後日談


『…本日は誠にありがとうございました。昼食の際、食堂に来られる機会がございましたら腕を振るってお食事を用意させて頂きます』


授業開始7分前。

保健室から退室していく生徒等に感謝の言葉を送り、クラウンは深々と頭を下げる。

そうして彼らの気配が無くなるとゆっくりと頭を起こし、パン…と小さく手を叩いて棺を退去させ、入れ替わりで召喚したベッドのを直したところで思い出したように一言。


『生徒達はもう教室に向かわれましたよ。貴方は急がなくても良いのですか?』


そう尋ねると窓際のベッドを囲うカーテンがひとりでに開く。


「ねむた…」


欠伸交じりに愚痴をこぼしながら身体を伸ばし、そのまま身体を左右に振ってボキボキ…と骨を鳴らした後、ようやく塩崎劉玄りゅうげんはベッドから起き上がった。


『あと五分ほどで授業が始まるのですが…』


「だいじょうぶ大丈夫‥」


再び大きな欠伸をしながらそう言って塩崎は目をこする。…これほど根拠のない「大丈夫」は未だだかつて聞いたことがない。


『なぜ生徒達と一緒に参加しなかったのですか?』


ため息まじりにそう尋ねると塩崎は意外な答えを返した。


「ん? まぁ…あいつ等の空気を壊すわけにもいかんしな」


—————なるほど。彼なりに配慮した上での判断か‥。


そう少し見直しかけたのも束の間。

「…朝から湿っぽいのは苦手だしな」と言って手についた目やにを吹き散らす塩崎をクラウンはじっと睨みつける。


『…用がないのならば教室に向かわれたらどうですか?』


授業開始まで残り数分。

本格的にこの男を教室に向かわせようと催促するが、男は一向にベッドから立ち上がる気配を見せない。


…ただ何か言いそうな彼の表情からは妨げてはならないような気迫を感じ、じっと塩崎の口が開くのを待つことにした。


「‥‥あの場に偲がいなかったら今頃どうなっていた?」


それから塩崎劉玄は尖った声で尋ねた。


『あの場で退去の命令が無ければ…食堂にいた生徒の大半が被害に遭っていたでしょう』


当時の事をふり返りながらクラウンは静かに答えた。



あの日に起きた二つの問題。

その一つ目は生徒等にも説明したように警報が遅れたことである。

他世界との境界が侵された際に発動する警報は生徒等にとっては戦闘の合図であり非情に重要度の高いものではあるが、教師陣にとってはそれほど重要性はない。


むしろ彼らが重要視しているのは、もう一つの方法————管理者クラウンによる〝感知〟である。


そも警報とはゲーグナーの襲来を告げるもので、その出現場所などを知ることはできない。感知の範囲は学内全てに至り、強度を最大値にまで引き上げれば生徒等の会話・足音・心音ですら把握できるが、…流石に生徒等のプライバシーを害してはならないため基本的には感知対象をゲーグナーと教師陣の二つに限定している。


 ところが、その感知の穴を潜ったものが二つ目の問題でもある亜種体の〝出現場所〟である。本来、ゲーグナーの出現場所はグラウンド等の屋外、生徒のいない校内の廊下等…人気ひとけが少ない場所へ誘導される。


これはゲーグナーの急襲を防いだり、生徒等の戦闘に有利な場所を選ぶなど理由は多々挙げられるが、その主な目的はクラウンの感知範囲にゲーグナーを出現させることにある。


学内全てを感知範囲に置く彼女であるが、万能足り得ないそれは対象が直接または間接的にでも学内の一部に触れなければ感知できないという条件が設けられており、その起因は〝彼女が彼女であるから〟に他ならない。



アンドロイド=ナノマシン:クラウンである彼女が、

空中・・から現れた本能・・系の亜種体を直接・・感知した時には既に遅かったのである。



『‥‥私が人の身であったならば』


‥‥そういって我が身を抱く彼女は人間よりも人間らしい純然たる存在であった。


「‥‥」


彼女の零した言葉をどう受け取ったのか。塩崎は何も言わなかった。

ただ少しだけ何かを思い出しているような静止した表情を浮かべた後で再びベッドに横たわり、


「…だから嫌なんだよ。朝から湿っぽいのは…」


どうにもならない感情を抱きながら天上に向かって小さく愚痴を呟く。

それから両耳を覆うように左右の側頭部を掻き、目をつぶって瞑想した後、見えない何かを睨みつけてから大きく息を吐いて立ち上がる。


「スマン。言い過ぎた。…言う相手を間違えたな」


頭を下げて謝ると、散らかしたベッドをそのままに塩崎はクラウンの傍を通り過ぎる。


「それと…ウチの志村功の事、ありがとうな」


肩に手を置いてお礼を言った後、塩崎劉玄は保健室を後にした。


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