最期の誕生日プレゼント

斉賀 朗数

最期の誕生日プレゼント

『ベッドの下の男』という都市伝説がある。

 マンションに住んでいる女の子の家に、友人が遊びに来る。一人はベッドに座り、もう一人は床に直接座っている。何分も何時間も話し込んで、そろそろ寝ようとベッドに座っていた家主の女の子が、足を上げてベッドに潜り込むと床に座っていた友達がいう。

「ねえ、ちょっと喉が渇いたからコンビニに行かない?」

 家主の女の子は、お茶なら冷蔵庫に入っているよというが、友達は炭酸が飲みたいという。それなら鍵は開けたままにしておくから一人で行ってくれというが、友達は一人じゃ怖いからという。

 その後も家主の女の子が何度断っても、友達はしつこく家主の女の子をコンビニに連れ出そうとする。

 あまりにもしつこいので、家主の女の子は面倒になってコンビニまでついて行くことにした。

 コンビニへ向かう途中、家主の女の子が聞いた。

「ねえ、どうしてコンビニに行くだけなのに、そんなにしつこいの?」

 友達は答える。

「あなたのベッドの下に、斧を持った男がいるの」

 という都市伝説だ。

 僕は、ベッドの下でそんな事を考えていた。都市伝説が好きなミナの事だ。きっと喜んでくれるだろう。

 ガチャっと鍵を刺す音が聞こえた。ミナが帰ってきた。足音が多い?

 どうやら友人を連れているみたいだ。ミナが今朝履いていった赤い靴下が二つ。それともう二つ、青い靴下が見えた。友達は女。よかった。もし男だったらどうしようかと思った。それこそ本当に、ベッドの下の男さながらに、二人を襲っていたかもしれない。

 二人は喋っている。他愛のない話。僕は、ミナの他愛のない話を聞くのが好きだ。

 ミナの足が目の前にある。変態と呼ばれるかもしれないが、僕はミナの足の匂いが嫌いじゃない。好きだ。それに夜、二人だけのベッドで、足を舐めることもある。それが僕の興奮の起爆剤になるようになった。今まではこんなことはなかった。でもミナと一緒に暮らすようになって、僕は少し、いや、かなり、性的に倒錯した思想を持つようになった。ミナが悪いわけじゃない。いや、どうだろう。ミナが悪いのかもしれない。罪な女だ。ミナは。

 二人の会話は恋愛の話になった。

「それで、どうなの? 彼氏と」

「えー? まあ普通……かな」

「なんか含みがあるじゃん」

「まあ、その」

「なになに? 気になる」

「えっと……なんか、えっちの時とかさ、ちょっと変なんだよね」

「なにそれ。どう変なの?」

「めっちゃ舐めてくるの。足とか」

「えっ、なにそれ」

「でしょ?」

 ミナは、足を舐められるのが嫌だったのか。知らなかった。今日から、足を舐めるのはやめよう。今日からは手の指にしよう。

 他愛のない話を盗み聞きするのは、楽しい。僕の知らないミナの一面を窺い知ることが出来るから。

 それに、ミナには彼氏がいるということを僕は知らなかった。寝取っている気分を味わえるのは、それでそれで嬉しい。

 やっぱり僕はミナのせいで性的倒錯が激しくなっているようだ。そうじゃないと、わざわざミナの家に侵入したりはしない。

 僕は少しずつおかしくなっているのかもしれない。

 二人の話はまだまだ続きそうだ。

 僕は眠たくなってきた。




 <><><><>




「ねえ、ちょっと喉が渇いたからコンビニに行かない?」

 その声で目が覚めた。

「えー、もう眠いしいいよ」

「いやいや、ちょっとだけ付き合ってよ。そんなに付き合い悪かったっけ?」

「そんな言い方なくない?」

「ごめんごめん、でも、お願い。ついてきてよ」

「はいはい。イリってば、寂しがりなんだから」

「ありがと」

 ベッドが軋む。ミナが玄関に向かって歩いていき、その後ろに床に座っていたイリという女性がついていく。

 その時、視線。

 イリという女性の視線。ではない。ミナの視線。でもない。ただ、イリという女性はたしかにベッドの下を見ている。僕の足元の方。

 あまり動かない首を無理に動かして足元を見る。

 なにかが光った。

 斧。いや、違う、包丁だ。

「うわあ」

 僕は声を上げて、ベッドの下から飛び出た。

 僕の寝ている間に、だれかが。いや、それはおかしい。この部屋には、ミナとイリと呼ばれた女性が二人。ずっと、いた。

 それなのに。

 おかしい。男が動かない。

 顔を近づけて、気付く。

 男は、マネキンだった。どうして、こんなものが。僕が部屋に来た時からあったのだろうか。気付かなかったが、きっとそうなのだろう。

 都市伝説好きのミナのことだ。もしかすると、イリという女性を驚かせるために、わざとこんなものを置いていたのかもしれない。

「ミナらしいな」

 僕は再びベッドの下に入り込む。

 二人が戻ってくるのを待とう。それにしても、今日はやけに眠たい。

 玄関の開く音が聞こえたような気がするけど、眠たくて、体が動かない。目蓋がおちる。




 <><><><>




 動かない。体が。どうして。ミナが床に座っている。赤い靴下。視線を感じる。ベッドの上から、覗き込む顔。誰だ。ベッドの上の誰かに僕は引きずり出された。イリと呼ばれた女性。

「あなた、ミナが好きなんでしょ?」

 引きずり出された先で見たミナは、赤い靴下に負けない赤を零している。足と手を切られ、その傷痕を縫合されて。ダルマ。そんな都市伝説があったな。

「ミナと同じにしてあげるわ」

 僕がさっきベッドの下で見た包丁。イリと呼ばれた女は、それを取り出す。血が、ついていた。床にうつ伏せにされる。肩に食い込む包丁の刃。目の前にあるミナのものだった足。痛みが訪れるが、僕は、目の前にあるミナの足を舐められて、幸せだ。

「死ぬ前に、ミナの足を舐められて良かったわね」

 そういいながらイリと呼ばれた女は、僕の尻ポケットに入れた財布を抜き取り中身床にばらまく。ポイントカード、割引券、免許証。

「あら、あなた、今日が誕生日なのね。ミナと一緒になれるなんて、最高の誕生日プレゼントじゃない」クスクスと笑うイリと呼ばれた女は、バカにしたようにいう。

「おめでとう」

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