第6話 二人きりの作戦会議(2)

 私と壮空そらの誕生日に、お互いの両親が込めてくれていた想いを初めて知った。


「すげーよな、おじさん。分かんねーけど俺、初めておじさんのこと尊敬したっつーか、なんか嬉しくてさ。いつか、俺こそお礼言いたいって思ってた。実はおじさんのこと、結構……好き、っていうか……あっ、これ絶対おじさんに言うなよ!」


 思い出したように赤くなって照れる壮空を見上げて、身体の奥からじんわり温かくなるのを感じた。手に持つ雑誌をそっと胸に当てる。

 私にとっては大してかっこ良くもない、少し気弱なところもある、でも私のことを誰よりも心配してくれるお父さん。それが当たり前で、当たり前過ぎて、特別感謝したことなんてもう、父の日くらいになってた。


 普段出張が多いのに、毎年誕生日パーティは欠かしたことのないおじさんとおばさん、いつも張り切ってパーティの準備をしてたお父さんとお母さん。

 四人の「誕生日おめでとう」の一言には、そんな想いが込められてたんだ。


 照れくさいけど、壮空の気持ちがすごく分かる。


「壮空は、どうしてそのこと知ってるの?」


「あー、一回、思ってもないのに、誕生日パーティとか面倒くせーって言ったことがあって……。中二の時、美乃梨に避けられてたから顔合わせ辛くて。あ、美乃梨、順番」


 そうだったんだ。

 唯一、壮空と一言も話さずに終わった十四歳の誕生日。めちゃくちゃお父さんたちに気を遣われてた記憶がある。

 断るって言ってた筈の後輩の彼女ができた壮空を見るのが辛くて、私も自分のことしか考えてなかった。今になって後悔するなんて。


 壮空はあの後、謝ったりしたんだろうか。


 目の前で、明らかに壮空を意識してる店員さんと、無表情で話す壮空を交互に見る。


 前はよく、嫉妬、してたな……。

 オーダー後に例え微笑でも、笑顔なんて見せなくて良くない? とか。商品待つ間のサービストークにいちいち答えないでよ、とか。受け取る時に手、触れないでよ、とか……。


 頼んでも無いのに私の分まで買ってくれるところとか。


「美乃梨、新作のイチゴのやつで良かった?」


「壮空が飲んでみたいんでしょ?」


「あ、バレてた。ダメ?」


「いいけど。壮空、私の分出すから……」


「んー、じゃあ、今度奢って」


 そう言って、今度も同じセリフ言うところが大好き、だったけど。



 彼女にも同じことしてるのかなって思って、いつも嫉妬してた。



「何?」


 カフェラテとストロベリーフレーバーのホットドリンクを手にした壮空が、じっと見つめてる私に気付いた。


「べ、別に、何もっ。ほらっ、あそこ空いてるから早く行って!」


 声だけで追い立てて壮空の後に続く。



 今の私は……。



 とりあえず、何でもないフリ装って二人掛けの席に向かい合って座る。私の右隣と後ろが壁の角の席。壮空は脱いだジャケットを背もたれに、私はソファ席にバッグと一緒に置いた。


「……それ、あいつから?」


「え? 何のこと?」


 直前に借りたブランケットを膝に掛けると同時に聞かれて、一瞬何のことか分からなかった。


「ネックレス。初めて見る」


 言われて思わず手で触れた。


 そうだ、着け変えたんだった。ていうか、そういうの、気付くんだ?


 何となく決まりが悪くて、壮空の顔を見ずに答えた。


「あ、う、うん……。誕生日と、クリスマスプレゼントにって」


「ふーん。無難だけど、いいんじゃん? まさかペアじゃないよな?」


「そ、そんなワケないでしょっ。もういいじゃん。見ないでよっ」


 鎖骨まで開いたニットの襟元をできる限り引き上げてみる。


「そういや、中二の時もネックレスだったよな。もっと安っぽいやつだったけど」


 何? 何なの、このネックレストーク。中二っていつの話よっ。


 そう思ってチラリと壮空を見ると、脚を組んでテーブルに肘を付いた姿勢でこっちを見てる。な、なんか、怒ってる……?


「そ、そうだっけ? 私、全然覚えてないけど。……壮空こそ中二の時、彼女にハニワの置物もらってたよね」


 途端に怪訝な顔になった壮空にはっとした。

 しまった。壮空の部屋に行った時、こっそりチェックしてたのがバレるっ。


「は? 美乃梨こそ、よく覚えてんな。俺が覚えてねーのに。……つーか、今思い出したけど、それ大事になんてしてねーから」


「はあ? してたよっ。いつまでも綺麗に包装されたまま、これ見よがしに机の上に置いてあったしっ」


「だからそれ、扱いに困ったからだろ? 俺の部屋にハニワって……しかも、俺に似てるとか言われてさ。どうしろっつーんだよ」


「え……あのハニワが壮空に? ぷっ、あははははっ、確かに無表情な所がそっくりかも! おかしーっ!」


「おい、納得すんなよっ」


「ごめっ、でもっ、お腹痛いーっ」


「だから、笑うなってっ。………………」


「あーっ、私の半分飲んだー!」


「うるせー、自業自得だろ?」


 たぶんイラッとして仕返しに私のドリンクを飲んだ壮空が「これ、うまっ」って楽しそうに笑ってる。


 一昨日までは普通だった筈の光景。壮空は違ったのかもしれないけど。


 なんか、嬉しい。


 目に入った壮空から渡された雑誌を、パラリと一枚めくってみる。少しオシャレな生活雑貨やキッチン用品。壮空の家や、私の家に置いてあるのを想像してみる。

 うん、そういうのもいいかもしれない。


 ちょっとしたクリスマスプレゼントの特集も組まれてる。

 一人ずつ、四つ選ぶのがいいのかな?

 それとも、二家族に?


 こうやって壮空も悩んだのかな。

 でも、ワクワクする。


「壮空」


「ん?」


「サプライズ、成功するといいね」


「うん。……でもさ、コスプレは無しでいい?」


「えっ、壮空から言い出したのに?」


「言ったけど、文化祭ならまだしも家でって……無理」


 腕で顔を隠して照れる壮空に、また笑いが溢れる。楽しい。


「しょーがないなぁ。でも明日、すっごく楽しみ!」


 おじさんやお父さんたちが笑顔で喜ぶ姿を想像しながら、もう一度雑誌に目を落とす。壮空は何に付箋を付けたんだろう。一つ目の付箋が貼られたページに飛んでみる。


「……美乃梨」


「うん? 何?」


 あー、そのまま食卓に出せる調理器具だぁ。可愛い。ていうか、これ、壮空がご飯作って欲しいだけなんじゃないの?


「明日、本当にいいのか?」


「え、何が?」


「俺と、二人で出掛けても」


 手を止めて、視線を上げてドキリとした。


 何その真剣な顔。


「だ、だって壮空と出掛けないと、プレゼント、選べないし……」


 語尾が小さくなっていく。


「今決めてくれたら、俺一人でも行けるし。それに……あいつとは会わなくていいのか?」


「あいつって……柊二しゅうじと?」


 その名前を出した瞬間、テーブルに置かれた壮空の手がピクリと反応したのが分かった。

 柊二なんて呼ぶなって苦しそうに壮空が言っていたのは、昨日のこと。


「あ、ごめ……。さ、佐和さわって、言った方が、いい?」


 その手を口元に当てて、目を閉じた壮空が短く笑った気がした。


「いや、いいよ。その代わり俺も柊二って呼ぶから」


「何それ。意味分かんない……。さ、佐和は、明日から塾の冬期講習始まるから会えないのっ」


「……へー、いい塾じゃん。それなら、美乃梨もやめとく?」


 何それ。またそういう話? 本当に一人で行こうと思ってるの? 全然意味分かんないっ。


「で、出掛けるって言ったって、明日はプレゼント選ぶのがメインなんだし。何かおかしいことあるっ?」


「……美乃梨がいいなら、俺は別に」


 無表情に見つめられると、なぜか言葉を紡いでしまう。


「そ、それに今決めたとしても、お店に行ってみたらもっと良い物が見つかるかもしれないしっ。……ていうか、私は見に行っちゃいけないのっ?」


 そうだった。壮空っていっつも何考えてるか分かんなくて、本心が全然見えなくて。私ばっかり戸惑って。


 でも、今、この顔は……。



「行ってくれたら、嬉しい」



 何その笑顔。

 それが本心だって、私じゃなくたって分かっちゃうじゃん。


 鼓動が乱れる。

 直視なんか、できない。


「も、もうっ、遅くなるから早く決めて帰るよ!」


「おじさんには俺が責任持って送るって言ってあるから、ここの閉店時間まで居てもいいよ」


 閉店って……午後十一時じゃん! バカじゃないのっ?


「明日起きられなくてもいいのっ?」


「はいはい」って嬉しそうに受け流す今日の壮空は、私の気分を明るくしたり、暗くさせたり。今着てる服の色と同じ、モノトーンみたいで、なんか、ズルイ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る