5. やさしくなりたい

 カリカリカリカリ……

 カリカリカリカリ……

 ごし、ごし……

 カリカリカリカリ……

 カリカリ……

 カリカリ……

 …………

 ……


「真面目か!」


「うるさい、黙れ。」

 今日の部室には、四人全員が揃っている。

 が、全員でテスト勉強中だ。


「お前、昨日も俺達の数学を邪魔しやがって。」


「もう変な公式教えないでよ?」


「だって、私日本史やりたいの。

 声出さないと暗記出来ないタイプの美少女なの。」


「ここじゃ暗記物じゃ無いのやれよ。

 あと、さりげに美少女アピール混ぜんのやめろ。」


「美己は美少女だと思う。」

 どうでも良いところに食い付いた日暮崎とハイタッチする立石。


「いいから勉強するぞ。

 明日から部室使えなくなるんだから。」

 テスト期間の始まる二日前から、基本的に部活禁止となる。

 テストが終われば、数週間後には夏休みだ。

 なんか知らないけどタクも気合い入ってるし、日暮崎は優秀らしいし、全員無事に赤点を逃れられれば良いのだが。


***


「と、いうわけで。」

 俺達四人はそれぞれ自分の飲み物(ペットボトル)を手に持つ。


「テスト終了、お疲れー。」

 ポコン、だかボコッだか、微妙な音を立てて、乾杯をする。

 テーブルの上に広がったお菓子に、思い思い手を伸ばし始める放課後のFOOLS。


「さて、そんじゃ食べながら決めよう。

 文化祭の発表についてだ。」


「あ、これうまー。

 マチ、これ美味しいよ。」


「うそ、どれ?

 あ、生田君が今手に取ったのも美味しいよ。」


「おい! 相づちくらいあれよ!

 相づてよ!!」

 動物園か。


「そういえば、今日2-Cのヤツが俺にこの部活のこと聞いてきたよ?

 シバに直接聞けば良いのにね。」

 タクがポテチを頬張りながらそんなことを言う。

 名前を聞くと、サッカー部のヤツだった。

 別段仲が悪いわけでもないんだが……。

 あるいは、立石辺りを意識してるのかも知れない。見映えは良いし、それなりに男人気ありそうだ。

 ま、ここは部の知名度が上がってきたと判断しとこう。


「あー、そういうの女子はしょっちゅうあるよー。」

 立石が言う。


「そうなの?」


「うん。フーミンがっついてないから、割と狙ってる女子いそう。

 イックンは人畜無害そうだから、特殊な層に人気ありそうだしねー。」


「イックンて……。人畜無害そうって……」

 あ、タクが大ダメージ受けてる。


「はいはい、とりあえず文化祭のこと決めようぜ。」


「でも人数少ないし、あんまり大がかりなのは嫌だな。」

 タクが先陣を切ってくれた。


「なんか適当にゲーム紹介でも作る?

 カードゲームとか、ボードゲームとかの。」

 日暮崎はこの部に入ってアナログゲームの楽しさを知ってしまったらしい。

 人生ゲームをやるのが念願だったとか言って、先日新品を持ち込んできたのだ。

 確かに、ある程度人数揃わないと出来ないゲーム多いしな…。

 俺は少しだけ日暮崎に優しくしようと思った。


「えー。

 せっかくなんだし、うちらで新しいゲーム作ろうよ!」

 立石が気楽にそんなことを言う。


「文化祭まで何ヶ月だと思ってんだよ。」


「パクれば良いんじゃん?

 USOとか。」


「それやっちゃダメなヤツ。」

 実際USOくらいならジョークとして既にありそうな気もするが…。


「大体、カードゲームやボードゲームは見映えもポイントだと思うから、自作は大変じゃないかな。」

 タクが滅茶苦茶常識的な意見を出した。

 こいつを引き入れて、本当に良かった。

 俺だけではこの女子二人は御せないだろう…。

 タクは女子には一歩引くイメージがあったけど、いつの間にか複数女子を相手取るスキルでも手に入れたのだろうか。


「じゃあ、人生ゲームにちなんで結婚ゲームとか作っちゃう?」

 日暮崎が目をキラキラさせながら言った。

 誰だよ、日暮崎が優秀とか言ったヤツ。


「お前、今までの話聞いてた?

 じゃあ、じゃねーよ!

 作っちゃう? じゃ、ねーよ!」

 えー、ざんねーん。

 ねー! 女子二人で嬉しそうに慰め合ってる。

 俺はお前らのイチャイチャの為にツッコミ役続けるの嫌なんですが……。


「やっぱ、アナログゲームの紹介を作る、ってのが無難かな…。」

 タクが呟いた。

 俺もそれが良いと思う。楽なのが一番だ。


「はい!」

 そう言って、突然立石が両手をぱんっと鳴らして注目を集める。

 ゆるふわ気味の肩に掛かる黒髪が、少しフワッとなる。


「では、RPGを作りましょう。」


***


 立石の提案はこうだ。

 パソコンで手軽にRPGを作るソフト、『RPGツクレール』を兄が持っている、と。

 しかも兄は衝動買いして以来、全く触ってない、と。このままでは宝の持ち腐れである、と。エロRPGの一つも作らない兄は甲斐性が無い、と。


「たしかにパソコンがあれば、出来なくは無いな。

 でも、時間的に厳しくないか?」


「ちょっと触ってみたけど、基本的なプログラムはインストールされてるから、出来る範囲でやれば良いのよ。

 ちょっとうろうろして、適当に敵とバトルして、会話イベントがあって。

 長編なんて作ったらバグとか色々大変だろうけど。」


「なるほど…。」

 俺とタクは唸った。

 最近はとんとご無沙汰だが、確かに俺もタクもそのソフトで作られた、いわゆる同人ゲームってヤツをよく遊んだ経験がある。

 一種類のマップの中でうろうろするくらいなら、短時間で出来そうだ。

 おまけに、うちの部にはプロ並みのイラストレーターがいる。

 立ち絵が魅力的、というのは、こういったゲームには実に大きなアドバンテージだ。


「やってみるか。パソコンは俺が用意するし。」


「おー!」

 皆のテンションが上がる。

 日暮崎は多分、何のことか分かってないが、それでも凄く楽しそうだ。


「でも、文化祭の日はデモプレイするだろう?

 よく知らないヤツらにいじり回されるのも嫌だから、当日用のPCは学校から借りられないかタジに聞いてみよう。」


「そしてデモプレイした女の子が入部してきて、超絶リアルなおじさんの絵を描く未来まで見えるわ。」

 立石が満足そうに言う。

 そんなアニメ、俺も見たことあるけど。

 それから俺達は変なテンションのまま、どんなゲームにするかを、薄暗くなるまで話し合った。タクが何だか序盤の経験値稼ぎは魔狼に限る、とか力説してた。そういうゲームに嵌まってるのだろうか。

 俺としては、日暮崎の『おじさんしか出て来ないRPG』こそ勘弁して欲しい。


***


 テストの打ち上げをしてから一週間。

 いよいよ、夏休みが近い。

 夏季大会を控えた各部活は、3年の引退も意味することもあってか、どこも活気づいている。ご苦労なことだ。

 俺は持ち込んだノートパソコンの挙動チェック、LANのセッティングなどをしていた。

 その前に、学校から借りた扇風機のセッティングをしたんだが。

 今日は日暮崎は休み。

 タクは昼に何だか急いだ様子で早退していった。珍しい。病気とかじゃ無さそうだったが。


「うーん。うーーーーんん゛。」

 そして。

 長机で唸ってる女子が一人。

 追試のラインこそ回避した物の、赤点に引っ掛かり、現代文の特別課題をやらされている立石美己、その人である。

 人の数学の点数を馬鹿にするからだ。


 一通りチェックも済み、ネットの接続も確認できた。


「よし、帰るわ。」


「ちょっと! 薄情者!」


「自分でやらなきゃダメだろう?

 それに現国なんて、教えられること少ないぞ?」


「ここだけ! ここだけ教えてから帰って!」

 仕方なく、指差されたところだけ見てやる。

 その後も何か言っていたが、俺はスルーを決め込んで部室を後にした。


 夏休みを前にして、まだまだ日は高い。

 部室棟の階段を降りていくと、階下の部室前で半裸の男達がスポーツドリンク片手に涼んでいた。

 男子バレー部の面々のようだ。

 立石が好きだと言っていた、3年の先輩の姿もある。たしかに、なかなかのイケメンだ。

 モテメンだな、こいつは。

 揃いも揃って身長が高いから威圧感が凄い。

 俺はバレー部の屯してる方向に背を向け、そのまま玄関に向けて歩いて行こうとしたが、男達の会話が耳に入ってしまった。


「日暮らしビッチちゃんが最近、この辺によくいるって本当なの?」


「あー、2年のサセコかあ。」


「マジらしいぞ。高梨が見たって言ってた。」

 高梨ってのは、隣のクラスの男子か。バレー部だったな。


「ビッチちゃん、サッカー部の吉田と昔付き合ってたって、本当?」


「らしいぜ。二股だったとか言って、吉田めっちゃキレてたわ。」


「そんなん草しか生えないだろ。吉田は何股なんだっつーの。」

 俺は振り返ってみる。

 皆実に楽しそうだ。

 藤田とかっていう、立石の恋する先輩も白い歯をキラキラさせて笑ってる。


 ……柄じゃ無いんだけどな。


 俺はバレー部のヤツらの前まで近付いていった。


「ん? なんだ?」

 一番手前にいた男がこちらに気付いた。

 見たところ5人、全員三年生っぽい。

 俺は喧嘩なんてほとんどしたこと無い。

 DGSKだがしかし、中学の時の友人、ヤンキーのウェーイ松君、本名上松君がいるから、何とかなるだろう。これは卑劣では無い。策略だ。

 まあ、そもそも大会前に三年生が暴力を振るうわけ無いんだけどさ。


「すみません、先輩方。

 日暮崎の陰口は止めて貰えませんか。」


「あん?」

 あ、手前の男が怒った。


「お前は? ビッチちゃんの彼氏?」

 藤田先輩が俺に聞く。嫌らしい笑みだ。

 参ったな。立石にはなんと説明するべきなんだろう。


「すみません、同じ部活の仲間です。

 今日はいませんが、この部室棟に通ってくるんです。もう二度と、陰口言わないでください。

 ビッチちゃんも、金輪際止めてください。」


 まだ蝉の声も無い。水を打ったような静けさが辺りを包む。


「……本当に、彼女最近この辺にいるんだ?」

 別の先輩が聞いてきた。


「はい。最近ゲーム研究部という部を作りました。

 彼女も部員です。」

 どうせすぐに分かることだから、包み隠さず話す。


「……そっか。

 悪かった。もう二度と、陰口言わない。」

 意外にも手前の男が真っ先に謝ってくれた。


「ああ、悪かった。俺も二度と酷い名前で呼ばないよ。」

 藤田先輩も、真顔で謝ってくれた。

 結局全員が口々に謝ってくれたので、俺ももう一度非礼を詫びて、その場を後にした。

 正直言うが、メチャクチャほっとしてる。


 部室棟の前を通り過ぎ、本校舎の角を曲がると、立石が校舎に寄りかかって立っていた。

 目に涙を浮かべているが、それも気にせず、俺を見て弱々しく微笑む。

 本当に柄でも無いことは止めて欲しい。

 お互いに。


「……ありがと。」


「別に。」

 そのまま俺達は黙って玄関へと向かう。

 俺は玄関横の駐輪場に、立石は電車だったはずだから、真っ直ぐ玄関に進み続ける。


「……私、何見てたんだろうね。」

 聞こえないくらいの大きさで、そんな言葉を残して、立石は去って行った。


 俺は自分の自転車、ママ自転車マイチャリに鍵を差し、エンジンを掛ける。心のエンジン、では無い。

 魂のエンジンだ。

 なんつって。


 漕ぎ出し、駅の方向にハンドルを切る。

 立石の背中に近付いて言った。


「そんなことより立石、ちゃんとゲームのキャラ絵描いて来いよ!

 夏休みは忙しいぞ!」

 立石は振り返り、うっかり見惚れそうな笑顔で返してきた。


「誰に物言ってんの?

 あんたこそ、ちゃんとシナリオ書いときなさいよね!」

 マジ? 初耳なんですけど……。


 それから俺達は、今度こそ別れて帰った。

 部室の備品、扇風機じゃ無くて、クーラーが良かったな……。




<第一部 完>

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放課後のFOOLS 秋月創苑 @nobueasy

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