第3話 クリスマスイヴのデート(1)

 終点でバスを降りて、全方向クリスマス仕様に彩られたいつもの駅前広場をぐるりと見回す。柊二しゅうじとの待ち合わせはこの広場の噴水前に午前十時半。主要駅だけあってその縁に大きなスーツケース片手に座ってる男の人や、外国人親子、学生グループ、思った以上に人は多いけれどスマホが表示するのはまだ午前九時四十八分。柊二からのメッセージも無い今、


 いるわけないよね。


 そう確認し、どこかでホッとする自分に気付かないフリをしながら約三十分を過ごす為の候補を挙げる。それが決定する前にすれ違う社会人らしきカップルの会話が耳に入った。


「さっきの男の子、電車に乗ってる間中、王子様っぽいセリフ練習したり、泣いたり赤くなったり、可愛かったよねー! これから彼女とデートなのかなぁ?」

「いや、あれ女の子だろ? 絶対これから彼氏とデートだって。あんな可愛い彼女がいる男が羨ましいー!」

「……それどういう意味か、三十文字以内で今すぐ言えるよねぇ?」


 思い当たる節ばかりで構成されたその会話を目でも追う。


 え、もしかして……。


「あっ、早河はやかわさーん! 良かったぁ、すっごく綺麗な子がいるって噂になってたから心配……」


 後方の駅中から息を切らせ、私の名前を呼びつつ走り寄って来たのは。


「柊二っ? さっきの話、ホントに柊二だったんだ……」


 早過ぎる彼との合流に驚いたのも束の間、今度は呆れのため息が出る。

 王子様っぽいセリフって、まさかまた変なアプリ始めたんじゃ。


「ねぇ、柊二。もしかして今度は王子様になれる神アプリ見つけたとか言わないよね?」


 私の問い掛けに、ぼぅっとしたまま反応のない柊二。

 ……まあ、最近よくこんな顔してるけど。


「ねぇ、ちょっと聞いてる? 柊……っ」


「……わいい」


「え?」


「早河さん、今日すごく可愛い……。どうしよう僕、顔、見られないかも……」


 そう言って両手で顔を覆う柊二は、隠せてない両耳が真っ赤になってて、喧騒と弾む水音の間を抜けて緊張の音まで聞こえて来そう。


 可愛いって……。


 予告なく発揮される天然ぶりに、途端に熱くなる顔を気付かれない内に冷まして柊二を見る。


 可愛いって、今日の為にアップにした髪のことを言ってるの? それとも、少しだけ大人っぽくまとめたベージュ系のコートや靴やバッグのこと?

 中に着たくすみピンクのニットと白のスカートも、見て欲しい人に見てもらえなきゃ意味無いよ。


「柊二、顔上げて? 私、帰った方がいい?」


「わぁっ、待って、早河さん!」


 柊二こそ、少しだけ背伸びした感じの紺のチェスターコートから覗く白シャツの襟。きっとワックスでまとめた髪も、素直にかっこいいよって言ったら喜ぶのは、分かってる。


「……ここ、教室じゃないよ? 柊二」


 照れ隠しに、そんな言葉と微笑に託したら、やっぱり伝わらない、かな。


「え? あ……。み、の、り」


 小さな声なら聞こえないフリ。


「み、のり」


 自然に呼んで欲しくて目だけで促す。


「み、美乃梨っ」


 思わず吹き出してしまった。


「そんな大きな声出さなくても聞こえてるよ」


「えっ? あっ、もぅ……」


 私のワガママに更に赤くなって俯く柊二の方がよっぽど可愛い。って言ったら、泣いちゃうかな。


 二度目の休日デートも、やっぱり少し私がリード。でも、高鳴る鼓動は同じ速さだから、ここへ来るまでのモヤモヤは心の奥に押し込めて、今は柊二との時間を楽しみたい。


「おはよう、柊二。ちょっと早いから、暖かい所で一緒にどうするか考える?」


「……はいっ」



 柊二が試験勉強の合間に考えて、放課後、教室の片隅で二人で決めたデートプラン。クラスメイトには、柊二が勉強教えてるって思われてたことを愛海まなみから聞いた。

 そんなの、別にどっちだっていい。


 柊二がアプリで入手したっていう体感型デジタルアートのチケットを、予定より少し早めに移動して使う。

 描いた絵が動き出したり、人の動きに連動して変わる映像があったり、お互い一度来てみたかった場所。でも、クリスマスイヴの、しかも土曜日の人気スポットはかなり混雑してる。


 それでも、心地いい騒々しさの中で必然的に距離が近くなって、折角だからって、小さな子たちに交じって時間を気にせず遊んでみたり。


 幻想的な七色の光の重なりが、非現実感を伴って映す柔らかい彼の表情に、はぐれないようになのか、そうしたいからなのか分からないけど、触れた手と手をどちらからともなくそっと繋いで、無言で見つめ合ってみたり。


 すぐに柊二は右下に、私は左下に逸らしちゃうけど。

 誰も気付いてなくても、なんか、照れるのっ。


「き、来て良かったね、美乃梨」


「うん……」


 次へ歩き出す前、意を決して私から変えた恋人繋ぎに、びっくり顔の柊二が振り向く。瞬間、柊二の心に反応したかのように、上下左右を取り囲む無数のLEDがピンクの波を起こして流れ始めた。たぶん偶然。でも、くすりと笑ってしまう。


 柊二は絶対、この手を自分勝手に離したりしないって思える。

 繋いだ手から緊張と想いが真っ直ぐに伝わって来る。

 目が合うだけで嬉しいって感情がクリアに聴こえる。


「イヤだったらやめるから」


「ぜっ、全然イヤじゃないよ! こ、こここ、こっちの方が、いい、けど……恥ずかしいね」


 私だって恥ずかしいし、聞かれそうなくらい胸が鳴ってる。でも、それ以上に真っ赤になって、決して本心じゃない試すような問いに慌てて否定する柊二が可愛い。


「恥ずかしいならやめる?」


「あっ、や、やめないですっ」


「何で?」


 聞きたい言葉を導く為のいじわるな質問にも素直に答えてくれる柊二が……。


「なっ? な、何でってっ! つ、繋ぎたいから、です」


「繋ぎたいのは、何で?」


「へぇっ!? あ、す、好きだから……」


「周りの音が大きくて聞こえないよ」


「ええっ。 ……すっ、好きだからですっ」



 いつか本当に好きな人から言われたいって何年も夢見て、諦めてきた言葉。

 それがたった一言で笑顔になるのを止められなくて、目の前のたった一人で心が一杯になるものなんだって、教えてくれたのは柊二だよ。



「……私も」


「………………えっ? 待って。本当に聞こえなかったから、もう一回……っ」


「あっ、あっちも面白そうじゃないっ?」


「ああっ、ズルイよ、美乃梨ーっ!」



 柊二の「好き」は、私にずっと包まれていたい安心感と、くすぐったい愛しさをくれる。



 だから「好き」って言って欲しい。私から聞かなくても、いつでも柊二から言って欲しい。

 本当は私も同じだけ返せたらいいのにって思うのに、自分からはなかなか言えない。



 お願い。



 今日からは、ふと過ぎりそうになる


『好きなんだ』


 を、思い出さずに済むように、何度も言って、上書きしてって。

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