冬木、一緒にヒーローやろうぜ!

宇部 松清

(嫌だね)

「おめでとう! お前が最後の戦士だ! 一緒に頑張ろうぜ!」


 放課後、人気のない教室でいきなりトチ狂ったことを言い出したのは、クラスメイトの春田桜介おうすけである。

 春田は、満面の笑みで100均に売ってるような折り畳み鏡を俺にぐいぐいと押し付けながら、もう片方の手で握手を求めている。


 何なんだよ。

 馴れ馴れしく俺に近付くんじゃねぇ。


 何が何やら状態の俺に対し、春田がへらへらと語ったところによると、どうやらこいつはいまをときめく変身ヒーロー集団『BATTLE SEASON 4バトル・シーズン・フォー』の春の戦士、バトル・スプリングであるらしい。にわかには信じがたい話ではあったが、春田は一瞬だけその姿となってそれを証明してくれた。まぁとりあえず、その部分についてはわかった、信じよう。

 

 春田は俺がその鏡を受け取らないことに――ついでに言うなら握手も返さないことにいささか不思議そうな顔をしていたが、やがてあきらめたのか、手を引っ込めた。


 が、鏡の方は依然押し付けられたままだ。


 何だろう。押し付けるって、アレだから、物理的なやつだから。そのうっすいやつ、厚さ5㎜くらいのやつ、容赦なく俺のみぞおちに食い込んでるから。

 やってることおかしくねぇ?

 おめでとうと言いながらやることと違うくねぇ?


 そもそも、その、仲間に任命されることって『おめでとう』に該当するのか?

 怪我もするだろうし、もしもの場合もあるわけだろ? 少なくとも『おめでとう』ではなくないか? 何? 名誉とかそういう話? 


 とりあえず、NO嫌だという強い意思を乗せた右フックを無言で叩きこむ。――が、むかつくことに春田の野郎、さらっとかわしやがった。


「お! やる気満々じゃん、冬木ふゆき!」


 ――どうしてそうなる!


 こっわ、こいつの思考回路どうなってんだ。

 NOくらいじゃ駄目なんだな。そうか、こいつの場合殺意くらい込めないと駄目なんだろう。変身前とはいえ、さすが現役ヒーロー様。

 

 ならば、死ね、春田。


 そう思い、今度は渾身の右アッパー……も、当然のようにかわされた。ありえないくらいに身体を反らして。体操選手なんてもんじゃない。中国雑技団とかびっくり人間とか軟体動物とかそういうレベル。お前の背骨どうなってんだ。ゴムなの? ゴムゴムの背骨なの? 


「さすが冬木! やっぱりいまの俺達に必要なのはそういう残虐性なんだよ!」


 お前いまさらっと何てこと言った?

 え? 俺残虐ポジションなの? いや、ヒーローにおける残虐ポジションって何?


「ちょっと俺達演出力に欠けるっていうかさ、いままで俺がとどめ刺してたんだけど、何て言うんだろう、絵的に? いっつもこう桜の花びらがぶわってする感じだからさ、なーんか弱いんだよ。弱いって言っても違うぞ? ちゃんと敵は爆発四散するし、骨も残らないくらいに消滅するんだけど、何て言うんだろう、パンチっていうの? SNSとかでもさ、言われちゃうんだよ、メルヘン過ぎるってさ」


 いやいやいやいやいや。

 何こいつ。サイコパスなの?

 戦いに演出どうこうって何? 怖いから、その余裕。

 そもそもちゃんと爆発四散するとか、ちゃんと、って何?

 桜の花びらがぶわってする演出キメといて、そんなおっそろしい最期になる?

 せいぜい浄化するとかそんな感じにならない? 桜だぞ? 日本人に愛されてきた花だぞ? おい首相、こいつを国外に追放しろ!


「そりゃさ? 俺達が可愛い魔法少女とかそういうのだったらさ、どんなにメルヘンでも良いと思うんだ。俺の桜でもさ、夏川のウェイウェイウェーブでもさ、秋山の物憂げダイナマイトでも」


 ちょちょちょちょちょ!

 ちょっと待て。

 何、ウェイウェイウェーブって何!

 物憂げダイナマイトって何!

 

 ウェイウェイウェーブって、何か良い感じの波の中バトル・サマー(夏川)がサーフィンしながらアタックするやつだろ?

 あと物憂げダイナマイトっていうほどダイナマイト要素ねぇじゃん! あれだろ? 落ち葉がぶわーってなるやつだろ? 何なら物憂げの要素もなくないか? 物憂げなのバトル・オータム(秋山)だけじゃん!


 だっさ! なんかもうネーミングが壊滅的にダサい!

 嫌だよ俺、こんな集団に属するの。


 ていうかいまさらっと流したけど、メンバー全員クラスメイトじゃねぇか!


「だからさー、冬木改めバトル・ウィンターにはさ、なんかもう氷柱つららとかで串刺しにするとかさ、ホッキョクグマを召喚して戦わせるとかさ、そういう猟奇的な感じっていうのかな、そういうのをお願いしたいんだよ」


 ちゃっかり改めてんじゃねぇ!!


 ていうかホッキョクグマに冬の要素を求めるな!

 だったらいっそホッキョクグマをスカウトしろ!


 駄目だ、話にならない。


 一体春田が俺の何を見てヒーローへとスカウトしたのかはわからないが、俺に務まるとは思えない。

 

 どうせこいつには何を言っても伝わらないだろう。

 そう思って俺は無言でやつから離れ、回れ右をしようとした――その時だった。


「春田、どうしたズン?」

  

 春田の学ランの胸ポケットから、桃色のもこもこの毛に包まれた猫顔の羊――いや、何を言っているのかわからないかもしれないが、もうそうとしか言えない生き物がひょこりと顔を出した。


「ああ、ズン坊。それがさ、冬木はちょっと乗り気じゃないみたいで、残念だけど……」


 と、手に持っていた銀色の折り畳み鏡を軽く振り、ちらりとこちらを見る。

 すると、その『ズン坊』と呼ばれた桃色の猫羊が春田の手からさっとそれを奪い取り、恐るべき跳躍力で俺の懐へと飛び込んできた。


「君からは強い冬の力を感じるズン! 一緒にヒーローやるズン!」


 なんてことを言いながら、まっすぐに俺を見つめる。

 うるうると潤んだその瞳は、まるで雨の日に捨てられている子猫のようである。


 ……こんなマスコットがいるとは、卑怯な。


 もふ、とそいつの背中に触れると、見た目は羊毛そっくりなのでゴワゴワしているかと思いきや、驚きの柔らかさである。くっそ、こんなもふもふ卑怯だぞ、春田。もしかして俺が無類のもふもふ好きってバレてるのか?!


 もっとそのもふもふをもふもふしたい衝動を抑え、その猫羊を春田の胸ポケットにねじ込むと、ふん、と鼻を鳴らしてドアへと向かった。


「頼む冬木、俺達にはお前の力が――」


 俺のその態度でNOだと思ったのだろう、春田の焦ったような声が背中に刺さる。しかし、これがその答えとばかりに、猫羊から奪い取った折り畳み鏡を見せつけると、春田は、クラスの一部から「可愛すぎてもはや反則級」と言われている胸キュンスマイルをこちらに向けてきた。もちろん俺に効果はないし、ここは男子校だ。


 とりあえず夏川や秋山が務まるのなら、俺にも出来るのだろう。

 さぁ、もう帰ろう。さっさと帰ってゲームしよう。


 そう思って教室を出、廊下を数歩進んだ時。


「――待って、冬木!」

「?」


 人気のない廊下を数歩進んだところで春田に呼び止められた。

 今度は何だ、面倒くさい、と思いつつも振り返る。


「おめでとう、ヒーロー!」


 何がおめでとうなのかは正直わからない。

 ヒーローに任命されることが、祝われるほどの名誉なのかもわからない。


 だけど――、


「一緒に地球を救おうな! 冬木!」


 ……まぁ、その響きはちょっとだけ来るものがある。

 俺が地球を救うとか。そりゃあちょっとは恰好良いさ。


 だから俺は、無言で小さく頷いて、また明日、とばかりにその鏡を振った。


 とりあえず、必殺技名は自分で考えよう。

 そう思いながら。





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