった。
「ごめん、美乃梨。待たせて」
「ううん……。あ、りがと」
「つーか、今のはマジ頼れ。電話しろ。そもそも俺、中で待ってろって言ったよな?」
はああって長いため息を吐く壮空が髪をかき上げる。「何もされてないよな?」って真剣に聞く肩が、心なしか上下してる?
「……壮空、走って来たの?」
「は、はあっ? ……み、美乃梨が絡まれてるのが見えたからっ、一瞬なっ。さっさと入るぞ」
一瞬走っただけには見えないけど、それでも誰も寄せ付けない棘の消えた壮空にホッとした。
「あっ、ねぇ、それなんだけど、ここじゃなくて家で会議すればいいんじゃん。って、さっき送ったんだけど、もしかして見てない?」
壮空について入った店内は、相変わらず席に着けるまで何分かかるんだろうってくらい大混雑してる。それでも壮空は列の最後尾に並んでから私を見た。
「美乃梨、疲れてる? 家じゃない方がいいと思ってここにしたんだけど……」
「それは大丈夫だけど……あー、そっか。お父さんたちに聞かれたら困るもんね」
何の気なく発した私の言葉に、壮空が一度視線を外した。
「……じゃなくて、美乃梨が嫌かと思って。俺と部屋に二人きりとか」
一気に朝の緊張感が戻って来た気がした。壮空と二人でカフェなんて初めてでも何でもない。なのに、胸に変な痛みが走って、私も顔を伏せた。
「……何それ、なんか壮空らしくない」
そんなこと、考えてたんだ。
そんなこと考えなきゃならなくなったんだ、私たち。
だったら二人でなんて会わなきゃいいじゃんっ。
「楽しかった? 今日」
聞いて来る壮空の声も、周りの明るい騒めきも、急に遠くに感じる。
本当に聞きたいと思ってるの?
「楽しかったよ、すごく。一日があっという間って思うくらい!」
雑音に負けないくらいの力強さで答えた。
「あっ、そ。良かったな」
心なんてこもってない声。それなら聞かなきゃいいのに。
何で? 楽しかったのは本当なのに、何で今、こんなに悲しいんだろう。
今日はもう帰りたい。
そう思った時、目の前に半分に折られた一冊の雑誌が差し出された。所々、付箋が付いてる。
「これ」
「え……」
顔を上げると、雑誌に視線を固定したまま複雑な表情の壮空が続けた。
「プレゼントの候補。付箋のとこどうかって思ったんだけど。なんか俺、考え過ぎて、もう花でもいい気がしてるから美乃梨も見てみて」
受け取った私でさえ見たことのない、まして壮空には似合わない賑やかなライフスタイル誌の表紙を見つめる。わざわざ書店まで買いに行ったのかな。
「調べて、くれたの?」
「まあ、俺、美乃梨と違って暇だったしー?」
動く列を一歩進みながら、その言い方が妙に可笑しくて、雑誌で顔を覆ってクスクスと笑ってしまった。
「何?」
「ううん。ありがとう。まさかこんなに真剣に考えてくれてると思わなくて、ちょっとびっくりしただけ」
今日一日、両親にあげるクリスマスプレゼントに頭を悩ませてた壮空。想像して、どこかじんと来て、純粋に嬉しくなった。
もしかしたら壮空だって、どう私と接すればいいのか迷ってるのかもしれない。
「……美乃梨、知ってる? 何で俺たちの誕生日、わざわざ一日置きに当日祝ってくれるのか」
言われて、考えたこともなかった疑問に壮空の目を見ると、今度は優しい表情になっていて焦った。急いでまた一歩進む。
「え? お父さんたちが飲みたいからとか、集まって騒ぐのが好きだから、とか?」
「ははっ。って、思うよな。俺も思ってたし。けどさ、昔、間取って二十四日にまとめてしようって俺の親父が言った時、美乃梨のおじさんが言ったんだって」
「お父さんが? 何て?」
「それじゃ壮空くんが一日遅くなって可哀想だって。俺も、美乃梨も、その日を選んで自分たちの元へ生まれて来てくれたのに、その方が楽だからとか、一回で済むなんていう理由で感謝を伝える日をずらしたくないって」
「感謝?」
「うん。生まれて来てくれてありがとうって。自分たちを選んで来てくれたことが嬉しいって。俺と、美乃梨に」
流行りの曲。混じるクリスマスソング。店員さんの声。コーヒーマシンの音。誰もが思い思いに過ごすこの空間に、聞き慣れた壮空から届く言葉だけが消えずに在り続ける。
全然、知らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます