怖がりお化けは守りたい

本田玲臨

怖がりお化けは守りたい

 今日もここに誰も来なかった。

「はぁ......」

 俺は静かに溜息を吐いて、墓石に寄り掛かった。

 夏の暑い日。お盆を過ぎれば、こんな場所に誰も足は運ばない。ましてや今は夜だし、独りぼっちで当然の状況に今はある。


 俺は、お化けだ。お化けと言うか、幽霊。

 何がどうしてここにずっととどまっているのかは分からないけど、気付いた時にはここに居て、拝みに来る人間に一切気付かれる事もなく、ただただ意味もない余生を過ごしている。

 最初は自分がここに居る意味があるのではないか、とそれなりに気合いをいれたものだが、驚かそうと思っても見えないのなら意味はないし、時々気配を感じてくれる人がいても、全く動揺すらしてくれない。幽霊にそう言うのがあるのかどうかは知らないけど、俺は落ちこぼれらしい。

 この墓場だったら、好きに動けるけど、カラスや蛇や周りの山の景色を見るのだって、ずっと見ていれば飽きてしまう。


「はーあぁ」

 長い溜息。それを吐いてふわふわしている。それだけを一日中繰り返すだけだ。

 眠るという感覚のない俺は、とりあえず目を閉じた。

 カサカサ、と風で揺らめく木々の葉の音を聞きながら、ゆらゆらゆらゆら。

 いつもの音。いつもの風。

 カァカァ、とカラスが仲間を呼び合う鳴き声を聞きながら、ゆらゆらゆらゆら。

 いつもの鳴き声。いつもの響き。

 ガサガサ、と何の動物か分からない音。

 それを聞いて俺は飛び起きる。何だ、こんな夜に。


 幽霊になったからなのか、耳の感覚はとても鋭いようだ。

 ふわふわと浮いて、音の聞こえた場所へ行く。そこは段々畑のような造りをした墓場の一番下の段の林の中からだった。


 そこには一人の女の子が蹲っていた。ぎゅっと両膝を抱えて、顔をその膝に埋めて。どう考えても夏とはいえ、寒空に違いないこんな気温で出るには彼女は薄着過ぎる。

 大丈夫?

 そう声を掛けようにも、俺の姿はどうせ見えないだろう。

 それならば、と俺は彼女の頭の上に優しく手をのせる。それからよしよしと頭を撫でてあげる。

 そうすると、彼女はぴくっと肩を震わせて、顔を勢い良く上げた。


 可愛い子だった。

 涙に濡れた大きな黒目、泣きすぎたのだろう目の下は赤く腫れている。薄い唇は桜色。白い肌には傷が沢山ついていた。

 彼女の大きな瞳は、しっかりと俺を見ている。


「...誰、お兄ちゃん?」


 そして、彼女はこう言ったのだ。

 俺は少し固まって、それから思い切り声を上げて後ろへ下がった。


「き、きききき君、俺が見えるの?!」


 彼女はこくりと頷いた。

 そんなトンデモ人物の登場に、俺はただ狼狽えるばかりだった。


 そこで俺はハッと気づく。

 普通幽霊である俺が驚かせて、生身の人間(に見える)彼女が驚くのではないだろうか。それを考えると、急に恥ずかしくなった。


「......お兄ちゃん。私が見えるの?」

「え、まぁ...、可愛い子は見えてるけど...」

「っか、かわ...っ!?」


 彼女は普通に話しかけてきたけど、俺が可愛いというと急に頬を染めた。

 こんな夜の墓場に来るような子だけれど、感性は普通の女の子みたいだ。少し安心した。

「むしろ、俺は君にどうして俺が見えてるのか聞きたいんだけど......?」

「...やっぱり、お兄ちゃん、見えちゃいけない人...?」

「う、うーん。多分、そうなる、かな...」

 この子、霊感強いみたいだ。「やっぱり」って言葉を使うという事は、それなりに何度もこういう体験をしているという事だろう。

「え、えっと...」

「......お兄ちゃん、名前は?」

「な、名前?」

「うん。...聞いちゃ駄目?」

「そんな事ないけど...」


 参ったな。俺には名前というものがない。

 いや、生きていた頃にはあったんだろうけど...。長く幽霊をしていたせいか、その名前も忘れてしまった。


「...君が名前付けて。俺、名前ないんだ」

「そうなんだ...。うーん...」

 彼女は少し悩んで、それからポンと手を打った。


「キョン!」

「キョン?」

「お着物着て、目に包帯巻いてるから。キョンシーみたいだから!」

 最近のキョンシーって、目に包帯巻いてるのか。お札を額に貼られてるんじゃないの。っていうか、俺、目に包帯巻いてるのか。

 着物を着ているのは、見えているので分かるけれど、墓場に鏡なんて物はないから顔の状態までは分かっていなかった。

 しばらく浮遊していて、新しい収穫だ。


「じゃあ、うん、それで。じゃあ、君は?」

「......私も名前ない」

「へぇ?」

 そんなはずはない。

 人間は生まれ落ちた時、必ず名前を付けられる。見たところ小学生くらいの子だし、名前がないはずがないのだけれど。

「......名前、君もないんだ。なんだか似た者同士だね、俺達」

「!......うん」

 何となく、聞くのは野暮な気がした。

 安心したような彼女の顔を見て、なおさら俺の答え方は正解だったんだと思う。

「ねぇ、私がキョンに名前付けたから...。私もキョンに、名前付けて欲しいな......」

「お、俺が......」

 ううん、と思わず唸ってしまう。

 恐らく、今までの経験上名前を付けるなんて事、した事ないはずなんだけど...。

 彼女から受けるキラキラとした視線に耐え兼ね、俺は何も反論せずに名前を考える。

「......そうだな...、え、えっと...、ううんと......、じゃあユウってどうかな?」

「ユウ...」

「俺みたいな落ちこぼれ幽霊に話しかけてくれる優しい子だから。優しいっていう字でゆう

 俺の微妙なセンスに、彼女は引いているのか目を丸くしている。しかしすぐにふにゃっと笑って、

「いいね、ユウって...。ありがとう」

 お礼を言ってくれた。


「えと、ユウはどうしてここへ来てくれたの?」

「私は...、家が嫌なの。学校も嫌で...、だから家に近いここに来たの。ここ、静かでしょ?」

 確かに、ここにはお盆以外には人の来る気配など一切ないので、静かだという意見には納得する。少々セミの鳴き声がうるさいけれども。

「家も学校も嫌なんだ...、大変だね」

「うんそう。...えへへ、おかしいよね」

 ぎゅっと彼女は抱える力を強くして、少し肩を震わせた。その足や腕につく痣は痛々しく、生々しい。

 恐らく、家庭内暴力という奴だろう。学校でされているのは虐め、か。

 俺はゆっくりと彼女へ近付いて、そうっとユウの頬を撫でた。

 撫でた、といっても俺は彼女へ触れる事は出来ないし、彼女も俺の手の感触を分かるわけではない。

 俺には、彼女の生のエネルギーの温かさが伝わってくるばかりだ。

「キョン......」

「っ、い、嫌かな...?そ、そうだよね...、出会ったばかりの、幽霊とはいえ一応男だし」

 俺は苦笑いを浮かべて、そうっと手を離そうとした。それを彼女の手が制する。

「え」

「い、嫌じゃないよ!...むしろその、もっとよしよしして欲しい。...お父さんはしてくれないから」

 寂しそうに伏せられ、語尾が小さくなっていく言葉。


 俺は少し躊躇った。

 生者は生者に頼るべきだと思ったから。死者にどれだけ拠り所を求めたとしても、それは報われない。幽霊はいつか必ず何かをきっかけとして、成仏するだろうから。

 でも、彼女は...、いないんだろう。頼れる人間が、誰一人も。


「分かった...」

 俺は優しく髪の毛の上を撫でる。彼女は心地よさそうに目を細めた。

 ただ、そんな時間が過ぎた。


 そろそろいいか、と思い、ユウの頭から手を離す。それを感じ取ったんだろう。彼女は寂しそうに顔を上げた。

「終わり...?」

「うん。酷な事を言うようだけど、そろそろ帰った方がいい。人間は凍死しちゃうよ」

 いくら夏と言えど、もう夏は終わりに近く、夜でも冷える。体温調節の能力がまだ未熟な年齢に見えるユウがここにいれば、恐らく朝には冷たい死体になる。

 それは嫌だ。

「...そう、だよね」

 ユウはゆっくり立ち上がり、俺へにこりと微笑んだ。

「ありがと」

 彼女は頭を下げてそう言って、たっと下の住宅地の方へ走って行った。


 もう二度と、来る事がないといいけど。

 俺は少しの寂しさを感じながら、ぼんやりと住宅地の方を見ていた。





 そう感傷に浸っていたのは、数日前の話。

 今はまた訪れていたユウの側に腰を下ろし、よしよしと頭を撫でていた。

「また来たの、ユウ?」

「えへへ、うん」

 彼女は時々ここへやって来ていた。そういう日は決まって真新しい痣がくっきりと浮かんでいる時だった。

 俺は口ではどうして来たのか、と言いつつ、その理由は決して訊ねないようにしていた。彼女はそれを聞いて欲しくて来てるわけじゃないと思うし。多分、寂しい気持ちを紛らわせたいだけだから。

「キョンが撫でてくれるの、気持ちいから」

「分からないんじゃないの?俺はユウから生者のあったかいエネルギーを感じ取れるけど」

「ユウも分かるよ。冷たいけど、優しい手みたいな感覚」

 彼女は笑顔でそう言う。

 俺は自分の透けている手の平を見つめた。生者を温かく感じるように、死者を冷たく感じる事もあるのかもしれない。

 また一つ収穫だ。

「そうかなぁ...」

 微妙に納得はいかないが。

「そうなの!」

 ずいっとユウは大きな瞳を向けてくる。穢れを知らない無垢な夜闇色の瞳に、俺は思わず狼狽えてしまう。

 その反応に彼女は面白そうに笑う。


 少し馬鹿にされている気がしなくもないが、でもこれでユウの心が少しでも軽くなるならいいかも、なんて。

 落ちこぼれ幽霊が、ぼうっと浮遊しているという生産性のない行動をしているよりは、将来性のある子どもを鼓舞して、将来国のために働けるように支える方が良く思える。

 本人には絶対に言わないけど。


「......ねぇ、キョン」

「ん?」

「キョンは、優しいね。ユウより、優しい」

「優しい?」

「......そう」

 ユウはそれ以上何も言わずに、ただただ俺に撫でられる事を求めた。


 何も聞かず何も言わず、ただ頭を撫でられて、撫でる関係。

 生者と死者の関係。


「じゃ、ばいばい」

「うん、ばいばい」

 俺が「帰った方がいい」という時間帯に近くなると、彼女にとっての夢の時間は彼女自らが打ち切る。

 すくっと立ち上がると、俺へ笑いかけて手を振って、ゆっくりと歩いて帰る。


「また明日、会う事がありませんように」

 俺はそう声に出す。彼女に聞こえないくらいの小さな声で。

 でも俺の心の中では『また来てくれないかな』とか、『明日会いたいな』と願っている。

 俺もきっと、彼女に支えられている。そう思うんだ。

 落ちこぼれの俺に、幽霊としてとどまっている意味を教えてくれている気が、する。




 今日もまた、ユウは来た。でもいつも以上に腕も足も傷だらけで、いつもなら服は大丈夫なのに服さえもボロボロに汚されていて。

 流石に聞かずにはいられなかった。

「どうしたんだよ、ユウ!?」

「あっと...、色々あって。えへへ...」

「っ笑ってる場合じゃ」

「...ねぇ、今日は我が儘言ってもいい?」

 俺の言葉を遮って、彼女は俺の顔をじっと見つめてそう言った。

「.........何?」

「今日は頭を撫でるんじゃなくて、ぎゅってして欲しい」

 か細い声で、縋るような黒い瞳で。

 そんな風に言われたら、断る事なんて出来ないじゃないか。

「...座って」

 ユウがいつもの木の下で腰を下ろして、俺が覆うようにぎゅっと抱き締める。

 決して触れる事もなく、体温を知る事も出来ない。

 彼女の顔を見る事も出来ずに、静かな時間が流れる。

「...今日ね、学校で色々言われたの」

 ぼそりと、俺の耳元でユウが震えた声で小さく呟く。驚いて顔を上げかけたが、それをすぐに制して、そのままの姿勢で言葉を待つ。

「机にも落書きされててね、教科書もボロボロになっちゃった」

「うん」

「帰ったらね、お父さん機嫌悪かったみたいで、殴られちゃった。いろんなところを沢山...。私が悪い子、だったから」

「そんな事ない。ユウはいい子だ」

 そう、ユウはいい子。誰にも相談出来ない環境で、グレないできちんと成長していこうとしている。

 聡く、それ故に生活環境の劣悪さが難点だった。


「......ありがと、キョン。私、嬉しい」

「俺は...こういう風にしか出来ないから。ユウの代わりになる事も出来ないし」

 彼女の弱さを分かち合う事は出来ても、彼女を苦しめる対象へ何かをする事は出来ない。

 それが、どうしようもなく無力である事を痛感させられる。

 やっぱり俺は、落ちこぼれ幽霊でしかない。

「いいの。キョンは居てくれるだけでいい」

「でも」

 俺は口を開こうとした。その時、カサリと草を踏む音と気配を感じる。

 ユウしか来ないこの場所へ、誰かが来た。

 顔の表情が変わったのをユウも感じ取ったのか、俺の視線の先へ目を向けた。


 墓場の入口に姿を現したのは男だった。眼光が鋭く、髪の毛はぼさぼさ。眠っていないのか、目の下のクマが酷い。

 ユウの顔が強張った。

「......お、父さん......」

「あの人が......」

 彼はユウの姿を捉えると、ぐわっと目を吊り上げて大股で近付いて来た。それから俺の腕の中に居た彼女の髪の毛を引っ掴んで、そのまま地面へ勢いよく転がした。

「ユ「一花ぁっ!」」

 イチカ、と本当の彼女の名前らしい言葉を吐き、ユウを睨み下ろす。ユウは痛みに顔を歪めて、地面を見つめていた。その黒目に光はない。

「お前、いっつもいっつもほっつき歩いて...、俺に迷惑かけてんじゃねぇよ...」

 地を這うような低い声に、彼女は何も言い返さなかった。

「ユウ!」

 俺はユウを庇うように、彼女と彼の間に割って入る。

「き、キョン...」

「何言ってんだ、お前はぁ?頭がおかしい事言ってんじゃねぇ!」

 俺をすり抜けて、ユウの父親はユウの頬を殴った。

「っ痛い、痛いよ、」

「お前は俺に従ってりゃあいいんだよっ!」

 殴打の音。それを止めたくても、俺の手はすり抜けて。


 止めろ、止めろ。彼女に酷い事するな。

 その子に、暴力を振るうな。


 俺の意思に呼応するように、周りの木々がざわざわと蠢く。

「止めろ...」

 目頭が熱い。目頭?目?熱い。

 俺はそうっと顔に触れる。そして目には確かに包帯が巻かれている。その包帯の上からでも、指の腹に熱を感じる。

 まるで、燃えてるみたいだ。

「......キョン」

 ユウの声が驚いているように聞こえる。目の前のユウの目は丸くなっていた。


「お前、いい加減に」

「お前がいい加減にしろ!!」

 ごうっと風が吹いた。唐突な一陣の風に、ユウの父親は俺の方を向く。

「っな、何だ、お前?!う、うい、浮いて...?!」

 俺が見えてるんだ、へぇ。

「なら、遠慮は要らないよな?」

 俺がくんっと指を上へ上げると、ふわふわと小さな石が浮かび上がる。初めて使う力の感覚に身体が熱くなるが、どうなろうとも構っていられない。

 ユウを助けなくては。

「ひ、ひぃ!?」

「俺は、ここの地縛霊だ。...お前みたいな無責任な親に殺された、そんな哀れな存在だよ」

 石の飛礫つぶての全てが父親へ向き、俺は一気に叩きつけるように手を振るう。

「っ!?」

「キョンっ、止めっ」

 父親が恐怖に腰を抜かしてその場にへたり込み、ユウは父親を庇おうと前へ出ようとしてるけど、殴られたせいでか上手く這い寄れない。

 俺は思い切り振り下ろす――、一歩手前で止めた。

 父親はその非日常さに耐え切れなかったのだろう、ふらりと身体を後ろへ倒した。

「......ここで殺したら、ユウに嫌われるもんな」

「キョン」

 俺はパチンと指を鳴らす。すると、石はぽたぽたぽたと地面へ転がり落ちてった。

「ごめん、驚かせちゃった」

「いいよ...、ありがとう」

 ユウはにこっと笑った。

 俺はそうっと包帯のあった位置に触れる。

「包帯、取れてるよ。キョン、目、綺麗だね」

「へ」

 俺には決して見えないけれど、でも、君が喜んでくれているのなら、まぁ。

「そう...?」

「うん!」

 まぁ、いいか。


 その後。ユウは父親のポケットの中にあった携帯電話で電話をかけて、警察と救急車を呼んだ。それに連れて行かれるまで、俺は彼女の側から離れずじっといた。



 それから、彼女はしばらく来なくなった。

 昔と変わらない、一人で過ごす日々。ふわふわ浮いて、季節は巡って。

 夏の涼しい日差しは、冬の寒い日差しへと。

 寂しいけど、でもこれでよかったと思っている。生者は生者と強く繋がりを持つべきだ。死者である俺に付き合ってたら、いつまでも友達なんて出来ない。

 俺に気ままな生活が戻って来たんだ。それでいいじゃないか。

 それで...、いいんだよ。


 空中に寝そべっていた身体を起こし、包帯の下を擦る。

 夕焼けの美しい空。それは寂しい墓石の世界にも優しく降り注ぐ。

「はぁ...、綺麗だ......」

 今まで夕焼けに感傷を抱いた事は無かったけれど、考えていた事が考えていた事だっただけに、少しだけせんちめんたるな気持ちだ。

 ......せんちめんたる、はこの間ここへ来た金髪男が使っていた言葉で、詳しく意味は知らないけど。多分、こういう所に使う筈だ。

「ユウ、元気かな」

「元気だけど?」

「そっか......っ!?」

 数舜遅れて、俺は身体を仰け反らせる。

 そこには涼しい顔をしたユウが立っていた。首元にはマフラーを巻いて、暖かそうな可愛い服を着ている。

「ゆ、ゆゆユウ?!」

「そ、そうだけど...。えへへ、会いに来ちゃった」

 彼女はにこっとはにかむ。

「私、あの後、ここから少し離れた孤児院に入ったの。学校もお家も変わって変な感じだったけど、でもね、皆優しいんだよ!」

 今まで見た事のない、キラキラした笑顔で。黒目を俺へ向けて話す。

「......なんでここに...。楽しい日常ひびに戻った方がいいだろ?俺みたいな幽霊と話したって...」


「だって、私のお友達第一号は、キョンだもん!」


 はっきりと、彼女はそう言った。

 俺が言葉を発するよりも早く、彼女は続けざまに言葉を吐いた。

「助けてくれて、ありがとう!私、凄く嬉しかった!」

 にこっと、笑う。そこだけ春が来たみたいに。

「キョン、まるでカミサマみたいだった!」

 神様。それは不思議と心地よい響きだった。


「神...か」

 今まで、落ちこぼれの、二度と成仏出来ない地縛霊だと思ってた。

 でも神様って。神様なら。ここにとどまってても、いいよな。


「俺、神様みたい?」

「うん!」

 ユウは無垢な笑顔で頷いた。

 なら、俺は。

「ユウ、俺、神様になる。ここにずっととどまっててもいい事ないしな。少しでもいい事してやったら、その内成仏出来るかもしれねぇし」

 それに、少なくとも友達と呼んでくれる人間を守りたいから。

 そこまでは言わなかったけれど。


 ユウは少し目を丸くして、それから大きく頷いた。

「凄くいいと思う!私も協力する!」

 賛同してくれて、しかも協力してくれる。.........協力?

「ユウ、協力...って?」

「え?神様ってしんこーしてもらわないといけないでしょ?私がしんじゃを持ってきてあげる!」

 えっへん、と胸を反らして、俺へ彼女はそう言った。


 どうやらしばらく彼女は俺を暇にさせてはくれないらしい。


 でも、悪くはないな。


 俺は言わずに、ただただ困ったように笑うだけだった。

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