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仲咲香里
第1話 始まりの花霞
暖かい春風が桜の香りを舞い上げて、気分も心も何となく浮き足立つ四月。
でも、私がそう思えるようになったのはきっと、『彼』のお陰だ。ここ数年、新学期も入学式でさえ、学校やクラスメイトという周囲に期待も不安も抱いたことなんて無かった。どこへ行っても同じ。一人でも全然平気。それが普通。
例えその一因であっても、私にはいつでも傍にいてくれる幼馴染と、学校屋上の秘密基地さえあれば良かったから。
じゃあ、この落ち着かない気持ちは何なんだろう。高校三年になったから? ついに受験生だから?
勿論、そんな筈もなく……。
「
「ダメって、思いっきり顔に嬉しいって書いてあんのに? ホント可愛いよな、
「だ、だって急に抱き締めるからっ。それに、ほらっ、みんな見てるしっ」
「ふーん。誰も見てなきゃいいんだ? まさか柊二、俺のこと……」
「ええっ、違うよ! 僕が好きなのはっ」
もう限界。さっきから何なのこの光景、この会話。浮かれ過ぎでしょ、特に
人の気も知らないで、男同士だからか、この二人が特別なのか。私には理解不能。
「ちょっと壮空、すぐ本気にするから柊二のことからかわないでっ。あと、柊二もっ、その反応似合い過ぎるからやめてっ」
「わぁっ、ごめんなさい!」
教室に入るのもそこそこに姿を見つけた瞬間じゃれ始めた男二人。周りで騒音並みの悲鳴を上げてる女子の声が聞こえないの? ホント、迷惑!
この、少し怒っただけで条件反射的に私に謝ってくる男子生徒が
私、
白い肌と線の細い身体付き、中性的な顔立ちに身長も私とさほど変わらないせいか、一緒にいるとよく姉弟に間違われるけど。
でも、こう見えて時々……ごくたまにだけど頼りになる一面もあったりして。ほ、本当にたまにだけどっ。加えて持ち前の優しさと天然さに大きく変われた自分がいる。
中学で自覚して以来、高二の秋まで叶わない片想いに苦しんでた私に寄り添って、救ってくれた柊二。気付いたら好きになってて、これからもゆっくり時間をかけて関係を築いていきたい相手だって、そう本気で思ってる。
「いいじゃん、別に。俺と柊二のいつもの挨拶だろ。つーワケで、今年は俺もクラスメイトとして一年間よろしくな」
そう言って嬉しそうに笑う壮空に、また周囲から歓喜の声が上がる。柊二とは対照的に二十センチ差はある高身長、精悍で感情が読み取りにくい顔、いつも余裕を窺わせる振る舞いにかなりモテるのに本人は全然気にしてない。ちなみに、去年の文化祭前に別れて以降、今も彼女はできてない。
産まれた時からお隣に住む私の幼馴染で初恋の人。そして、長年苦しみ続けた片想いの相手、その人。当の本人はそのことを知らない。
柊二を好きになってやっと忘れられると思った矢先、実は私のことを中学の頃から好きだったと唐突に告白した壮空。
恋愛云々以前に、一生の決別を迫るかのように思い詰めてた壮空の手を、私は振り解くことができなかった。
壮空がいない自分なんて、想像すらしたこと無かったから。
それは、間違いだったんだろうか。今でもよく分からない。
学校に着いてすぐ、エントランスホールに張り出されたクラス表を確認して「マジか」って呟きながら片腕で口元を覆った壮空。滅多に見せることの無い喜びを隠し切れない表情が気になった。
それが「俺と美乃梨、同じクラスだ」って私のまだ確認できていない事実に対しての反応で、私を見てキラキラと瞳を輝かせたその姿に「あっ、そう」って動揺を隠すのが精一杯だった。
この世に本当に神様がいるとしたらかなり意地悪だ。
壮空とは小学五年生の時以来、柊二とは去年に引き続きそれぞれ二度目の同じクラス。せめて、どっちか一人だけなら良かった……なんて、じゃあどっちと? 考えたって仕方のない問いを生んで、ぐるぐると思考が絡まる。
「あ、早河さ……」
「ほら、チャイム鳴ってる、柊二。美乃梨も席着こうぜ」
いつの間にか鳴り始めてたチャイムに、まだ挨拶すらまともにできていなかった柊二の声が重なった。私と柊二の目が合う前に壮空に促されて、曖昧な微笑みをそれぞれに向けて一歩を踏み出す。
大丈夫。上手くやれる。
いつもどおりの自分でいればいい。実際、二人に対して後ろめたさは一つも無い。
あるとすれば……。
と、制服の袖口を軽く引かれて振り向くと、柊二がはにかむように私を見つめてる。
「また一緒だね」
「……うん」
純粋な嬉しい。
その顔だけで分かるから、私も迷いの無い安心で満たされる。
続きはまた後でいくらでも話せるから。約束なんていらない。独占も無遠慮も、躊躇う必要ないんだよって、私も同じように思ってるからって、ずっと伝えて来たつもり。
だからこれ以上は今は……待って欲しい。
きっと、見てるから。
私の席から右に二列三席前に柊二。左に一列二席後ろに壮空がいる。
小さな頃と変わらない関係に戻った筈の幼馴染がそうじゃなくなって、あの秘密の屋上も遂に開始される耐震化工事で完全に封鎖されてしまった
胸騒ぎしかしない高校生活最後の一年が、花霞の始業式、この教室から始まる予感。
なぜなら。
柊二はもう知ってるから。
壮空の、私への想いを。
あの日、あの時、鐘の鳴り響く中で交錯し始めた恋情を知らない、遅咲きの桜が、雪のように美しく花弁を散らす。
いつか、甘い実りへと繋がることを信じるかのように、爽やかな風が、どこまでも蒼い空へ向けて————。
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