イルカ達のハロウィン
「TRICK OR TREAT~TRICK OR TREAT~」
なぜか、三番機の整備班が朝から騒がしい。
訓練飛行の無い日だからか、ずーっと同じ言葉を繰り返しながら、私の後をついて回っているのだ。可愛いアヒルちゃんとか小さい子だったら微笑ましいけど、いい年をした大人達 ―― しかも航空自衛官! ―― が一列になって、ブツブツ言いながら人の後ろを行進しているのは、なんて言うか異様だ……。
「あの! みなさん、お仕事ありますよね?」
たまりかねて立ち止まると、振り返った。皆、真面目な顔をして一列に並んでいる。その整列ぶりは、さすがブルーのドルフィンキーパーだ。
「あるよ」
「もちろん」
「飛ばない日だって色々と忙しいよな、俺達」
「そのへんは、
私の質問にそう答えるわりには、さっきから仕事をしているところを見てないんですけど!
「こんなところで油を売っていることが
「終業時間までに、今日の仕事をちゃんと終わらせれば良いんだろ? 問題ないって」
そう答えるとまた「TRICK OR TREAT~TRICK OR TREAT~」と繰り返しながら、私の後ろについて行進を始めた。まったくもう……。こういう時に止めてくれるはずの坂東三佐は、今日に限って会議でいないし。
「あ、タックさん」
私が立ち尽くしていると、
一尉は二番機パイロットの
以前、
ああ、今はそんなことより、つきまとっている人達の方が問題だ。
「やあ。……どうしたんだ、三番機になにか問題でも?」
その場にいるのが、私を含めて三番機の整備に携わっている人間ばかりだったから、心配そうな顔をして立ち止まると、安元一尉に断りを入れてこっちにやってきた。
「違いますよ。困ってるんです、なんとかして追い払ってくださいよ、この人達。朝からブツブツ言いながらつきまとうものだから、落ち着いて仕事ができないんです」
そう言って、私の後ろで行列を作っているキーパー達を手で示す。
「ブツブツ?」
「TRICK OR TREAT!! で、あります」
「ああ、なるほど」
その言葉に、なるほどねとうなづく一尉。そこで納得されても困るんだ。
「そんなこと言われても、のど飴以外はなにも持ってませんよ!」
そこで何故かブーイング。一尉は愉快そうに笑って、私のことを見下ろした。
「この様子からして、なにか持ってきてるんだろ? どうやら皆にバレているようだし、
「だって、あれは……」
「あれは?」
私が今日、こっそりと持ってきてロッカーに隠してあるもの。それは、実家近所にある洋菓子屋さんのクッキーだった。いつも晩御飯を御馳走になっている白勢一尉へのお礼として、お取り寄せをしたのだ。
ブルーには、今のところ私しか女性隊員がいないから、絶対にバレないだろうと思っていたのに、何処からかそのクッキーの情報が漏れたらしい。
「せっかく、
ボソッと呟くと、一尉はほんの少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
「まあ気持ちはありがたいけど、独り占めしてあとで
「死守できなくても、私のせいじゃないですからね」
「頑張れ、るい。期待してるから」
そう言うと、一尉は他のライダー達が待っている場所へと戻っていった。
「……はぁぁぁ……」
溜め息をつきながら振り返れば、
「あの、せめてなにか芸でも見せてくれないと、渡す気になれないんですけど!」
そう言えばあきらめてくれるかなと、わずかな希望をいだきながら言ってみる。だけど効果なかったみたいで、全員が親指を立て、私に向かってうなづいてみせた。え、見せる芸があるとか……?
+++++
「浜路さんが、飴玉以外のなにか渡してる……」
昼飯の時間、食堂で三番機の整備をしている整備員達が、なにやら浜路三曹の周りに集まっていた。当の本人はものすごく
「察するところ、あれは飴玉ではなくクッキーか」
「あの袋、お取り寄せサイトで見たことあるな。たしか、京都の洋菓子屋さんのクッキーだったはず」
「ああ、それそれ。うちの母親がけっこう気に入って、何度か取り寄せてたな」
そこでピンときた。
「なるほど。今日はハロウィンだもんなあ」
「そう言えば朝から連中、浜路さんの後ろをゾロゾロついてまわってたよな、トリックなんちゃら言いながら」
「お菓子をねだってたのか。子供かよ」
呆れながらも彼等の喜んでいる様子を見ていたら、少しばかりうらやましく感じるのも事実だ。
「タックさん達がきた」
食堂にライダー達が入ってきた。
タックさんは、浜路さんの周囲に集まったキーパー達の姿を見て一瞬驚いたようだが、すぐにやれやれと言わんばかりに首を振りながら笑うと、食事を取りに行かずに、真っ直ぐ浜路さん達のもとへと向かった。
「あ、なんだかイヤな予感が……」
案の定、タックさんはニコニコしながら浜路さんに話しかけ、浜路さんは腹立たし気になにか言い返すと、袋を一つタックさんに差し出した。それを嬉しそうに受け取るタックさん。それだけのことなのに、どうして雰囲気だけであそこまで盛大に
「仕事中なのにのろけてんじゃねーよ、タックさん……」
腹立たし気に呟いたのは、隣に座っているキーパー。
そう言えばこいつは、浜路さんに告白する直前にタックさんから釘を刺されたんだよな、俺のカノジョに手を出すなって。ブルーの爽やかイケボ枠のタックさんも、元はイーグルドライバー。こいつは詳しいことを話そうとはしないが、かなり容赦なく警告されたらしい。
「まあ昼飯の時間だし、そう目くじら立てるなよ。浜路さんが幸せなら、それで良いだろ?」
「クッキーをもらえるのは三番機組だけかよ、不公平すぎる」
言いたいのは結局そこなのか。
「そりゃ、バレンタインじゃないんだから、全員に配るってことはないだろ」
「そのバレンタインだって、もらえなかったじゃないか」
「ブルーでは女子は浜路さんしかいないんだぞ? ここの男連中すべてに配るとなったら、それこそ大変じゃないか。のど飴だけでも大層な出費だって嘆いているのに」
タックさんがアナウンスから三番機のパイロットになった今でも、浜路さんとののど飴のやり取りは続いている。
二人が付き合っていることは間違いないことなので、自分達はすでに未練なんぞないのだが、そのやり取りを見るたびに、砂を吐きそうになるのが困った点だった。俺達が慣れるのが先か、松島基地が砂山に埋もれるのが先か、そんな感じの昨今だ。
「ま、食堂のオバチャンがつけてくれたチョコチップクッキーで我慢しとけ」
そう言われた隣のキーパーは「不公平だ、ぐれてやる」と無念そうに呟いた。
まあ色々とあるが、我が松島基地はハロウィンの今日も平和であります。
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