「おめでとう」の物語

雅島貢@107kg

三度目ならば許される

「どうせ、『おめでとう』って言われたくて色々やった人が、最終的に『おめでたい奴だ』って言われるみたいなオチなんでしょ?」

「本当に心から殺す」


 嘲笑うかのように言う則田のりたの言葉に頭を抱えて、岩井いわいはノートパソコンに突っ伏して呻く。

「大体ねえ、僕はオカ研ですよ、オカ研。なんだって文芸部の機関紙に寄稿しなきゃあいけないんですか。しかもテーマが『おめでとう』って」

「そりゃあオカルト研究会の設立が人数不足と研究対象の不適切性によって認められなくて、岩井君が文芸部に寄生する形でここにいるからだよ。テーマが『おめでとう』なのは、今が三月でもうすぐ卒業と入学のシーズンだから。そんなの分かりきっているでしょう?」

「まあ、ここにいさせて貰ってるのは感謝していますよ……。ただね、部長、文芸部だって人数不足で存続が危うかったじゃあないですか。いわばWIN-WINの関係でしょう。だからそこで貸し借りはないはずです。僕もオカルトものだったらまあ書かなくもないですけどね、『おめでとう』なんてこう、明るいテーマは嫌ですよ。それを何とか幽霊譚に仕上げようとして考えたんじゃあないですか、ねえ」

「別にダメとは言ってないと思うけど。いいんじゃあない? 誰からも『おめでとう』と言われなかったことが未練だった幽霊が、いろいろ頑張るけどうまくいかなくて、最後にその話を聞いた誰かから『めでたい奴だ』って言われる。まあ、言葉遊びだし、卒業おめでとうみたいな祝祭ムードには合わないちょっと後味の悪い結末だけど、一応少しは捻りがあるからオチとして成立しなくはないし。何も問題ないじゃあない」

「いつか必ず呪殺する。あのねえ、部長。オカルトの語源ってご存知ですか?」

「さあ? 怪奇とか、恐怖とか、そんな?」

「違いますよバーカ」

 と岩井が顔を起こし、勝ち誇って言った瞬間、岩井の頬をかすめて金属製の栞が飛んでいき、そのままストン、と壁に突き刺さる。

「無知は恥ずかしいことじゃあない。それを誹る方が恥ずかしいんだ。次は当てるよ」

「すいませんでした」

 岩井は謝り、所在無さげにキーボードをいじる。


「おいおいどうした随分素直だなァ。クスリでもやってんのか? あ?」

「なんですか突然。いや、確かにバカとか言ったのは悪かったと思いましたし、完全にこちらのセリフですよ」

「で、なんなの、オカルトの語源って」

「ああ、えっとですね、オカルトってのは、ようするに、『隠されたもの』『秘密』ってことなんですよ。大衆に知られてはいけない知識だから『隠す』わけです」

「はあ、なるほどねえ。で? それがなんか関係あるの?」

「だからあ、一行目を読んだ時点で大衆にオチがわかるような話はね! ダメなんですよ! そういうのはきっちり『隠』さないといけないんですゥ! 『秘密』にしないとダメなんですゥゥ! オカ研としては!」

「ははあ。なるほどねえ。つまり、きちんとオチを隠して、そんで最後にびっくりさせたいわけだ。なるほどなるほど。君はおめでたい子だねえ」

「絶対に末代まで殺す」

 岩井は殺気立った目つきで則田を睨むが、則田は柳に風と受け流す。

 

「別にいいじゃあない、オカ研はオカ研、文芸部は文芸部だよ。今は文芸部の岩井君になればいいんだよ。降霊すればいいじゃあない、なんか、浮かばれない文芸部の霊とか。文芸部の話なんてさ、なんかこう、いい感じの雰囲気で、素敵な表現を使って、なんかしんみりするなあ、みたいになればそれでいいんだから。捻りとかいらないいらない」

「それはマジで殺されますよ」

「大丈夫だって。本当に文芸をやってる人はこんな機関紙読まないよ」

「それもマジで殺されますよ」

「『この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。作者の思想にも全く関係ありません』って書いておけば?」

「いや、そもそも僕は別にそんな危険思想を書くつもりはないので……」

 溜息をついて、岩井は諦めたようにノートパソコンに向かう。


「お、何か構想ができたの?」

「いや、なんかもうどうでも良くなりました。部長の卒業を祝う話でも書きますよ、素直に」

「ほお。なになに? 私に卒業式の日、伝説の木の下で告白でもする話?」

「突然突飛なオチを言わないでくださいよ。伝説の木とかうちの高校にはないし。大体あんた彼氏いるでしょうに。違いますよ、普通に、こう、部長と過ごした日々を叙情的に書き上げてですね、最後は僕が部長に『卒業おめでとうございます』って言うんです。そしたら部長が涙ながらに、『ありがとう』って言ってね、それで僕はなんかこう、ああ、新しい季節が来るんだなあって思うみたいな、なんか最後わかりませんけど、とにかくそういう雰囲気系ので、なんか」

「ああ。なるほどね、オチが分かったよ」

「はい? 聞いてました? 僕の話。オチとかないですよ。そういうのいらないって言ったの部長でしょう」

「だからさ、岩井くんが言ったんでしょ。私に、『おめでとう』って。私は岩井くんの先輩じゃあない。ってことは、私に謙譲しているよね、当然」

「謙譲? わかりませんけど、はあ」

「つまり、お岩井祝い申し上げます、ってことだよね」

「確実に徹底的に殺す」

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