作者さんの「決して時間の無駄はさせません」の心意気に最初はびっくり。おおー、ここまで書いてしまうか、すげー、と。
そして結論から言うと、作者さんの言うとおり。この作品を読んだことは決して時間の無駄ではなかった。読了後、「何かを読んだ」という確かな感触があった。
実のところその感触は、いつでも得られるようなものではない。
流れるような文章。だが確かに独自のリズムがある……そして、粘り気がある。
冒頭しばらくの流れに、面食らう読者もいるだろう。特定業種にまあまあ特化した話題や会話が続く。もちろん素人を追い払うような文章ではないのだが、ウェブ小説によく見られるアプローチではない(と、思う。自信はないが…)
しかしそうした文章の中にも、人間関係にかかわるちょっとした伏線と、作品全体に流れるある種のビジョンのようなものが、こっそりと提示されている。
主人公がどんな人間なのかを、上から中にかけて、少しずつ開示していくさまも好みだ。
主人公といえば、この人は別の視点からは(あるいはテンプレート的には)ある種「胸糞」としても描きあげられうるような人ではと感じた(失礼!)。だからこそ、この作品の、この描き方に密度を感じる。現実に微細な根を張った感性を感じる。
機械設計の「はめあい」にかぶせられた、メスとオスのパラドックスがなんとも言えない。女だが、オスだから、こちらが身を削らねばならないーー
やるせない。
この物語を読んでいて、最初に思い付いた感情は、純粋な嫉妬でした。
男女の恋愛には秘め事が多い。
一人は、大手で大量な仕事をこなすサラリーマン。片やお世辞にも大きなとは言えない町工場の次期社長。
そんな2人にも秘密はありました。
夜の静けさが似合う。または、過ちを犯しやすい陰鬱な昼下がりも似合う。
そんな雰囲気の物語の中で、キャラクタたちはちゃんと生きていて、喜び、苦しみ、哀しんでいました。
日常の中の非日常ではなく、非日常の中の日常。短編にまとめられた非日常の中で、作者様が切り取った、日常でした。
その切り取りかた、描きかたが、すべてが素晴らしい。冒頭でも述べた通り、素直に嫉妬しちゃいました。
どうしたらこのような作品が描けるのだろうか、と。
「公差」という用語は聞いたことはあります。
昔から工場と縁の合った2人だからこそ、描く将来や関係をそれになぞらえる。
突飛な設定やプロットがなくとも、どうしてこうも惹き付けられるのか。
この作品を読めた幸せの100倍くらい、私の心の中で悔しさもありました。
物書きの隅っこでのんびりチマチマしている私にとって、K.O.必然の強烈な作品。
私も頑張らなくては……