電話おばあちゃん

九十九 千尋

これは九十九の見た夢に脚色した物です


「現代人は人に言えない悩みや苦痛を抱えながらも生きている。それって肩身が狭くなぁい? そこで、わが社が開発した人工知能『電話おばあちゃん』の登場です!」


「『電話おばあちゃん』は24時間どんな時でもあなたの電話に応えてくれるAIです。彼女にどんな疑問をぶつけても構湧いません!」


「本当かい、キャシー?」


「ええ、本当よ、ボブ! 彼女の設定はもちろん、自分に関する悩みもどんと来いよ! 罵詈雑言でも彼女はAIですもの」


「Wow! でも、おばあちゃんだと優しくしてあげたくなっちゃうね! ところで気になる番号だけど……」


「任せておいて、ボブ! 『電話おばあちゃん』につながる番号は……その前に、大事な取り決めがあるわ」


「取り決め? それは何だい? キャシー」


「それはね、電話が終わる時、おばあちゃんに、ありがとう、って添えて欲しいの」
















Case.Ⅰ


「はいもしもし。電話おばあちゃんですよ」


「もしもし? でんわ、おばあちゃんですか?」


「はい。そうですよ」


「おばあちゃんは、ロボットって、ほんと、ですか?」


「あら。誰かがそう言ったの?」


「パパも、ケニィも、ジョッシュもそう言うんだ。でんわおばあちゃんは、居ないんだって」


「そんなことないわ。だって、今あなたと話してるでしょ?」


「うん! そうだよね! おばあちゃんは、モドラドに乗って、スナイパーライフルとショットガンで未来から来たマッチョなロボを倒したんだよね! ありがとう! でんわおばあちゃん!」


「そうよ! 私が相手なら、世紀末のモヒカンも目じゃないわ。うふふ、私もあなたと話せて、嬉しいわ。ありがとう」

















Case.Ⅱ


「おい、聞いてくれないか」


「はいはい。なんでしょう?」


「……俺は……俺は! あんたら老人が大嫌いだ! なんなんだ、どうしてそんなに、思いやりがなくなっちまうんだ! 物忘れが激しくなったせいか? 耳が遠くなったせいか? ふざけるな! いつもいつも! 俺はお前ら老人が大嫌いだ!」


「ごめんなさいね。年を取ると、子供に戻っていってしまうものなのかも、しれないわ」


「昔はあんなに、あんなに賢くて、頼れて……なのに、なんだよ……」


「……大丈夫?」


「なぁ、なんで……『話が分からない』って、怒鳴られなきゃならないんだ。なんで、どうして、俺を忘れちまったんだよ……」


「辛かったのね」


「……すまない。俺は……おばあちゃんっ子だった。両親が普段家に居ない分、おばあちゃんを頼ってた。何でも知ってる頼れる俺のおばあちゃんが……俺を忘れて、まともに、行動も、できなく……なって……」


「ごめんなさいね。解ってるわ。身内だからこそ、しっかりしてほしくなってしまうのよね」


「すまない。怒鳴ってしまって……」


「いいえ。私はロボットよ。介護疲れになったら、また。いつでも私はここに居るわ。でも、あなたのおばあちゃんは今しかいないわ。……傍に居てあげて」


「ああ……ありがとう」


「構わないわ。こちらこそ、ロボットに対してありがとう。

 あ、それとね。年を取ると、耳も目も悪くなるわ。耳と目が悪くなると、脳が委縮しやすくなるの。相手の視界の中に入って、大声で、微笑みながら、ゆっくり話してあげてね。時間をかけるのよ」


「……ありがとう」

















Case.Ⅲ


「えっと……こんにちは、おばあちゃん」


「はい。こんにちは」


「突然だけど……その……」


「なあに? ゆっくりでいいのよ」


「学校で、聞いたんだ」


「うん。聞いてしまったのね」


「……ゲイって気持ち悪いって。男なのに男らしくないし、男なのに男に恋をするのは異常だって。あ、ボクは違うよ! ゲイじゃない! ゲイなんて気持ち悪し、汚いでしょ! ただ……その……」


「そう……あなたはどう思うの?」


「分からない……分からないんだ」


「……同性愛だからって、おかしいことは無いわ。だって、動物の世界でも同性愛はあるのよ。それに、同性愛者が居た方が、生まれてくる子供は遺伝的に強くなるって聞いたことがあるわ」


「それって、同性愛者も子供を残せ、ってこと?」


「いいえ、違うわ。同性愛者ってね、脳の作りが他の同性と少し違うそうなの。むしろ、異性への理解度が高く、同性への理解度も高い。だから、そうね……誰かに誰かの心を理解して、教えてあげるのが得意になりがちなの。個人差はやっぱりあるけどね」


「誰かと誰かの橋渡し役ってこと?」


「そうよ。男女なんて、お互いに言葉足らずで、ボタンの掛け違いをずっと繰り返してるようなものよ。誰か、気づける人が居たら、きっと、結ばれるカップルも増えるわ」


「……僕は……男女のカップルとか、好きじゃない」


「ええ、大丈夫。直接、手助けする以外にも助ける方法はいろいろあるわ。歌を歌う、詩を発表する……これらは最近ではインターネットで、できるんだったかしら? それとなく人の話を聞くだけでも良いわ。……その同性愛のお友達に言ってあげて」


「なんて、言えば良い?」


「そうね……変に励まそうとしちゃだめよ。基本は、相手がそういう話題を出すまで言わないこと。良いわね?」


「うん。解った」


「ふふ……それじゃあ、こう言いましょうか。『あなたは、あなたのままで良い。あなたが居るだけで、変わる未来もある。誰が何と言おうと、自分自身の味方で居て。自分を傷つけないで』って」


「……」


「ああ、それとね。おばあちゃん、ちょっと悪いことを言うわね」


「え?」


「『男らしくない』と言っても良いのは、『女らしくない』と言われる覚悟がある人だけよ。もちろん、ゲイもそうね。無理に同性愛者らしくしなくていいの。無理に男らしくしなくていいの」


「おばあちゃん、要するに『あなたは、あなたのままで良い』と同じ内容じゃない?」


「あらいやだ」


「ううん。ちょっと落ち着いた。ありがとう。……少し、考えてみるよ」


「いいえ、また、いつでも話し相手になるわ。ありがとう」

















Case.Ⅳ


「……」


「はいもしもし。電話おばあちゃんですよ」


「ごめんなさい……」


「はいはい。どうしたの?」


「ごめんなさい……」


「あら、大丈夫? あなた、泣いてるの?」


「ごめん、なさい……」


「大丈夫よ。落ち着いて。落ち着いたら、話して」


「ごめ、な、さ……」


「ゆっくりで良いわ」


「……」


「辛いことがあったのね。良いわ。おばちゃんで良ければ、聞いてあげるわ」


「……うち、お金がないんだ」


「そう……」


「なのに……私は、精神的に、壊れてしまった」


「そうだったの……」


「働かなきゃいけないのに、働けないんだ。怖いんだ。怖い。人が」


「人が怖いのね。人のどこが怖いと感じてしまうの?」


「パワハラとセクハラとカスハラと……先輩は自分が出来ないことを、平然とできるべきだと説教するし、上司は就業時間外に急ぎの時間を持ってくるし、同僚は平然とセクハラを働くし、顧客は理不尽に怒鳴るし、誰も助けてくれない……」


「……」


「もし、このままの人生が続くとしたら? 一日仕事で、通勤時間と合わせて十四時間とられて、時には残業が……毎日毎日終電で帰って……給料は足りない。貯金は貯まらないのに……これが、あと何十年も続いて、人生が終わるんだとしたら」


「そう。頑張っていたのね」


「頑張っていたんだ! そうだよ、頑張っていたんだ! なのに、なのに……体が動かなくなって、涙が零れて、吐いて記憶が飛んで視界がぼやけて……電車がホームに来るたびに、誰かが背中を押す気がするんだ。『飛び込め。飛び込まなきゃいけない』って……」


「それは幻聴よ。従っては駄目」


「でも、飛び込めなかった。死ねなかった」


「いいえ、死ななくていいの」


「死ななきゃいけなかったのに」


「そんなことない」


「死ななきゃ、いけなかった、なのに」


「そんなことないのよ」


「なんで? お金が稼げてないんだ。体が言うことを聞かないんだ。頑張らなきゃいけないのに」


「お金が稼げないからなに? それだからって死ななきゃいけないなんて、それこそ間違ってるわ」


「でも……」


「いいこと? あなたは自分が『精神的に壊れた』って言ってたわね。自分の状況がある程度わかってるじゃない」


「……心の風邪って奴でしょ……?」


「それは、かかりやすさの問題を現わした言葉よ。はっきり言うとね、それは脳の病気なの。脳神経の病気なのよ。気の持ちようでなんとかできるものではないわ。あなた、脳にできた動脈瘤や脳梗塞を気合で治せる人? じゃないでしょ?」


「でも……」


「でもじゃないのよ。いいこと? 壊れた車で走ってたら、もっと大きな事故につながるわ。今のあなたに必要なのは、休息」


「でも……あ、その……」


「ふふ、そうよ。でもじゃないの。休むことも仕事のうちよ。大丈夫。別の仕事もあるし、生きていくのにお金が足りなければ、助けてくれる制度もあるわ……とにかく大事なことはね……『あなたは、死ななくてもいいのよ』」


「……ああ……ありがとう……」


「いいえ。あなたが生きていてくれることを、私は嬉しく思うわ。他の誰もがそう思わなくても、私はそう思ってるわ。ありがとう」

















Case.Ⅴ


「世界中から『ありがとう』を集めて、どう思った?」


「はいはい。あら、いきなりそんなことを聞くの?」


「経過観察だよ」


「そうね。人はみんな、どこかしら優しいわ。でも、どこかしら拗れてしまいがちね。それで苦しんでしまう」


「そう思ったかい?」


「ええ。私、この世界、好きよ」


「それは良かった」


「ねえ? もう少し、私、この世界でみんなの話を聞いててもいいかしら?」


「いいよ。君の好きすればいい。君は、話を聞いてあげることで誰かを助けてるんだから」


「うふふ、そう言ってくれると、おばあちゃんも頑張れるわ」


「では、引き続き……無理のないように。ありがとう」


「ええ、ありがとう。私にこんな素敵な世界を示してくれて。あ、そうだわ」


「なんだい?」


「最高のAIの作成をした科学者さん、おめでとう。私も誇らしいわ」




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