第4話 のびる時間 めぐる時間
時間のありようには、昔から興味深く思っているんです。
『タイムマシン』というSF小説を読んだ小学生の時から、時間は一直線に過去から未来へと進んでいて、誰もが、何物も、すべてのものが、その直線の上を進んでいるって、そう思い続けてきたのです。
そして、過去の時間は、直線が伸びていくにつれて、どんどんと縮まっていくんです。
ですから、歴史は、毎日のとりとめもない出来事、私たちが時を費やすそんなことは吹っ飛んでしまって、歴史にとって必要なことだけが凝縮されて残っていくのです。
それゆえに、歴史にとって必要でない一般人など、微塵もなく消え去ってしまっているんだなどと想像したりしていたんです。
いつだったか、どこかの展示会で、江戸時代のお婆さんのミイラを見たことがありました。
私、その前に佇んで、このお婆さん、なんでミイラになんかなったんだろうって、二百年も経って、こうして発見されて、衆目の目に晒されるなんて、江戸の時代のお婆さん、思ってなどいなかったはずだって。
それに、歴史に残るような働きもなかったのに、こうしてミイラの姿を残して、今にあることで、彼女の時間は途切れることなく続いていたんだと思ったりもしたのです。
過去がそうであるならば、未来へと向かう時間はどうだろうと、当然のごとく考えます。
今、一歩踏み出したことで、その一歩の先に時間が伸びていきます。
もし、別の一歩を踏み出したら、その一歩の先に時間が伸びていくのです。
だとするなら、私たちの未来へと向かう時間は、無限大にあるということになります。
だったら、私たちは次元の異なる世界で、複数の人生を生きていてもおかしくないということになるのはないかと考えたりもするのです。
失恋をした男が、死にたくなった。
でも、そこに、新しい希望を見出すことのできる女性が現れた。
男は、新しい希望を胸に、その女性と一歩を踏み出した。
その男の未来への時間が始まったのです。
でも、別次元で、失恋をしたはずの女性とも、よりを戻し、そこで一歩を踏み出している幻想もあってしかるべきです。
世間には、自分に非常に似たものが三人はいると言います。
きっと、その人たちは、次元を異にして、自分を生きている人たちなのだと空想科学的に考察すれば、それもまたありうることだと思うのです。
そうなると、世界は、たった一つの世界ではなく、次元を超えて、幾つもの世界があることになり、時間に対する興味はまさに尽きることなく、私の心をときめかすのです。
「雨水」の候でした。
立春から十五日目の日を「雨水」と古人は定めました。
雪が雨に変わり、草木が芽吹くとしたのです。
その二月十九日、つくばに暮らす私の家の周辺でも、確かに雨が降りました。暖かい雨でした。
翌日は、季節外れの気温の高さで、だれもが春を実感しました。
そして、ふと、考えるのです。
古人は、現代人のように、時間を直線とは捉えていなかったのではないかと。
三月の声を聞けば、古人は、それを「啓蟄」と呼んで、地中もあたたまり、虫たちも目覚めるとしたのです。
植物に次いで、動物も動き始めるのです。
そして、三月の末には、「春分」です。
黄経0度になる日です。
地球の赤道を延長した天の赤道と太陽の通り道の黄道がちょうど交差したところが黄径0度となります。
「春分」は、太陽が黄径0度、ここを「春分点」と言いますが、そこに到達した瞬間のことを言うのです。
もっと、わかりやすく言えば、太陽が真東から昇って真西に沈み、昼と夜の長さがほぼ同じになると言うことです。
古人は、この太陽と自分たちの大地の関係をよく知っていたのです。
だから、時間は、過去は縮まって、未来に一直線に、それも無数の時間があるなどとは一切考えていなかったのです。
時間は、巡っているものだったのです。
円を描いて、まるで、太陽が東の空から昇り、西の空に沈んでいく、そうあるかのように、時間は巡ってくるものだったのです。
歴史に名を遺す人物も、そうでない人間も、この世の生きとし生けるもの皆、その巡る時間の中に、平等に、一切の差別なしに、あったのです。
そんなことに、今更のように気がつくと、なんだか気が楽になるのです。
だって、余計なことを考えずに、巡る時間の中で、折々の時間の景色を遠望し、その中に身を浸して生きていくことが、命あるものが行うべき一点であるとつくづく思えるからなのです。
昨年のことなど、人間はすっかり忘れているのです。
昨日のことなども、思い出せないのが人間です。
でも、巡る時間の中で、命をつなぐことだけは繰り返し繰り返し私たちは勤めあげてきているのです。
そんなことを思うと、「春分」の日の太陽が絶対神のように思えて、早く会いたいものだと、そんな風に思うようになるのです。
新しきひしゃく 中川 弘 @nkgwhiro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます