十二月、ともだちときく

『保健室ちゃん、年賀状出すから住所教えてよ』

 前の学校で知り合った子から、そんなメールが来た。

 彼女とは友達、というほど仲良かったわけではないけれど、よく話した。ちなみにこの『保健室ちゃん』というのは彼女が私を評して勝手に名付けたあだ名だ。

 いつも保健室にいるから『保健室ちゃん』。そんな安直なことを言う彼女が紙の年賀状を送ってくる、というのは少しばかりサプライズで、そっか、そういうところ意外とマメだったんだな……なんてことに今更気付かされたりする。

 保健室登校を続けているうちに、保健室の自縛霊になってしまった。最近流行ってる猫みたいな姿のあれだ。

 いやまあもちろん本当に死んだわけじゃなくて、だって死人がマスコットになれるならもっと自殺者増えてるっしょ、とかそういうのは一応確認しておくとして。

 もう一つ確認しておくと、中学校というところは別に授業に出なくても進級、なんなら卒業できてしまう。それは、教室に押し込まれるのが嫌な私のような人間にとっては願ってもないことなのだけれど、罪悪感が無いでもない。

 ともあれ。

 私は新しい学校でも『保健室ちゃん』として頑張って、はいないけど存在を主張しているし、なんならちょっと『保健室ちゃん』て名前もう怪談みたいになってきてるし、最終的にそうなったら嫌だな。

 相変わらず。

 変わらない。

 私はいつまで『保健室ちゃん』なんだろう。そうでいられるんだろう。何もしなくとも中学校なんて卒業できる。けど、その後は?

 いっそのこと、本当に自縛霊になれたらいいのに、なんて考えてしまう。特に死にたいってわけじゃない。でももういっそ、怪談になってしまうのもいい。

 仮にそうだとしても、現状の維持にはコストがかかる。『保健室の自縛霊』と化した私は、保健室に訪れる生徒たちを犠牲にして居座り続けるのだ。

「保健室ちゃん、どしたの? ボーっとして」

 突然声をかけてきたのはサボリ魔のカリノさんだ。

「……うん、ちょっと、考えごと」

「そっかー、まあ、私たちももうすぐ卒業だもんね」

 この学校でも私は『保健室ちゃん』として保健室登校を続けているのだけど、そうすると、様々な人種、まあ人種なんて言い方は大げさかもしれないけどとにかく、が訪れる。

 カリノさんは典型的な『サボリ魔』で、私のように体調だとか精神面の不調だとかといった大義名分を使わずに堂々とサボる人だ。

 その代わり、と言っては何だけれどある程度のバランス感覚は持ち合わせていて、私みたいにほぼ保健室にしか居ない、みたいなこともなく、普段は普通に授業を受けていて、どうしても気が乗らないときにだけ仮病とかそういったものを駆使してやってくる。たまにただの休み時間にもやってくる。

「保健室ちゃんはどうする?」

「え、この後? 寝るよ」

「そうじゃなくて。しょーらいとか、進学とか」

「考えてないなあ」

「保健室ちゃん、頭良いんだからちゃんと勉強すりゃどこでも行けそうだけど」

「私、もうまともに授業受けられない気がするんだよね」

 こういう話をするとき、カリノさんは気を遣ってこない。だから、少しだけ、気を許せる、ような気がする。

「なんかもう、根を張っちゃってる感じ?」

「そうそう、そんな感じ」 

 二人して、使っていないベッドに腰掛けたままだ。別にこれから何かしようってわけじゃなく、単に座り心地が良いのだ。ソファより。

「なんかカウンセラーとか目指してみたらいいんじゃん? ああいうのって、実体験が役に立ちそうだし」

「んー、でも、ああいうのってやっぱり、社交的な人がなるんじゃないのかなあ」

「保健室ちゃんが社交的じゃないとは思わないけどねー」

「そこら辺は、自分の問題かなー」

 正直、めんどくさい。だって、自分みたいのが束になって襲いかかってくるのだ。いや、流石に言い過ぎた。それじゃホラーゲームだ。

 ともあれ、自分がもうひとり居るとして、私は、もしかしたら立派な人格者になっているかもしれない私は、今の私みたいな私を更生させることができるのだろうか。

 ……無理だ。

 まず、立派な人格者になる未来が想像できない。そしてそんな今の自分をどうやったら『まともな』人間にできるのか、まったくわからない。

 問題がねじれている。

「保健室ちゃん、ちゃんとしてんじゃんね」

「そんなことないよ、単なる怠け者だよ」 

「そんなの、私だってそうさ」

 だからもっと授業に出なよ、って論調にならないのがカリノさんのいいところ、かどうかは私にはわからないけれど、少なくとも好ましく思えるのは確か。

 ま、サボリ魔だからってだけかもしれないけれど。

「なんか、どうにかしてこのままでいられないかな、っていうのと、もっとまともにならなきゃ、ってのがせめぎ合ってるんだ」

「ふうん、そんなものかあ」

「カリノさんは、どうなの?」

「私はねえ、なんだかんだ文句言いながら、普通に高校を受験して、あー中学の時はもっとラクにサボれたのになあ単位とかめんどいなあ、って思いながら通う予定だよ」

 もうどこに行くかも決まっちゃったしねえ、と呟く表情はどこか諦めたよう。

「仲良かった友達ともカンタンに離ればなれになってさあ、最初はちゃんと休みの日には会おうね、とか言ってるんだけどお互いの交友関係が別々に出来上がっちゃって疎遠になって」

 カリノさんはふざけたような声色だけど、その目はあまり笑えていない。女子中学生にそんなしたたかな嘘が吐けるものか。

「離れても友達かどうかなんてわかんないじゃんね。そりゃ、近くにいたってケンカしたりして疎遠になっちゃうこと、あるけど」

 カリノさんはこの前、彼女さんとケンカしていた。ちょうどここで、愚痴を聞かされたのだ。

「……はあ、この歳で遠距離恋愛かよー」

 なんか、カリノさんの彼女さんは町を出るらしい。田舎のいち中学でしかない我が校には勿体ないぐらいの才女だったそうで、都市部の進学校に行くのだとか。

 こういうとき、「まあメールもスカイプもあるじゃん」て励ますのは簡単だ。けれどカリノさんがそういう言葉を求めていないんだろうな、ってことはわかる、つもり。

「そういえば、保健室ちゃん転校生だっけ。あんまり気にしたこと無いけど」

「そうだよ」

「学校が変わるって、どんな感じだった?」

「どんな感じ、って言ってもなあ……」

 やってることは変わらないし。保健室で寝たり自習したりしてるだけだし。

「ああ、そういえば、前の学校の知り合いからメール来たよ」

「え、どんなか訊いていい?」

「年賀状送るから住所教えて、って」

「それもう友達なんじゃないの」

「うーん」

「あれ、もしかして、私は」

「……うーん」

「ちょっとやめてよお、その間リアルだよ」

 今のはちょっと冗談だけど。

「とにかく、年賀状でも出せばいいんじゃない? 彼女さんとやらに」

「急に話飛んだ! あと否定しなかった!」

「何が」

「……もういいです」

 あ、すねた。

「とにかく……なんていうか、手紙書けばいいんじゃないかな、って思ったの。メールじゃなくてさ」

「ほう」

「別に、手書きの方がありがたみがあるだなんて思ってないけどさ、いいじゃない? 無駄に手間がかかるの。それだけ想いが強くなりそうで」

 一方的に、っていうのは呑み込んだ。

「そういうもんかな」

「たぶん」

 カリノさんは保健室の天井を仰いだ。

「何を書いたらいいのかなあ」

「なんでもいいんじゃない。授業のこと、ご飯のこと、友達のこと……は嫉妬するかもしれないからほどほどにして」

「ま、嫉妬させるぐらいでちょうどいいのかもしれないけどね」

 私の方を向いて、笑う。その表情はなんかちょっと晴れやかで、私が呼び込んだのが誇らしいような、はたまた私自身にその表情が出来るだろうか、と少しばかり悔しがってしまうようなものだ。

「手紙って、書く?」

「全然」

「最後に書いたのいつだろ……」

「私も覚えてないな」

 なんとなくさっきのメール画面を開く。『保健室ちゃん、年賀状出すから住所教えてよ』そっけない文面だ。けど、嬉しい。

 人の縁なんて適当だ。カミサマの気分で、宝くじの当落、それも年末ジャンボとかじゃなくて安いやつで決められているような気すらする、けど。

 意外なところで繋がる縁もあるのだ。

「ねえ、カリノさん」

「相変わらず保健室ちゃんは固いなあ。もっとなれなれしくていいのに」

「……私も、カリノさんに年賀状、書くよ」

「えっまじで、じゃ私もー」

 縁は切れて、結ばれて、ほつれて、結びなおして、友達が増えたり減ったりする。冬はもう少しだけ続いて、春夏秋と変わっていって、それぞれの人生、みたいなものの線が伸びていく。たまに切れる。

「ねえ、保健室ちゃん、やっぱり終業式は出ないの?」

「うん。帰って寝るよ」 

「じゃ、これで三学期までお別れかな」

「そうだね」

「そっか。なら今のうちに言っといた方がいいのかな」

 よいお年を。

 よいお年を。

 窓の外では、少しだけ雪が積もっていた。

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