万事解決! ウマシカ企画社 ~10件目・届け、キミへのメッセージ!~

みすたぁ・ゆー

10件目・届け、キミへのメッセージ!

 私――蝶野ちょうの猪梨いのりは大学生となったことをきっかけにバイトを始めた。


 勤務先は学校の最寄り駅の駅前にあるウマシカ企画社。どういう会社かというと、簡単に言えば便利屋みたいなものだ。父親の知り合いがその会社の社長をしていて、コネで採用してもらった。


 ……社長と言っても、社員はほかに誰もいないんだけどね。


 仕事の内容は社長の補佐。主に電話番とか依頼された仕事のお手伝いをしている。





「ただいま、いのりんっ♪」


 出入口のドアが開き、事務所に入ってきたのは社長の馬坂うまさか鹿汚しかおだった。彼は爽やかで清潔感のあるチョイイケメン。ただ、性格や洋服のセンスが残念で、今日はなぜか浦島太郎みたいな格好をしている。近所の用水路へシーラカンスでも釣りにいってきたのだろうか?


「いのりん、その少年はどうしたの?」


 今、私の目の前にあるソファーには謎の少年が仰向けで寝ている。もじゃもじゃの茶髪にドブみたいな色の上着、駅前のタイルみたいなデザインの短パンなどを身につけていて、見るからに雰囲気が怪しい。


「さっき路地裏を歩いていたら不意に後ろから声をかけられまして、反射的に釘バットで殴っ――えっと、行き倒れているのを偶然にも見つけて保護したんです」


「……ん……あ……」


 その時、少年は意識を取り戻したのか、首を小さく左右に動かしながら声を漏らした。


 一時はもはや手遅れなんじゃないかというほどの大怪我をしていたけど、観賞用として事務所で育てているトリカブトっぽい植物を磨り潰して飲ませたのが功を奏したのかも。


「あれ? ここはどこ? なんで僕は手足を縛られて目隠しまでされてんのっ!?」


 少年は自分の置かれている状況に気付き、戸惑っていた。


 手は結束バンドで後ろ手に縛り、足はガムテープでグルグル巻き、さらにアイマスクで目隠しをしている。


 なお、事情を聞き出すため、口だけは自由な状態。もし舌を噛んで死んだら、その時は七つ集めると願いの叶う球で生き返らせればいい。


「アンタ、行き倒れてたから助けてあげたの。ただ、どこの馬の骨とも分からないヤツを野放しにするのは危険だから、最低限の拘束をさせてもらってるけど」


「僕は怪しい者じゃありません! 信じてください!」


「はいはい、みんなそう言うのよねぇ。どう考えてもアンタ、怪しいよ? そもそも名乗りもせず素性も明かさずここにいる目的も明かさず、それでどう信用しろと?」


「あのっ、僕の名前はカタリィ・ノヴェル。みんなにはカタリと呼ばれています」


「ハッ、騙りだって。やっぱり犯罪者じゃん」


「騙りではなくカタリです! 僕は――」


 カタリは自分の素性やここに来た目的を私と社長に説明した。


 ただ、左目に特殊能力があって人の心に封印された物語を見通して小説を作れるとか、その物語を必要としている誰かに届ける仕事をしているとか、世界の人々を救う『至高の一篇』というものを探しているとか、ちょっと言っていることが分からない。


 社長も私と同様に当惑しているようで、眉を曇らせている。


「――ふーん、私たちにそれを信じろと? バカにしてんの? 空想と現実の区別が付かなくなっちゃったヤバい人?」


「いのりん、拷問して吐かせた方が早いんじゃない?」


「ですねぇ」


「拷問なんて嫌だぁっ!」


 カタリは手足をばたつかせて抵抗した。もちろん、そんなことで拘束は緩まないし、体力を消耗するだけの無駄な行為だ。でもその必死な姿がちょっとだけ可愛い。


「外道ども、カタリを離せぇっ!」


 不意にどこからか誰かの声が響いた。それと同時に殺気を漂わせながら何かが私に接近してくる気配がする。




 迎撃しないと私の身が危ない――。




 そう感じた瞬間、私は手に持っていた愛用の釘バットを反射的に振り回していた。


 すると何かにクリーンヒットした感触があって、『ぴぎゃあああぁ!』という断末魔の叫びとともに事務所の隅にそれは吹っ飛んでいく。


 見てみると、それはフクロウによく似たトリ。血を吹き出しながら床とハグし、全身をピクピクと振るわせている。


「今の悲鳴はもしかしてトリっ!? トリぃいいいいぃ!」


 大声で呼びかけるカタリ。だが、返事がない。ただの屍のようだ――と思ったけど、まだ辛うじて息があるような気がする。


「社長、きちんとドアを閉めておいてくださいよ。テーブルの上に置いてあるお菓子が変なトリに狙われちゃったじゃないですか」


「狙われたのはいのりんの命だったような――っていうか、ドアも窓も全部閉まってるけど?」


「え……?」


 よく見てみると、確かにドアも窓も閉ざされていた。まさに密室状態。だとすると、トリはどこから侵入してきたのだろう?


 まさか空間の狭間から? あるいは瞬間移動? いずれにしても、科学では証明できない何かが起きたと考えざるを得ない。そうなると、トリの関係者らしきカタリのトンデモな話も少しは信じてもいいか……。


 考え抜いた末、私は彼の目隠しだけは外してやった。すると青くてパッチリとした彼の目が露わになる。


「私はいのりん。こっちにいるのは社長。呪いをかけられたりノートに名前を書かれて殺されたりする可能性があるから、本名は教えない」


「わ、分かりました……」


「で、さっきの話だとカタリの左目には特殊能力があるんでしょ? 試しに私の心に封印されている物語とやらを見通して小説にしてみなさいよ」


「は、はい……」


 カタリは首だけを動かし、真剣な表情で私をじっと見つめた。あまり男性に見つめられたことがないから、少し照れくさい。それにちょっとだけどドキッとする。


「うぷっ! おぇえええええええぇーっ!」


 直後、なぜか彼は真っ青な顔をして大量のゲロを吐いてしまった。


 ちなみにこのままだと気道が吐瀉物で塞がれて窒息死してしまう可能性があるので、仕方なく手足の拘束を解いてやることにする。それからしばらくゲホゲホと咳をしていたカタリだったけど、やがて落ち着くと目を白黒させながら私を見てくる。


「いのりんさんっ、あなたは何者ですかっ!? 心の中にあんなおぞましくて気持ち悪い物語を封印しているなんてっ!」


「そう言われても、私にはそれがどんな物語なのか見えないし」


「こんなの小説になんて出来ませんよ。必要としている人もいないでしょうし」


「っ!」


 その言葉を聞いた瞬間、私は無意識のうちにカタリの頬を平手打ちしていた。


 乾いた音が事務所に響き渡り、その場はしばらく沈黙。カタリは呆然としたまま、叩かれた場所を手で押さえている。


「アンタ、詠み人失格ね」


「ご、ごめんなさい! 失礼なことを言ってしま――」


「私が怒ってるのはそういうことじゃないのッ!」


 まくし立てるような私の怒鳴り声に、カタリはビクッと体を震わせた。恐怖に染まった瞳――ううん、少し悲しさと寂しさも混じった瞳。それで私を見ている。


「あのね、万人受けするものだけが物語じゃないの! 世の中にはね、たったひとりのためだけに紡がれた物語だってあるの! どうして必要としている人がいないなんて決めつけるの? カタリはそういう人を見つけて、私の物語を届けるのが仕事なんでしょッ!」


「っ!?」


「至高の一篇を探す? それなんてギャグ? アンタがそういう気持ちでいる限り、見つけられるはずないと思うけど?」


 その時、カタリが小さく息を呑んだのが分かった。そして今にもあふれ出しそうなくらいに涙を溜め、だけどそれがこぼれ落ちないように必死に堪えている。


 やがて彼は手の甲で目の周りを何度か拭うと、なぜか晴れやかな微笑みを浮かべて私を見つめてきた。


「そうですよね、おっしゃる通りです。きっと僕は詠み人に向いていない。なぜトリに詠み人として僕が選ばれたのか、未だに分からないし」


「…………」


「いのりんさんに言われて決心が付きました。僕、詠み人も旅も辞めます。でも最後にいのりんさんの物語を作らせてください。僕に色々と気付かせてくれた、いのりんさんへのお礼です。気持ち悪くてどんなにゲロを吐いたとしても完成させます。絶対に!」


 迷いのない澄んだ瞳。彼の中で何かが変わったみたい。


 男子、三日会わざれば刮目して見よと言うけれど、本当に男の子の成長の速さって目を見張るものがあると思う。


 私、カタリを見ていて、彼が詠み人に選ばれた理由がなんとなく分かったような気がした。そして今のカタリの言葉なら信じられると私は感じた。




 その後、カタリは四苦八苦しながら私の小説を作り上げた。精神的にかなり疲れているのが傍目にも分かる。私みたいに心の奥底まで漆黒に染まった人間の物語を小説にするのは、並大抵のことじゃなかっただろうな……。


「いのりんさん、出来ました。これで僕はもう――」


「カタリ、私の小説を作ったからには、それを必要とする誰かを探して届けなさい。それまで詠み人を辞めるなんて許さないから」


「えっ?」


「えっ、じゃないの! 拒否するならこの場で抹殺だかんね? 」


「いのりんさん……」


「気付いていないかもだけど、キミにはすごい力があるって私は思う。いつかきっと至高の一篇を見つけられる。そう信じてる。私がお墨付きを与えるなんて滅多にないことなんだから、自信を持って自分の可能性を信じなさい」


 私はカタリの額を軽く指で突き、クスッと笑った。


 すると最初はキョトンとしていたカタリも次第に笑みが花開いていって、感慨深げに頷く。


「詠み人、続けるよね? カタリ?」


「はいっ!」


 その時の彼の顔は凛々しくて大人っぽくて、ほんのちょっぴりだけど格好いいなと感じた。そして身支度を調えてから、カタリは再び旅へ戻っていった。


 また会うことがあるなら、その時どんな風になっているんだろう? 私の小説は誰かの所に届いているんだろうか? ちょっと楽しみ。





「ねぇねぇ、いのりん」


「どうしたんですか、社長?」


「事務所の隅で転がってるトリはどうしようか? 焼き鳥か鍋の具にするなら羽をむしっておくけど」


「いいですねぇ。よろしくでーす♪」


 ――この日、夕食のオカズが一品増えた。



〈了〉

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