第35話 真実の愛
とある夕方、川沿いに立って時計を見る。
毎日のように、由夏や葉月から健斗にメッセージが送られてくる。
タイトルは『かれんのタイムカード』
帰宅時間から予測して、可能な限りいつものコンビニの辺りに張っている。
始めは運転手の栗山さんに自宅に送ってもらってから自分の車に乗り換えたりしていたが、勘のいい栗山さんにバレて、今では『RUDE BAR』の前に常駐してくれるほど協力的だ。
波瑠には、窓をコンコンとされて冷やかされることもあった。
因みにかれんの記憶から欠落しているのは、健斗、天海、そして波瑠。
この結果に、なぜか気をよくしている波瑠は、かれんが『RUDE BAR』に入って行った時は、優越感を帯びた表情で、かれんを店に残したまま、わざわざ健斗の乗った車まで「かれんさんはボクに任せて下さいね!」ナンテ言いに来たりする。
かれんと新しい関係性を築こうって魂胆か? 侮れないヤツだ。
今日のスケジュールには会食がなく、直帰出来る日なので、栗山さんには帰ってもらった。
かれんが信号を渡ってきた。
かれんが来るまでは、いつもの自分でいられるのに、何故か姿を見るととたんに切ない思いに襲われる。
こんなに近くにいるのに、まるでいないみたいに彼女の視線が素通りすると、本当に自分は存在していないのではないかと錯覚しそうになる……
Here I am ボクは
Here I am きみを
Here I am 想い続けるよ
どこにいても 誰といても
Here I am ボクは
Here I am きみを
Here I am 見つめ続けるよ
どれほど愛してるか
君だけが知らない
Here I am
「君は今日もコンビニですか!」
健斗は川沿いの手すりを背に、本を片手に立っていた。
由夏に聞いたところによると、『彼氏より優しいコンビニ』という表現は、復活しているらしい。
「なんで俺がコンビニに嫉妬しなきゃならないんだ?!」
そう思いながら、遠目で彼女を見ている。
「俺、本当にストーカーで捕まんないかな?!」
かれんがコンビニから出てきたとき、袋の中にシュークリームを見つけ、プッと吹き出した。
「やべぇ!」
目が合ったような気がして、慌てて目を逸らす。
そっと顔を上げると、彼女は川沿いの道の北側を、じっと見ていた。
健斗の家の方だった。
まさか!何か思い出したのか?
そう思って見つめていたが、しばらくすると南向きに信号を渡って行った。
息を整えた。
彼女がマンションに入ったらミッション成立だ。
誰がそんなこと決めた? 俺か?!
いつものように、本を挟んで、彼女の背中を見ていた。
あれ?!
かれんはマンションを素通りして、更に南に下りていった。
健斗は慌てて動き出す。
信号がこれほど長く感じたことはない。
青に変わるや否や走り出した。
どこに行く、かれん! どこにいる?!
川沿いの道には居なかった、路地に曲がっていったようだ。
縦横の道を一つ一つ確認するように見ながら走り続ける。
この辺りは店もない、だんだん暗くなってきている。
もしかして?!
かれんと、初めて出逢ったあの路地!
健斗はその勘に賭けて走り出した。
あの事故の場所にたどり着いた。
薄暗い街灯でよく見えない。
北の方から車のヘッドライトが見えた、それに照らされて、道の真ん中に、うずくまっている人影が見えた。
「かれん!」
そう叫んで、健斗が車道に飛び出した。
激しいブレーキ音が響く。
健斗は、とっさにかれんを抱き寄せて、 体を彼女の体の下に滑り込ませ、頭を覆った。
強い振動と共に、二人とも転がるように倒れた。
しばらくして健斗が意識を取り戻した。
「かれん、しっかりしろ! かれん!」
かれんがうっすらと目を開けた。
「かれん! わかるか?!」
救急車が到着した。
かれんの口が動いた。
「なんだ?! かれん、言ってみろ!」
「助けて…ケン……」
彼女はそう言ってまたすぐ意識を失った。
「思い出したのか?! なあ、かれん!」
救急隊員が健斗の腕を持つ。
「落ち着いて下さい。あなたも怪我しているんです」
右手の甲から血が流れ落ちていた。
「大丈夫です、天海病院へお願いします」
救急車に乗っている間も、かれんは意識が戻らなかった。
天海病院に搬送され、宗一郎が彼らのもとに駆けつけた。
「君も横になって、検査を受けてくれ」
そう言う宗一郎の言うことも聞かず、健斗は意識の戻らないかれんの側にずっと付き添っていた。
手を握って話しかける。
「かれん、俺たちが出会ったのって本当はずっと昔だったって、知ってたか? 君がかれんじゃなくて花梨の時だ。おしゃまな女の子だった。四つ上の俺と律にいつもついて回って、ちょっと生意気だったけど、俺にとっても可愛い妹だった。花梨の為なら何でもしてやれる、そう思っていた。でもお前の一番大事な律を助ける事が出来なかった。ごめんな。あれから俺は心を失ったんだ。律にならなきゃって、そう思ってた。律のように生きて、 律の夢を実現させる。そうやっても律が返ってこないことを、信じたくなかったのかもしれない。かれんになった君に再会しても、もちろん俺たちはお互い気付かなかったけど、何故だか俺はお前をずっと守りたいと思ってた。そう、花梨を大事に思っていたように、かれんの事もいつしか大事にしたい存在になっていたんだ。後から思えば、当然かもしれないな。同一人物なんだから。愛さないわけがないのかもな。俺がいくらお前の為とはいえ、お前に辛い思いをさせてしまったせいで、結局お前は苦しんで、そして、こうして危険な目にもあった。一体何が正解だったんだろうな。何もかも最初から素直に伝えていれば良かったのか? 今なら言える。ずっと……そう再会してからずっと、お前のことが好きだったよ。お前の手を離しても、お前への愛から離れることはできなかった。これからどうしていいか、正直わからない。道は二つだ。お前のそばにいる、そしてもう一つは、お前から離れる。どっちがかれんを幸せに出来るんだ? お前の未来を明るくする選択を、俺に教えてくれよ、かれん。いつになったら話してくれるんだ?」
そう言って健斗は、かれんの手を握ったまま眠ってしまった。
あの森を軽やかに歩いている。
誰かの手を取って。
隣を見ると、かれんが笑いかけてくれる。
森の間から日の光が漏れる。もう雨は降っていない。
奥まで歩いて行くと、人影が見える。
少し小さな…
「律?! 律なのか?」
中学生の律が、こっちを向いて笑いかけている。
「律、帰ろう! 俺たちと一緒に、早くこの森を出よう! こっちに来て! 律!」
ずっと笑ってこっちを見ている。
「なんだよ律、頼むよ、こっちに来てくれ!」
笑顔のまま、律は首を横に振った。
「どうして! 嫌だよ! 一緒に行こう!」
「悲しまないで、健斗。僕はもう健斗の中にいる、ずっと健斗の中で生きるから、だからもう、振り向かないでいいんだ。僕の妹を大切にしてくれて、ありがとう。僕の妹と、ずっと一緒に生きてくれるかな?」
「ああ、誓うよ! お前の妹は俺の手で絶対に幸せにする」
「ありがとう、健斗。安心したよ。」
「だから律、お前もどこにも行かないでくれ! 一緒に生きようよ、律!」
「それは出来ないってこと、健斗は大人になったんだから分かるだろ? 僕は幸せだったよ。頼んだからね!」
「律! 行くなよ! 行かないで、律!」
「健斗……健斗……」
その声で目が覚めた。
涙で頬が濡れていた。
それを指で拭っているのは……
「かれん!」
かれんの瞳も濡れていた。
「目が覚めたのか?! 俺の事も……」
かれんは頷いた。
「健斗、ずっと会いたかった! どこに行ってたんだろう、私。会いたい人がずっと私の中でさまよってるのに、誰だかわからないまま、ずっと辛かった。探しに行ったの、自分の五感を頼りに……ようやくわかったよ健斗、ようやく会えた! 健斗!」
二人は固く抱き合った。
「もう絶対に、離さない……」
川沿いの道を二人で歩いている。
「夢を見たんだ、森の夢。
「私も見たよ、森の夢。すごく優しい顔の男の子がいた。あれがりっちゃんね」
「律に約束したんだ。お前の妹は俺が幸せにするって。律は、俺の中で生きるって言ったんだ。きっとかれんの中でも、生きてるんだな」
健斗はかれんを抱き寄せた。
「一生一緒にいてくれ。ちゃんと律の OKももらったからな! 幸せになろう、俺たち……」
キャンパス内の小径を歩きながら、うつろいゆく季節を感じる。
色づき始めた木々が、やがてその葉で地面を埋め尽くし、黄金の絨毯のように小径を彩る。
「Hallo!」
「Hi Kento!」
道行く人々は様々だ。
それでも皆フランクに笑顔を投げ掛けてくれる。
「Hallo Ken!」
「Hi Ange」
金髪美女でも悠然とハグしてくる街…
「あれ?」
金髪美女の肩越しに、日本人が見える。
「え?!……まさか……かれん?!」
慌てふためく。
「Angelica、Please leave me now!」
「Oh! Why?」
「Well……」
アンジェリカは健斗の視線を追って振り向く。
かれんの姿を見て、察しがついたようだ。
「Okay!」
アンジェリカは、かれんの方を見て笑顔でハンズアップしてみせた。
そして、くるっと健斗の方に向き直り、健斗の肩に手をかけた。
「Good luck Ken!」
そう言ってバチッとウィンクをして立ち去った。
「Bye,Angelica!」
かれんの方を振り返ると、かれんは背中を向けてずんずん歩き出している。
「おい、待てよ。ちょっとかれん!」
「お邪魔だったわね! 帰る!」
「かれん、待って!」
「ほっといてよ! なにが「アンジェリカ~」よ!」
「かれん……」
「かれん!」
後ろからぎゅっと抱き締めた。
「かれん、会いたかった……」
更に力を込める。
健斗の鼓動が伝わってくるようだった
「私も会いたかった……だから……」
突然健斗がかれんの前に回り込み、彼女の顔を覗き込む。
「な、なによ」
「その怒った顔、ずっと見たかったんだ」
そういってかれんを抱き締めた。
「He might be our teacher.」
「Professor Fujita.」
「Look at that!」
「なんか……人が増えてない?!……」
健斗が顔を近付ける。
「ちょ、ちょっとこんなところで……」
すっとのびた健斗の手がかれんの頬から髪をかきあげる。そして彼女のアゴをとらえた。
「ここをどこだと思ってるんだ。アメリカだぞ」
そう言うと、かれんの顔を両手で捕まえて、唇を重ねた。
周りからは歓声がわき起こった。
「ちょっと待てよ! かれん」
また、すたすた歩いていく。
「怒るなって! 言ったろ? ここはアメリカだって」
かれんがすたっと止まって健斗に向き直る。
「私は日本人よ! あんな人だかりで……恥ずかしい……」
健斗はかれんの両肩に手を置いた。
「解ったから、もうそろそろ俺のほしいものをくれないか?」
「……ほしいものって?」
「かれんの笑った顔だ」
アパートメントで健斗がコーヒーを淹れる。
「あなたの日本の家に比べたら質素ね」
「慣れたら意外と快適だ、まあ、本当に慣れる頃には日本に帰ってるけどな」
かれんにマグカップを手渡す。
「で? 聞かせてもらおうか? どうして急にこんなところまで?」
「高圧的ね! あんな金髪美女とのハグを見せつけといて、よくも……」
「ああ、ごめんごめん。わかってるよ。会いに来てくれたんだから、感謝してるって!」
「なんか、軽いわね! チャラくて嫌だなぁ」
「なんかその言葉がトラウマだった時期があったな……しかし、よくわかったな。大学まで来れても学部までは辿り着けないもんだぞ」
「私、この年までパスポート作ったことなかったのよ。運転免許とるのも反対されて」
「え?! あっ、でもそうか! 三崎かれんじゃ取れないもんね」
「そうなの。区役所にも行かせてもらったことない」
「じゃあ今までは……?」
「全部ママが。会社設立の登記はパパが」
「……甘やかされて育ったな」
「箱入り娘と言ってよ!」
「じゃあ、そんな箱入り娘がアメリカまで一人で来ていいのか? 俺でも心配するぞ」
「実はね……さっきまでママと一緒だったの」
「さゆりおばさんと?!」
「うん、ママもこっちのギャラリーに用事があったし、久しく会ってない友人宅に行くんだって、私をここに連れてきてからシカゴに行くって空港に行っちゃったわ」
「うわ……凄いフットワークだな……ピッツバーグ経由シカゴ行きってか?」
「そう、それでね……」
「どうした?」
「私達の結婚、認めてくれた!」
「え! ホントか?!」
「うん、藤田会長とうちの両親とで話し合ったんだ。色々な話聞いたよ。健斗のお母さんの話も、私達が小さい時の話も……」
「そうか……これからはずっと一緒にいられるんだな!」
「ねぇ、なに作る? サラダにはビーツを入れて、パスタには……アーティチョーク!」
マーケットを出ると、さあっと風が吹いた。
「寒っ!」
健斗の腕に身を寄せるかれん。
「手袋持ってきてないのか?! ペンシルベニア州の冬をナメるなよ!」
健斗はポケットから自分の革の手袋を出して、片手ずつかれんの手にはめてやる。
「今度は別の物をはめてやるからな」
「え? なんて?」
「何でもないよ。ほら、これも!」
マフラーも外して、かれんをぐるぐる巻にした。
「よし! 帰るぞ!」
君の瞳の中に もしも悲しい
曇り空があったなら
ボクの中の 光集め
君に届けよう
君の瞳の中に もしも苦しい
渇きが生まれたなら
ボクの中の 雨を集め
君に届けよう
歩み続けたこの道を
ふたりの未来につなげて
永遠に広がる宇宙のように
終わりのない 旅に出よう
僕の中の 思いを集め
君に届けよう
日本に帰る頃にはかれんの頬を、優しい風が撫でていくだろう。
春の風……
目を閉じると、川沿いで夜のサクラを仰ぐ、あの時のかれんの穏やかな横顔が甦る。
そして今もここに、確かなものがある。
希望に満ち溢れた、明日と共に……
ー完ー
Leave the forest ~失われた記憶 奇跡の始まり~ 彩川カオルコ @kaoruko25
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