そんなウサギをロックオン
ラパンさんこと、
+++++
ここは
北海道と一口に言っても、その面積は広大だ。そのせいで、嘘か真か確かめるのも馬鹿馬鹿しいような話が、ここ北の大地にはあふれかえっている。人間より牛の数が多いとか、ちょっとその先のコンビニまでというのが、本州だと二つ県境を越えた距離だとか、その他もろもろ。
そして私達、北海道警察は、そんな本州からやってくる人達を、しっかりと見守る必要があった。
何故かって?
だってここは北海道、そこに広がるのは広大な大地。本州では見ることのできない地平線、ひたすら前方に真っ直ぐと続く道。こんな場所にやってきて運転しようものなら、彼等は遠慮なく車のアクセルを踏みこむのだ。
だけどここは間違いなく日本で、交通規則は本州と変わらない。つまり一般道で時速百キロ近いスピードを出すなんて愚の骨頂。たとえそこに歩行者が一人もいなくても、馬鹿げているの一言に尽きる。
そんなわけで私と上司の
「さすがに長期休暇のシーズンからはずれると、本州組は少なくなりますね」
「だな。ま、道路が静かで我々の仕事が少ないのはいいことだ」
まったりとした気分で真っ直ぐな道をいつものようにのんびりと走っていると、横を物凄いスピードで走り抜けていく影があった。あまりの速さに、このあたりのどこぞの牧場から逃走中の馬?と一瞬思った。
「無線で馬が逃走中って入りましたっけ?」
「いや、入ってない」
あまりのことに、しばらくポカンとしていたところで、気を取り直した警部補が私を見る。
「パトカーを追い抜いていくとは大した度胸だな、どこのどいつだ。
「あの……天津警部補、あれ、四つ足じゃありませんよ」
そう返事をしながら、ハンドルを握っていた右手の人差し指を前に突き出した。
「なぬ?! バイクか?!」
前を疾走しているのは、車ではなく二輪車だ。しかもガソリンで走るものではなく、足でごく自転車。それが物凄いスピードで走り去っていく。
こちらは周囲を走る車がいなかったせいもあって、法定速度ギリギリの低速で移動中の軽パトカー。とは言え、立派な自動車だ。その自動車を追い抜いて、さらにはどんどん距離を広げていく。
「なんとまあ、あれは自転車か?!」
警部補も唖然として前を見つめていた。
「えーとえーと、これは一体どうしたら?」
「なに言ってるんだ。自転車で人をはねて、死なせてしまった事故だって起きているんだぞ。自転車も車の仲間だ、追いかけて停止させろ」
「はい」
サイレンを鳴らし、赤色灯を点滅させながら自転車を追いかける。
「にしても早すぎだぞ、あの自転車。こいでるのは競輪選手かなにかか? そこの自転車の人~~、道路の左に寄って止まりなさい。そこの自転車の人~~!!」
ある程度の距離に縮まったところで、天津警部補がマイクを持って声をかけた。自転車の人はやっと自分が声をかけられていると気がついたのか、こちらをチラッと見ると車道の端っこに寄って停止した。
よく見れば、自転車はロードバイクと呼ばれるタイプのもの。つまり長距離走行に適していて、スピードが出る自転車だ。ってことは間違いなく、この人はこの真っ直ぐな道路を疾走するつもりでいたに違いない。
「ママチャリで走ってなくて良かったな。あんなスピードで走ってたら、そのうちパンクして大惨事だったぞ」
「切符、切るんですか?」
「相手の言い分を聞いてからにする」
そう言って警部補はパトカーから降りると、止まっている自転車の方へと歩いていった。その人は自転車にまたがったままではなく、きちんと端っこに自転車を止めて警部補のことを待っている。あの様子からして、逃走する心配はなさそうだ。
それでも用心深い警部補は、その人をつれてパトカーに戻ってくると、後部座席に座らせ自分もその横に座った。
「まったく、いくらこのへんは人間より野生動物に遭遇する方が多いとは言えお兄さん、あなたスピード出しすぎでしたよ。はい、免許証だして」
「すみません。それほどスピードを出していないつもりだったんですが、夢中でこいでいたもので」
警部補はその免許証を私に差し出して、センターで照会しろと命じる。この人がスピード違反の常習者かどうか調べるためだ。大きな声では言えないけれどこういう場合、常習者とそうでない人とでは随分と扱いが変わる。いわゆる、情状酌量の余地があるがどうかというやつだ。
「体感で分かるでしょ、あんなに出してたら。まあ、ちゃんとヘルメットをしているのは結構だけど、あのスピードで転倒したらただではすまないよ? しかもこの辺はほとんど車が通らないんだからね」
「ここ最近は車より速いものに乗ってばかりいるもので、つい勘が狂ってしまって気がつきませんでした」
車より早いもの? 私はセンターの照会結果が出るのを待ちながら、後ろの会話に耳をそばだてる。
「もしかして電車の運転手さん?」
「いえ、僕はこっちの方です」
その人はそう言いながら上をさした。
「……ああ、パイロットさん。まあ確かに飛行機に比べれば、さっきの自転車のスピードなんて亀並みだろうけどねえ。
「なにもありません。どうやら今回がお初みたいです、その人」
「あんな走り方をしていて、今までよく警察から注意されなかったね、そっちの方が驚きだよ」
警部補が呆れ顔で呟く。
「ここ最近は、走る機会がなかったものですから。こっちにきて初めての休暇だったので、それを利用して運動がてらに走ってたら、おまわりさん達に捕まりました」
「もしかして本州の人?」
「はい。四月からこっちに配属になったものですから」
その言い方にピンと来るものがあった。それは警部補も同じだったようだ。私が差し出した免許証に目を落としながら首を傾げてみせた。
「もしかして、あなた……えーと
「はい」
「ってことは、飛ばしているのってもしかして?」
「F-15です」
「あー……そりゃあ自転車で全力疾走したぐらいじゃ、たいしたスピードに感じないのも無理ないかあ……」
そこで納得していいんですか警部補?!
「あの、減点はどれぐらいつきますかね……?」
「奄美、さっきのスピード、計ったか?」
警部補の眉がピクリとあがる。やれやれまったく……。
「……いいえ。牧場の馬が脱走したものだとばかり思っていたので、計測はしていません」
「まあ、北海道に来て初めての疾走だったみたいだしね。以後は気をつけるってことで、今回は厳重注意だけにしておきますよ。ですが厳重注意ですからね。以後はきちんと気をつけて、安全走行しなさいってことですから」
「分かりました。お世話かけて申し訳ありません」
そう言ってその人は、頭をペコリと下げた。
+++++
「おや、天津さん、奄美さん、こんにちは。今日もパトロールご苦労様です」
そして私達はたびたび顔を合わせることになった。その人、因幡さんは相変わらず、運動不足解消と言いながら、休暇のたびに私達が初めて遭遇した道道を自転車で走っている。今日も途中でお互いを見かけたので、路肩にパトカーと自転車をとめた。
「ご苦労様もなにも。こっちは、またあんたが猛スピードで疾走しやないかと心配で、パトロールしているっていうのに」
「お気遣いありがとうございます。あれからは、きちんと制限スピードを守って走っていますので御安心ください。ちなみに今のスピード、どうでしたか?」
「ジャストピッタリで大変よろしい」
警部補が苦笑いを浮かべながらそう伝えると、因幡さんは満足げに笑った。もう呆れてしまってかける言葉が見つからないとは、まさにこのことだ。
「まったく。その辺で転倒しても誰も助けてくれないよ? 携帯で呼んだとしても、救急車がここに到着するまでどれだけかかると思ってるの」
「ですから安全走行につとめてます」
「だと良いんだけどねえ……」
やれやれと警部補が首をふる。
「ああところで、お二人は再来週の日曜日はお休みですか? それともお仕事?」
「俺は通常勤務だが奄美は休みだったよな?」
「あ、はい。それがなにか?」
「こうやっていつもお世話になってますし、もしよければ、
「航空祭!!」
千歳基地航空祭。よく耳にはしていたけれど、今まで一度も行ったことのない地元のイベントだった。
「その顔は、招待を受けてくれるということで良いんですかね?」
「是非とも! 警部補、いいですよね?」
「休暇中になにをしようとお前の勝手だ。俺にお伺いを立てる必要なんてないぞ」
「じゃあ行きます!」
「だったら俺の連絡先を渡しておきます。勤務中はロッカーに放り込んであるので、電話には出ることはできませんが、メールを入れておいてくれたら、夜のアラート待機が無い限り、その日中に返事を返しますから」
因幡さんはそう言って、名刺サイズのカードを警部補に差し出した。
「なんで俺に渡すんだ? 渡すなら奄美に直接渡せば良いじゃないか」
「部下なんですよね? だったらやはり、上司を介した方が良いような気がしたので」
「その心がけは大変よろしい」
警部補はうなづくと、カードを私によこす。
「仲介はした。以後は若いもんだけで勝手にやり取りをしろ。年寄りはその手の近代装備は苦手なんでな」
「ただの携帯電話のアドレスじゃないですか」
「もう老眼なんだよ。細かい文字も辛いんだから、そんな細かい文字を俺に見せるのはよせ」
さっさとカードをしまえとばかりに手を振った。
「では自分は、自転車走行に戻ります」
「因幡さん、私達が引き返しても安全走行ですからね」
「心得ました」
因幡さんは敬礼をすると、そのまま止めてあった自転車へと歩いていった。
とまあこれが私と私の旦那様との出会いです。
今日も青空、イルカ日和 鏡野ゆう @kagamino_you
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます