近況ノート特別出張版

雅島貢@107kg

誰の心にも物語はある

 3月だぞ、なあ。聞いてんのかおい。なあって。と悪態をつきたくなるほど寒かったんですよ。雪も降るし。


 その寒い中ですよ。半袖短パンの男がいるんですよ。まあヤバイ奴でしょ、どう考えても。それで、関わり合いにならないようにしようと思って目を逸らして歩いたんですけど、なんか寄ってくるんですよ。で、「すいません、ここはどこですか?」と来る。


 まあ良く道は聞かれるんですよ。ただ、「ここはどこですか」って曖昧な聞かれ方はあんまなくて、いよいよ怖えなって思ったんですが、一応現在地教えて。そしたら、なんかこっちを薄目で眺めたと思ったら、ペラいガイドブックみたいなの取り出して読みだすんですよ。どっか行きたいんかなって思ったら、こう聞くんです。


「チキンタツタ丼ってどこで食べられるんですか?」

 チキンタツタ丼? 別になんか、北海道でチキンタツタ丼推してるとかないと思うんですけど、まあガイドブックに載ってるなら、俺が知らんだけでブームなのかもしんない。そんで、なんて店なのか分からないことには案内もできないし、ちょっとそれみしてみって言ったんですよ。別にそんなおかしいこと言ってないでしょ? 


 でたらめに拒否られて。なんだこいつ。まあ、よくわかんないけど、もう話すのやめよって思って、一応俺が知る限りでは、近所の大学の学食には確実にあるけど、普通にこのへんの店で出してるかは知らないよって言って立ち去ろうとしたら、その学食の場所を教えろとこう来る。土曜日なんで、大半閉まってるけど、ここをこう行くとあるよ、ただ学食は観光客向けには牛トロ丼を推してると思うけどって言って別れた、その直後ですよ。振り返って戻ってきて、「どっち行けばいいんでしたっけ?」と来る。ヤバイよ。


 ただ、俺も根が善人なんでね。じゃあまあ、大学構内通っても目的地行けるから、途中まで案内してあげるよって一緒に歩いて、生協行って。そんで、入り口の自販機で爽健美茶買おうと思ったら、なんか金だけ取られて爽健美茶出てこないんですよ。


 うわーすげー詐欺られたって思って、レジに行って。これこれこういうことがあったんですけどって話したら、まあ返金してもらえることになって、ちょっと待ってたら、その男が意気揚々とチキンタツタ丼持ってきて、そしたらさあ、財布取り出して金を出したはいいんだけど、日本円じゃあないんすよ。どう見ても。レジのおばちゃんも困ってて。そんで、まあなんかこっちすげえ見てくるから、返金受け取ったあと、仕方なく立て替えてやって。ついでに箸の場所とか、給水機の場所とかも教えてやってさ。俺も喉乾いてたんで茶を飲んで。


 そんでなんとなく近くの席に座ってたら、

「人間、みんな一本は小説を書けるって話をご存知ですか?」

 ってチキンタツタ丼をかっこみながら言うんですよ。

「ラーメンズじゃん」

 って答えたら、なんかよくわかりませんねえみたいに首を傾げ出して、いよいよやべえ奴だなと思って。もういっかと思って、「その今食べてる奴、こっちの金で言うと大体小説一冊分くらいの価格なんだよ。君の国で小説一冊買えるくらいのお金は払ってくんないかな」

 って言ったらさ。なんか小説そのものを渡してくるんですよ。違うし。金銭が欲しいのだが?


 噛み合わねえやつだなあ、って思いながら、まあでも小説そのものでもいっか、とにかく対価を払わせることが大切だからって思って受け取ったら、これがさあ、なかなか面白いんですよ。で、あとでゆっくり読もって思いながら表紙を見ても、著者名もなんもない。

「これは誰のなんて本なの?」

 って尋ねてみても、

「人は誰でも心の中に1つの物語を持ってるんです」

 って要領を得ないことを言う。

「じゃあ何、これは俺の心の中の物語みたいな、そういう話?」

 って聞いたらさ。

「いや、違います。ええっと、あなたの心の中の話は……」

 って目を泳がせる。なんだよ。はっきり言えよ。

「まあ、いいか。この話を必要としてる人がいるとは思えないし」

 って言って、俺にさっき読んでたガイドブックを渡してくるんですよ。で、なにこれって思ったら、なんか、揚げたてのチキンタツタを食いたがるデブの話で。


「これ?」

「それなんですよねえ」

「これが俺の、人間が誰しももつたった1つの心の中の物語?」

「そうなんですよねえ」


 まじかー。って思いましたよね。


「……まあでも、チキンタツタ丼は食べたくなりましたし、美味しいですね」

「揚げたてはもっとうまいんだよ」

 ってね。話はしましたけどね。ちょっと釈然とはしませんよね。別にさあ、感動巨編が俺の心の中にあるとは思いませんけど、言うに事欠いてチキンタツタの揚げたてを食う話が、俺の心にある、1つだけの物語って、なあ。おい。


 なんか悔しいんで、いつかあの半袖短パン男が、感涙に咽び泣くような話を書いてやろうと思ってね。そんで、ちょうどその頃オープンした、このサイトに登録したんですよね。もう三年前ですか。チキンタツタの話は書きましたが、感涙に咽び泣く話は多分書けてないと思うんですよね。じゃあ彼の言い分は正しかったのか。それもなんか悔しいよなあ。

 今日もなんか自販機詐欺にあって、それで思い出したんでメモっておきました。彼は元気にやってるんですかね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

近況ノート特別出張版 雅島貢@107kg @GJMMTG

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ