祝福の先に

しろもじ

第1話 友人の相談

「えっ! 告白されたっ!?」

「ちょっと結衣、声が大きいって」


 友達の結月ゆずきちゃんの話に思わず声を上げてしまった私は、慌てて口を閉じる。二学期期末試験も終わって「さぁ、いよいよクリスマスに年末年始、楽しいことだらけだっ!」って頃のある日の放課後。


 「相談があるの」と結月ちゃんに呼び出されて学校の図書室へとやってきていた。この時期の図書室は流石に閑散としていて、ひそひそ話にはもってこいだ。暖かいしね。


 いつになく真剣な面持ちの結月ちゃんのお話とは恋の話、いわゆる恋バナ。にしても、いきなり告白されたという話だというは私の予想を超えていた。「で、誰から?」声をひそめて話の続きを促す。


「うん……ほら、この前結衣と掲示板見てたときに、話しかけられたじゃない?」

「えっと……あぁ、田辺さんだっけ?」

「そうそう、田辺朝海たなべあさみさん」


 田辺さんはすっごい美人だしスポーツも万能だし頭だってかなり良い。と言うことで、学年中の男子どころか女子からも羨望の眼差しで見られている。でも、ちょっと近寄りがたいオーラが出てて、輪の中心にいるというよりも一段高い場所にいるって感じの子なんだよね。私もちょっと苦手。


 掲示板に貼り出された学期末テストの結果を結月ちゃんと見てたときに声をかけてきたのが、その田辺さん。なんか約束がどうとかいう話になって、結月ちゃんは連れて行かれたんだよね……。


 ちょっと気になっていたんだけど、結月ちゃん「なんでもないよ」って言うし、私もそのときはそうなんだ程度に思ってた。え、何? もしかして何か意地悪なこと言われたの?


「ううん、そうじゃなくて……告白された」


 あぁ、なんだ。告白かぁ。そうかそうかそれならよかっ……って、えええ! 告白ですと!?


「え、ちょ、こくっ、告白ってどういう……?」

「付き合ってくれって」


 私も結月ちゃんもお年頃の女の子ということで、当然「どこかに恋が落ちてないかなぁ」なんて話はちょくちょくしてた。でも、それはあくまでも異性が対象の話であって、女の子同士の話となるとちょっと違うと言うか、同性でそういうのはアリなのかナシなのかとか、いや確かに結月ちゃんは同性の私から見ても魅力的な女の子であるのは確かなんだけど……。


 ちょっと待って。ここは冷静にならないとダメよ、結衣。落ち着いて状況を整理しなくちゃ。問題は田辺さんにそういう気持ちがあるとしても、結月ちゃんはどう思っているのかを確認しなくちゃ。


「で、どうしたの?」

「どう、って?」

「返事! どう返事したの?」

「友達から……ならって」


 それ半分くらいOKしちゃってるじゃないの! えぇ? 結月ちゃん、本当にいいの、それで?


「それが分からないから結衣に相談しようと思ったんだよね」

「えぇ、それ私に聞く?」

「だってほら、結衣って佐伯くんと付き合ってるんでしょ?」

「は? 優馬はそんなのじゃないってば!」


 佐伯優馬さえきゆうまは私の幼馴染み。小さいころから一緒にいることが多く、確かに高校に入ってからもときどき会ったりしているけど、私と優馬の関係は恋人同士じゃない。手のかかる弟って感じなのだ、彼は。


 結月ちゃんは「なーんだ。結衣パイセンのご意見を参考にしようと思ったのになぁ」と茶化しながらも、少しだけ残念そう。仮に私と優馬が恋人という設定だったとしても、男女間の恋愛が女子同士の恋愛の参考になるとは思えないんだけど。


 でも結月ちゃんは本当に悩んでいるようだった。友達として何か協力できることはないのかな……?


 悩みに悩んだ末に、私は学校から帰ると優馬の家に向かう。優馬は学校から直帰して、さっそく本を貪っていたみたい。相変わらず本好きだなぁ。私も最近は彼の影響で少し本を読むようになってきたんだけど、それでも優馬の読書量には敵わない。


 だから優馬なら何かいい案が思い浮かぶんじゃないかと思ったんだよね。一応、プライバシーの問題もあるので「仮にMさんという女の子がいたとして、ある日Tさんという女の子に告白されたとするじゃない」と切り出すと、あっさり「あぁ森本さんと田辺さんのこと?」とページをめくりながら言う。


「なんで、優馬が知ってるのよ?」

「だって、有名だよ。その話」

「そうなんだ……」

「結衣はそういうの疎いからなぁ」


 余計なお世話だ。優馬だって、彼女のひとつもできたことないじゃん! って文句を言うと、なんか微妙な顔をしてた。ちょっと気まずくなって「で、そういうのってどうなんだろうね?」と話を戻す。


「うーん、ジャンル的には百合だね」

「ゆり?」

「うん。女の子同士の恋愛なんかのジャンル。ええっと、ほらこの辺の本がそんな感じ」


 本棚を漁って何冊か本を抜き出す。って、ちょっと優馬。そんな本も読んでんの!? いやらしいなぁ、おばさんに言いつけちゃうよ。本当にもう……そんなの……ほほぉ……これは……。ちょっと参考にするから借りてっていい?


 と言うわけで、優馬の部屋から数冊を持って帰り「百合」なるものについて研究してみた。結果としては「うん、まぁ、アリっちゃアリじゃないかな」というのが結論。


 翌日、教室で前の席の結月ちゃんの肩をつついて「昨日の話なんだけど」と切り出す。


「うん。って言うか、結衣大丈夫? なんだか凄いクマが出来ているけど」

「あぁ……うん。ちょっと寝不足で」

「そんなに考えてくれたんだ……」

「ま、まぁ? 友達が悩んでいることは私の悩みでもあるし」


 半分ほどはウソ。でも、言い換えれば半分は本当のことだ。「で、結論から言うと」私の言葉に、結月ちゃんがゴクリとツバを飲む。


「いいと思う」


 そう、これは決して悪いことじゃない。昨日、優馬の家の時点では「そんなのはちょっと」というのが私の素直な気持ちだった。でも借りた本を読み進めていく内に「ほほぉ、なるほど」から「ひゃー、なんてことを!?」となり「いや、そこはもっと攻めないと」と変わっていき、明け方には「尊い……」へと変化していっていた。


 私の言葉を聞いて結月ちゃんは「そっか」とホッとした表情を見せてた。だから、私は彼女に「おめでとう」と言いたいと思った。誰かを好きになるという気持ちは決して悪いことじゃない。もちろん、賛否はあるとは思う。でも誰かに迷惑をかけるわけじゃないし、むしろ異性との交際に比べればよほどマシなんじゃないかな、とも思う。


 結月ちゃんには幸せになって欲しいと思う。だからこそ、彼女を祝福する気持ちが生まれたわけなんだけど……。


 「そっかそっか」と少しだけ嬉しそうな顔で授業の準備を進めている結月ちゃんの後ろ姿を見ていると、少しずつ自分の心境に変化があるのに私は気づかなかった。


 ポニーテールの下に見えるうなじ。


 折れそうなくらい華奢な肩からのぞく、白い細い腕。


 ときどき見える柔らかそうなほっぺ……。


 ……あれ、なんだろう? なんか、凄くドキドキしているんだけど……。


 「おめでとう」の気持ちがいつの間にか「全然おめでたくない!」に変わったことに気づいた私が、友情と恋愛を天秤にかけた結果最終的に取ったのは友情。やっぱり友達は裏切れない。


 だから、ときどきじゃれ合って結月ちゃんに抱きつくのも友情だし、お弁当のおかずを「あーん」してあげるのも友情。「寒いね」って言って彼女の手を「はぁ」って息をかけてさすってあげるのも、そのまま手をとって自分のポケットに突っ込んじゃうのももちろん友情。


「そうだよね、結月ちゃん」


 私はスマホの待受画面の彼女に、そう語りかけた。

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