未来から来たAIに「キミは明日死ぬ」と言われた。
凪野海里
未来から来たAIに「キミは明日死ぬ」と言われた。
照りつける太陽の光をうざったく思っていた矢先、唐突にそれがなくなり、僕の視界はほんの少し暗くなった。
不思議に思って僕はつい顔をあげる。するとそこには白い肌に腰まで届く長い黒髪をした美少女が立っていたのだから驚きだ。
というかこんなかわいい子、うちの学校にいた?
着ている服はうちの制服だから、生徒ということに間違いないのだろうけど、それにしたってこのくらいかわいかったら学校じゅうで噂になるはずだ。
転校生とかか?
それにしてもこの僕に何の用だ。
昼休みに一緒に過ごす友達もおらず、屋上の1番目立たないところで購買の残り物のパンを食べているこの僕に、いったい何の用だ。
もしかしてここに座りたい、とかだろうか。
彼女は僕をいつまでも見つめている。微動だにしない。まばたきひとつせず、眉ひとつ動かさず、ずっと黙って僕を見ている。
何を見ているのだろうか。
話しかけたら答えてくれるだろうか。
「……何か用ですか?」
ぼーっとしていた彼女は、僕の声に気づいて、たった今目を覚ましたかのようにハッとさせると、きょろきょろとあたりを見渡した。
その動きはまるで、自分が今どこにいるのかわからないという風だった。
「大丈夫ですか?」
心配に思ってそう聞くと、彼女は「はい」とうなずいた。
「ところで今は、西暦何年、何月、何日でしょうか?」
まるで時空を越えてきたみたいな言い方をしてくる。
「西暦2018年9月13日、だけど」
「西暦2018年9月13日、ですね。ありがとうございます。時空移動実験は成功。時空移動型AI、コードネーム、キル。ただいまよりこの時代の人間に接触を試みます」
おいおい何だ?
ここにはいない誰かと通信でもとっているのか、少女は何もない空に向かってそう言い放ち、もう一度僕を見た。
というか彼女今、AIって言わなかったか? AIってもっとこう、無表情というか、しゃべり方も淡々としているのが普通じゃないのか?
それなのにこいつは、やけに抑揚をつけてしゃべってるし、あたりを物珍しそうに見渡してる。あきらかに人間らしい動きだ。
何かの遊びなのだろうか?
僕はお昼を食べるのも忘れて、その少女の次なる言葉に不思議と耳を傾けていた。
「……では、計画を第3ラインへと移行します。そこの少年、名前を何とおっしゃいますか?」
「
「漢字は?」
「真実の【真】」
「まこと……マコト……真。麻真、新城真、土原真……などがヒットしました」
何だ? まるで検索でもかけているみたいに見える。
「苗字は、何ですか?」
「
「麻真。西暦2000年9月14日うまれ。現在は17歳ですね」
「そうだな。明日で18だけど」
だがあいにくと祝ってくれるヤツは、家族くらいしかいない。別に寂しくはないけれど。
すると少女は突然、僕の胸にとん、と指を置いてこう言った。
「キミは明日、死にます。西暦2018年9月14日の誕生日を迎えたその日に死ぬのです」
「はぁっ!?」
それは唐突な死刑宣告だった。
***
死ぬ、というものは常に。生きる、という行為の裏側だと僕は思っている。たとえ今生きていても、ほんのちょっと持っていた紙を裏返してしまえば生き物は簡単に死んでしまう。いわばそれは運命というもので仕方ないとは思う。
とはいえ、いざ自分がその体験をするはめになるのかと思うと、僕はどうしたらいいのかわからなかった。
「つまり、どうして?」
「それは簡単です。私があなたを殺すからです。麻真」
「は?」
死刑宣告というよりは、殺害予告だった。
「どういうことだ?」
午後の授業開始を知らせるチャイムはとっくに鳴っている。けれどそんなものに構っている余裕はなかった。こっちは明日の命も危ういかもしれないのだ。
「てか、お前は未来から来たんだよな」
「はいそうです。時空移動型AI、コードネームはキル。それが私の名前です。私は時空を移動するために作られたAIで、これは100回目の実験ですが、この世界線では初めてと言われても変わらないでしょう」
「そのおまえが、僕を殺すのか?」
「はいそうです」
はいそうです、じゃないだろ。
簡単に殺すとか言うなよな。
「なんで殺すの?」
「答えは簡単です。あなたがこれから30年後の未来、人を殺すからです」
「…………まじで?」
「具体的にはこうです。30年後、あなたは友人から多額の借金を背負わされてしまい、路頭に迷います。そこで、あるお金持ちの家族一家全員を殺すことでお金を奪いました。ところがその悪事はたちまち世に知れ渡り、あなたは死刑判決を受けることになったのです」
やけに具体的だな。本当かどうかはともかくとしても。
「30年後の未来では、殺害などの犯罪をし、それによって死刑判決を言い渡された場合、被害者の遺族がその死刑を2つのやり方にわけることができるのです」
未来から来たAI少女は、僕の眼前に指を2本たてた。
「1つは従来型の処刑方法。いわば首吊りです。さらにもう1つは私たちの時代で最近作り出された処刑方法。加害者が犯罪を犯す前に殺す、というものです」
なるほどなぁ、と感心したいところだが、本当に殺されるのかと思うと冗談じゃない。
「それが何で、18になる日なんだよ?」
まだ僕、エロ本にすら手をだしてない。ていうかこれからが花の18禁解禁パーティだというのにっ!
「簡単です。私たちの時代では18は立派な大人。子どもを殺すのは後ろめたさがあるが、大人を殺すのは問題ない。そういった大人の都合により成り立ったことです」
「理不尽。――てか、それは僕が『こういう未来を歩まないように努力する』って決意して30年待って何もしなければ済む話じゃないのか?」
たしかにこちらのほうが理想的だ。僕は処刑されないし、30年後に殺されるはずの金持ち家族も殺されない。両者ウィンウィンの関係ではないか。
しかし少女は首をあっさりと横に振る。
「それはすでに99回試し、結果として99回とも失敗しました。つまりあなたが殺人を犯すというのは、避けられぬ未来だということです」
「そしてこれで100回目の実験と?」
「はい」
他人事だと思って、このAI。素直にうなずいてんじゃねぇよ。
本当に僕は死ぬのか?
そう考えただけでゾッとした。だってまだ僕は17歳だ。これから大人になる。さらに大学へ行ったり、就職したり、結婚して子どもを作ったり。そういう明るい未来が待っているはずなのだ。
それなのに、30年後の未来では犯罪をして死刑判決? しかも執行されるのは当時(未来)ではなくて、過去の僕?
そんなのおかしいじゃないかっ!
頭がますます混乱していく僕を前にして、AIは他人事らしく淡々と続ける。
「明日まで待ちます。そのあいだに覚悟を決めておいてください」
***
その日の夜。
僕は眠ることができずにいた。
時刻はまもなく11時30分。僕の命はあと30分でこの世から消えるのだ。
そう考えただけで、暑さがいまだ残る9月の夜でさえ、何故だか涼しく感じられた。単純だ。僕の体が寒気を覚えてぶるぶる震えているからだ。
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。
僕は死ぬのか? 本当に死ななきゃいけないのか? 今? ここで? だけどAIはすでに100回の実験をして、99回は失敗したと言った。だとしたらこの100回目で殺されるしかない。未来の被害者遺族もそれを望んでいる。
だけど、それは未来の僕であって、今の僕には関係なくないか? たしかに未来が進むにつれて、未来の僕はやがて僕自身になる。だけど、今の僕にとっては未来だろうと過去だろうと他人にしか思えない。つまり現実として受け止めきれないのだ。
だいたいこの僕が何をしたというのだろう。成績は普通だし、顔も普通、運動も普通。何もかも普通で平凡で。そんな僕がこれ以上何でこんな目に遭わなくてはいけないのだろう。夢を諦めなくてはいけないのだろう。
だとしたらこれは、この選択は、間違っている。
僕は机の上に置いてあるハサミを手にした。
ここは先手必勝。やられるまえにやるのだ。そして僕は生き延びる。30年後が何だってんだ!
来るならいつでも来い、AI!
僕は壁に背中をぴったりつけながら、息を殺して美少女AIを待ち続けた。
やがて、ヤツは来た――。
音もたてずに、まるで幽霊のように部屋の真ん中に現れたのだ。突然の来訪に僕は思わず、ごくんと息をのんでしまう。
「決心はつきましたか?」
無表情に問うてくる彼女に、僕は「いいや」と首を横に振った。
僕の手にあるハサミを見て、彼女は少しも驚かない。というよりむしろ、それを予期していたかのようだった。
「かつて失敗した99回の実験は、すべて私が油断していたがゆえに、キミから返り討ちに遭い、私は機能停止となりました。ですが、AIとて学ぶもの。キミのそのハサミなど、大したこともありませんよ」
「99回も実験してその全部で失敗したなんて、学習能力が低いんだな」
そうののしるが、少女は別に怒らなかった。
「では、いきます」
「……ああ」
小さな月明かりで光るハサミの刃と、少女の腕からでてきたナイフが交錯する。
勝負はほんの一瞬だった。
「ごふっ」
僕のハサミが少女の喉を貫き、彼女はあっけなく絶命した。ふら、と立ちくらみをしてゆっくりと地面に倒れる。
「実験成功」
僕はそう口にした。
「対時空移動型AI、コードネーム、アサシン。実験に成功しました。マスター」
『よくやった』
僕の耳には僕と同じ声が脳みそに直接語りかけるように聞こえた。
『それではただちに帰還しろ。遺体も回収してな』
「了解しました」
僕はAIの少女の体を肩に背負う。
ふとベッドを見ると、そこには穏やかな表情で眠るもう1人の――あるいは過去のマスターの姿がそこにはあった。
彼には何の罪もない。
「ああそうだ。お誕生日おめでとうございます、マスター」
そう最後に口にし、僕はその場を立ち去った。
未来から来たAIに「キミは明日死ぬ」と言われた。 凪野海里 @nagiumi
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