私に罪を与えてください

紅雪

あなたを幸せにします

〇主文 

被告人を刑法第59条殺人罪と処する


********


いまから42年前のことです。

北陸の田舎町で5人兄弟の3男として生まれ、ごく一般的な農家の家で育ちました。

暮らしぶりとしてはまずしすぎることもとくに裕福なこともなく、地元の小学校、中学校に入学、卒業し、高校にも入りました。

高校を卒業してからは就職につくか、大学に入るか悩んだのですが、それなりに勉強が好きだったこともあり、兄弟が多かったにもかかわらず大学に通うことになりました。

地方の国公立に通うため実家はなれ、一人暮らしをはじめました。

大学生になってすぐ、笑顔の素敵な彼女に私が一方的に一目ぼれするかたちで出会い、彼女は今、私の妻となっています。


就職氷河期になんとか1つだけつかみ取った内定書を握りしめてからはや15年、勤勉に働き、順当に職務もあげ家庭を支えてきました。

娘ひとり、息子ひとりの我が家に笑いは絶えず、明るい日々を過ごしていました。

ある日のこと

娘と息子を寝かしつけてから、妻が珍しく「ふたりで一杯飲もう」と誘ってきました。

久しぶりのさし飲みに2杯、3杯と酒がすすむうち妻が急に半笑いで

「わたし難病なんだって」

と切り出しました。

そのときはまだ信じられませんでした。

妻はだんだんと筋肉が委縮してゆくという難病にかかったらしいのです。

出会ったころと変わったところといえば、怒られるかもしれませんが少し白髪が見え始めたくらいのものかと思っていたので酒の場での冗談かと思ったほどです。

しかし、坂道を転がるように病は加速してゆき、妻はだんだんと一人でできることが少なくなっていきました。

そんな自分自身に腹が立つのでしょう

温厚な妻は時々癇癪を起し、大げんかしたこともあります。

私は仕事を辞めて、妻と子供の傍にいることにしました。

去年「転ぶといけないから」と手をつないで見た桜を今年は車いすを押して見に行きました。

妻に一から料理を教えてもらいながらなんとかいつもの味を再現しようと試みましたが全くうまくいきません。

このぶんではどうやらいつまでたっても「おふくろの味」にならないでしょう。

最近では1日のほとんどをベットの上で過ごすことが多くなり、わたしが定期的に手を握って声をかけると瞳だけを動かして私を見つめ返事をしてくれています。

はっきり言いまして、辛くて仕方ありません。

最愛の人がそこにいるのに話すことも笑顔をみることもできません。

しかし、本人のことを思えば私の心情など塵の一つにも満たないほどちっぽけな痛みなのでしょう。


風が心地よい春の日のことでした。

穏やかな快晴の広がる、のんびりとした1日のはじまりでした。

「おはよう、今日は温かいから窓あけようか。」

そんなふうに言ったように思います。

カーテンが大きく揺れて陽の光が妻の顔を照らしました。

眩しさに思わず顔を逸らし、窓と対象の位置にいた私と目が合いました。

「生きたいの」

強い眼差しはそう訴えていました。

だから

私は妻の首に手を当てて全体重をかけて抑えつけました。

手のひらに頸動脈があたり、ドクンドクンと波打っているのが感じられました。

鼓動はやがて早く大きくなって

それでも妻は何の反応も示しませんでした。

呼吸するたび揺れる胸はやがて小さくなってゆきます。


「ありがとう」


わたしはゆっくりと首から手をはなし

昔したように彼女と唇を軽く重ねました。

そして手をとって髪を撫でました。

何時間そうしていたのでしょうか、学校から返ってきた子供が母親の様子がおかしいのを見て救急車を呼びました。

何人かの大人が騒々しく妻の体を私から引き離して揺すり、すっかり軽くなった体を持ち上げて連れ去って行きました。


それから刑事さんが来て、こうやって事情聴取されるまでのことはよく覚えていません。

私は死刑を希望しています。

なるべく早く会いたくてね。

きっと向こうの世界があるなら、自由に話して歩いて笑っているでしょうから

ですが罪を償わなければなりませんね。

私は生きて、この痛みをかかえて、あなたを思って止まらない涙を流し続けて、そうしてやっとあなたに顔向けができるのでしょう

それまで待っていてくれますかね

こんななんのとりえもない私のことを


私は「一生をかけてあなたを幸せにします」と

プロ―ポーズで誓った言葉を

守ることができましたか?



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私に罪を与えてください 紅雪 @Kaya-kazuha

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