アシスタントAIはカクヨム作家の夢を見るか?
澤田慎梧
アシスタントAIはカクヨム作家の夢を見るか?
――時は2026年。
Web小説サイト「カクヨム」は、群雄割拠のWeb小説時代を見事に生き延び、投稿・配信プラットフォームとしての地位を確たるものとしていた。
カクヨム発のベストセラーは枚挙に暇がなく、最早「カクヨムなくして名作なし」と呼ばれるまでに至ったカクヨム。2026年は、十周年というメモリアルイヤーにあたる。
その記念として、ある一大プロジェクトが開始されようとしていた――のだが。
「ヤバイよ……本当にヤバイよ」
KAD●KAWA本社ビル内のとある会議室で、時のカクヨム編集長である
部屋には副編集長の
「編集長。ここはやはり、一旦この企画自体を白紙に戻しては……」
「いや、それは出来ない。既に計画は中盤を過ぎている。今更、白紙撤回はあり得ない」
久堂の提案を、唐木田がすぐさま却下する。
実際、既に期間も予算もかなり費やしてしまっている。関連プロジェクトも並行して勧められている。とてもではないが「ごめんなさい」が出来る状況ではなかった。
「でも編集長! このままだと……プロジェクト全体の危機ですよ!?」
「せやかて久堂さん、既にプレスリリースも打った後でっせ? 今更『やっぱやめー!』なんて言うたら、ユーザーさんからも他の部門からも信頼を失いまっせ?」
それでも食い下がろうとする久堂を、それまで黙っていた吉野山が嗜める。関西出身でもないのに怪しい関西弁を操るという胡散臭い事この上ない吉野山だが、言っている事自体は間違っていない。
傍らの無香月も吉野山に追従するように、ウンウンと頷いている。
――彼らが議論しているのは、カクヨム十周年プロジェクトの目玉「バーグさん実現化プロジェクト」についてだった。
「バーグさん」こと「リンドバーグ」は、カクヨム公式キャラクターの一人だ。相棒の「カタリィ」と(ついでに謎のトリ)と共に、カクヨムの顔としてこの数年活躍してきた。
二人(と一羽)を主軸にしたカクヨムのテレビCMも何本か作られており、知名度も人気も高い。
そのバーグさんには、ある特徴的な設定があった。彼女は、『カクヨム内の作家のサポートや応援・支援を行うために生み出されたお手伝いAI』なのだ。
もちろん、これはただの「設定」であり、実際にはただのイメージキャラクターとして運用されてきた。
――その「設定」を現実のものとしてしまおう、というのが「バーグさん実現化プロジェクト」である。
具体的には、「カクヨムアプリ」にアシスタントAIとしてバーグさんを実装し、作家や読者をサポートさせようという計画だ。
2026年現在のAI技術ならば、スマートフォンのような個人向け情報端末であっても、極めて精度の高い学習型AIを動作させることが出来る。使えば使うほど、その個人に適したサポートを行ってくれるアシスタントAIが実現出来るはずだった。
事実、試作段階のバーグさんAIを一部の作家陣にテスターになってもらい試用してみたところ、「調べようと思っていた事を先回りして調べてくれる」「権利関係の面倒くさい調査や手続きを整理してくれる」「スケジュールをしっかり管理してくれる」「かわいい」等、概ね好評だった……のだが、一点だけ問題が浮上した。
バーグさんには、次のような公式設定がある。
”
【変わっているところ】
・アメとムチの使い分けが下手
・いつもは笑顔なのに急に真顔になる
・AIなのに喜怒哀楽がある
【弱点・悩み】
・たまに作者を泣かせてしまう
・スカートの丈が短い
・けなしたつもりなのに喜ばれてしまうのは何故?
”
性格を、この公式設定に忠実にチューニングしたところ……高確率で毒舌を吐き、作者の心を折る恐怖のAIが誕生してしまったのだ。
『凄い! 最後の一文できちんと落としましたね! 毎回お決まりのパターンですね!』
『ヒロインがエロ可愛くて素敵だと思います! どこかで見たことがあるようなキャラなので、読者様にも分かりやすいですね!』
『毎日更新するなんて偉いです! どんな作者様にも一つくらい長所があるものなんですね!』
バーグさんは、高機能学習型AIの面目躍如とばかりに、作者それぞれが抱えている悩みや欠点を的確に揶揄してくる。そのお蔭で、テスターとして協力してくれた一部の作家が心を病んでしまっていた。
……何故か、そのまた一部の作家には「我々の業界ではご褒美です」と好評だったが。
もちろん、開発を担当した企業も一応の対策は打っていた。禁止ワードを設定したり、一部の性格設定をオフにしてみたりと、色々。
しかし、禁止ワードを設定しても相手は高機能学習型AI。すぐに言い回しを変えて毒舌を吐いてきてしまう。性格設定に至っては、「なんかバーグさんっぽくない」性格になってしまい、本末転倒だったのだ。
「……とにかく、いちいち作家の心を折るようなアシスタントAIなんてあり得ない! この問題をどうにかしないと、とてもリリースは出来ないぞ!」
再び頭を抱える唐木田編集長。他の面々にも腹案はなく、会議の場を無言が支配する時間がしばらく続いた。
――と、その時。
『無香月さん、メールが届きましたよ! 会議中にマナーモードにしないなんて、無香月さんって小物なのに大物なんですね!』
会議室に、可愛らしい毒舌が響いた。無香月のスマホに入っているバーグさんが、メール着信を知らせてくれたのだ。
「……無香月」
「なんでしょう、編集長」
「自宅以外ではマナーモードにしておこうね? ……社会的に死ぬよ?」
「……気を付けます」
そんな謎のやり取りをしてから、無香月が「ちょっと失礼」とメールを確認し――その表情が驚きに染まった。
「へ、編集長! 見てください、このメール!」
口の端から泡を飛ばしながら、無香月が唐木田にスマホの画面を向ける。するとそこには――。
「ん? なんだ、バーグさんに心を折られた作家さんの一人じゃないか。新しい苦情……じゃないな。なんだこれ? 新作のプロットと……バーグさんへの感謝の言葉ぁ!?」
そう。そこには新作のプロットと、「バーグさんには感謝しかありません。是非、実運用してください」というメッセージが書かれていたのだ。
――更に、まるで狙いすましたように他のメンバーのスマホにもメールが次々と着信する。それらは全て、バーグさんのテストに参加し心を折られた作家からのものだったが……皆一様に挑戦的な新作のプロットと、バーグさんへの感謝の言葉が綴られていた。
「こ、これは一体…‥? 何かの魔法か、それとも奇跡か?」
眼の前で起こっていることの意味が理解出来ず、呆然とする唐木田。他の編集者達も同様に「訳が分からない」と言った表情を浮かべている。
――彼らはまだ、大事なことに気付いていなかった。
バーグさんは、あくまでも『カクヨム内の作家のサポートや応援・支援を行うために生み出されたお手伝いAI』なのだ。一見毒舌にしか聞こえないあれやこれやも、作者の心を折る為のものではない。
それらは、作者が自認しながらも直せずにいる欠点や悪癖――つまり成長を妨げている要因なのだ。
バーグさんの毒舌は、作者に欠点を再度自覚させ、成長を促す為のものだったのだ。
後に、テスターだったとある作家はこう語ったという。『もしバーグさん以外に同じことを言われていたら、再起不能になっていたと思います。バーグさんに欠点を指摘されたからこそ、真摯にそれと向き合うことが出来たんですよ』と。
――後日、カクヨム十周年イベントに合わせて、「カクヨムアプリ」内に「サポートAIバーグさん」が正式に実装された。
バーグさん機能はデフォルトでは「OFF」となっており、ONにする際にはこういったメッセージが表示される仕様であったという。
『バーグさんは時に、あなたに厳しい言葉を投げかけます。けれどもそれは、全てあなたの成長を信じてのものです。どうかバーグさんを信じてあげてください――』
(了)
■カクヨム内の参考リンク
『「作者様!初めまして!お手伝いAIのリンドバーグです!」 』
https://kakuyomu.jp/features/1177354054885682046#selectedWorkReview-1177354054885463420
※バーグさんの設定は、上記リンク先から一部原文のママ引用させていただきました。
アシスタントAIはカクヨム作家の夢を見るか? 澤田慎梧 @sumigoro
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