第4話 クリスマスイヴのデート(2)

 午後五時過ぎ。ランチ辺りからスマホ片手に「今日は僕に任せて!」って張り切る柊二しゅうじがたまに空回りするのをフォローしつつ、それも楽しい思い出に変えて戻った人並み溢れる駅前広場。日が落ちてぐっと冷え込んだその場所には、もうイルミネーションが点灯してる。


 午前中のデジタルアートとはまた違う、景色に溶け込むよう優しく型作られた光の連なりに、不思議と心が温まって、隣を歩く彼との距離がより縮まる気がするのはなぜだろう。


「わぁぁ、綺麗だね、美乃梨」


「え? う、うん」


 忘れた頃に出る柊二の天然発言に、無駄にドキッとした自分の胸を落ち着ける。


 イルミネーションが、だよね? 王子様のセリフとかじゃないよね? 柊二だし……どっちもあり得る。


 午前中からほぼ繋ぎっぱなしの手と、すっかり馴染んだ名前呼び、程よい冬の宵の張り詰めた空気の中、非日常を思わせるキラキラと輝く笑顔で見つめられたら、イヴだし、とか、付き合ってるんだし、とか。


 好きなんだし、とか。


 何かいつもと違うこと、あったりするかな、なんて期待してみたりして……。


「あっ、ごめん、美乃梨みのり!」


「わっ、分かってるよ、イルミネーションのことだってぐらいっ!」


「ええっ? 何のことっ?」


「っ! 何でも無いっ!」


「何か怒ってる?」って私の顔を窺おうとする柊二しゅうじに背を向けて、予約時間ぎりぎりになってたカジュアルイタリアンレストランに急ぐ。


「し、知らないっ。今、顔見ないで!」


「どうして?」


 出た。柊二のナチュラル聞き上手。でも、理由は絶対言わないんだから。たぶん赤くなってる顔も絶対見せないっ。

 理不尽なのは分かってるよ。



 なんとか間に合ったお店の予約席。テーブル上でロウソクの炎がほんのり揺れる。周りには、クリスマス限定の特別な笑顔を纏ったたくさんの人たちがいて、私たちもきっと、その内の一組なんだろうな。

 天井が高く開放的な広い店内には家族連れも多くいて、ドレスコードなんて気にしなくてもいいこの雰囲気が今の私たちには似合ってる。本物はまだ無理だけど、コースでパスタの種類と、メインにお肉かお魚を選べるだけでも心が踊った。


 ものすごく意外だった柊二からのサプライズの誕生日ケーキのプレート。ちょっと感動しちゃったのは……内緒。ちゃんとお礼は言ったけど、柊二がお店に入ってからソワソワしてたのはこのせいだったんだ?


 それを食べ終える頃、私はバッグからシックな色合いで包装された箱を取り出して、柊二に差し出した。


「あのね、柊二。これ」


「へ?」


 幸せそうにケーキの最後の一口を頬張った柊二がきょとんとしてる。今の顔、撮っておけば良かった。可愛い。


「一日早いけど、クリスマスプレゼント」


「え? ええっ? 僕にっ!?」


「……他に誰がいるの?」


 なんて言いつつ、中のパスケースを見る時の柊二の反応が怖い。包装を解いて、箱を開けて……。


 じっと見つめたまま動かない柊二は、どう思ってるんだろう。喜んでくれてる? 気に入らない?

 何か言ってよっ。


「あ、のね。何がいいかなって色々考えてたらよく分かんなくなっちゃって。結局、毎日使えるかなって思ってパスケースにしてみたんだけど、もし、デザインとか気に入らないなら……」


 堪えきれず早口で喋る私の声が聞こえてるのかいないのか、ずっと無言だった柊二が突然、ポロポロと泣き出した。


「えっ? ちょっと、泣くなら程イヤなら返してっ!」


「わぁっ、ごめ……っ、違うよ! すごく、嬉しくて……。ごめん、本当に嬉しくて。あり、がとう。大事にするね」


 ぎゅうっと箱ごとパスケースを抱き締めて泣き笑いの柊二に、胸を掴まれた。


 何それ。恥ずかしさより先に。


 私の方が嬉しくなるじゃん……。


「あっ、僕もあるんだ、プレゼント。僕こそ、美乃梨に直接聞きたいくらい迷ったんだけど……これ! お、おめでとうございますっ!」


「何っ? 私に何に当選したの?」


「ええっ、違うよっ! あの、どっちも一日早いけど、誕生日おめでとう! と、クリスマスプレゼントですっ。えっと、一緒じゃダメ、だったかなっ?」


 勢いよく席から立ち上がって両手で差し出された白色の紙袋。それを握る柊二の手が同じくらい白くなってて、不安そうな顔も、緊張してるのが痛いくらい伝わって来る。


 あの日、文化祭の打ち上げで、同じように花束の入った紙袋を差し出してくれた柊二を思い出して、なんか泣きそうになる。


 二人だけの思い出。

 嬉しい。それだけで嬉しい。


「ううん。ありがとう。気持ちだけでも十分嬉しいから、とりあえず座って? これ、開けてみてもいい?」


「も、勿論だよっ! あ、でも、そんなに期待、しないでね?」


 席に着きつつ、先に保険をかける柊二の言葉は聞き流す。紙袋を開け、白色の箱を取り出して紺色のリボンを解く。蓋を開けると。


「よ、喜んでもらえると、いいんだけど……」


「今、着けてみていい?」


「う、うんっ。勿論」


 既に着けてたネックレスを先に外して、改めて、柊二からプレゼントされたネックレスを丁寧に取り出し、自分で着けた。ピンクゴールドのチェーンに、小さなハートのモチーフと、その縁に青色のたぶん誕生石の付いたネックレス。


「どう、かな?」


「えっ? うん。すっごく似合ってる。……って、僕が言ってもいいのかな? み、美乃梨はっ?」


「うん。可愛いね、これ。ありがとう。好きな人からのプレゼントって、こんなに嬉しいんだね!」


 胸元に視線を落としてチェーンを手に、温かいオレンジ色の照明を反射して輝くハートのモチーフを見ていると、心の内から同じように温かい気持ちが溢れて来る。


 こんな感情、初めて知った。

 柊二を好きになって、気持ちを伝えて、本当に良かった。



 ふと、小さな風が吹いた気がした。


 目の前に誰かの腕があって、下を向いてた私の左頬に指先が触れた。


 知らずビクリと身体が震えて顔を上げると、潤んだ瞳で私を覗き込む、




 ——……。





 佐和さわがいた。





「佐、和……?」


「あっ、ごめんっ! 美乃梨がすごく可愛くて触りたく……って、わーっ! ごめんっ! 何でもないっ!」


 真っ赤になって慌ててる柊二と、隣席の女子大生らしき二人組に「姉弟かなぁ? 可愛いー」って笑われてるのに気付いて我に返った。


「あっ、ご、私こそごめんっ! ちょっとボーッとしてたら、佐和って言っちゃった」


 自分でも信じられないくらい動揺してるのが分かる。おさまらない鼓動はたぶん、初めて柊二に触れられたからじゃない。


 今の私は、ちゃんと笑えてる?


 そのタイミングでバッグの中のスマホが震えて、何かの通知を告げた。

 時刻は午後七時を過ぎてる。


 何? 誰から?


 心当たりは、一人。


 落ち着かない。柊二には知られたくない。

 でも、やましいことなんて何一つ無い。


 何か嫌だ、こういうの。


 気付くと、聞かれても無いのに口を開いてた。


「あ、あのね、柊二っ。実は今日この後、壮空そらと会うことになってるのっ」


真中まなかくんと?」


 言ってしまってからはっとした。何の脈絡も無い話に柊二が真っ直ぐ私を見てる。

 純粋な問い。

 なのに勝手に罪悪感を感じてしまう。

 ずっと壮空を意識してた柊二に、言う必要なんてあったんだろうか。言って楽になるのは、私だけなのに。


「へ、変な意味じゃなくてねっ。昨日、壮空の誕生日に家族みんなで集まったんだけど、その時、両親にサプライズでクリスマスプレゼント渡そうって話になって。そ、その作戦立てるだけだから、だから……っ」


 途中から自分でも何を話してるかよく分からなくなってた。でも、柊二は、


「へぇぇっ、いいねっ! 」


 柔らかく笑ってくれて、とにかくホッとしたことだけは覚えてる。





 まもなく午後八時を迎える駅前広場の噴水前で、恋人繋ぎのままの柊二と向き合う帰り際。帰りたくないって分かりやすく顔に書いてあるのはたぶん、柊二の方。


「今日はすっごく楽しかったね!」


 それを聞くのは、ここに来てから何度目だろう。


「うん、ホントに楽しかったね」


「プレゼントも、ありがとうっ!」


「うん。私も、ありがと」


「じゃあ、帰るね……」


「うん、気を付けてね」


「か、帰ったら連絡するから!」


「うん、私もする」


 この会話は……三周目くらい?


「あー、一日ってこんなに短かったっけ……なんか、二十四時間じゃ全然足りないね?」


 柊二の場合、例え一日が倍の四十八時間になっても同じこと言ってそうな気がして、思わずクスクスと笑ってしまう。


「そう、だね」


「じゃあっ、次はもっと……っ」


「柊二。電車の時間、大丈夫?」


「……後二分しかない、です」


「ええっ? ちょっと急ぎなよ! ほら、早くっ!」


「あ、うっ、うん! あのっ、でも、五秒だけ、僕に下さいっ」


「えっ? 何、五秒……っ……!」









「好き」









「じゃ、じゃあっ、また後でねっ、美乃梨さんっ!」


 慌ただしく走り去って行く柊二の足音が背中から遠のいて、噴き上がる噴水の音に紛れて溶けた。

 私はしばらく動けなくて、その場にただ立ち尽くしてた。



 え、何、今の?


 もしかして、私。



 抱き締められた?



 あの柊二に?



 ——しかも、耳元で『好き』って囁いた……。



 瞬間、耳まで熱くなってその場にしゃがみ込んだ。

 まさかの不意打ち。


「……いいって、言ってないのに」


 遅れてきた高鳴る胸の音と顔の熱さに、自分で自分が恥ずかしい。早く落ち着かなきゃって思うのに、むしろ、嬉しいって思っちゃってる自分がいて。



 五秒じゃ足りないって思ってる自分がいて。



 戸惑う。

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