3周年のジンクス
くろまりも
3周年のジンクス
城の窓から祭りの準備を眺めながら、フェルナンは一つ溜息を吐いた。
僕が領主となって3周年。逆に言えば、父が死んでから3年が経ったということだ。
「フェルナン?そろそろ準備しないと遅くなるわよ?」
背後から幼馴染である少女が……いや、今日から僕の妻になる女性が声をかける。
今行くよと言ったが、彼女はすぐに僕が本調子じゃないことを察したようだ。心配そうに近寄ってくる。
「どうかしたの?」
「……父が死んだときのことを思い出していた」
父は病死ということになっているが、僕と彼女だけは真実を知っている。そのことが僕の心を蝕んでいるということも。
「あなたは悪くないわ」
彼女が僕の背中を抱きしめる。そのぬくもりを感じながら、僕は三年前のことを思い出した。
◆◆◆
金属同士がぶつかり合う甲高い音が鳴り、弾き飛ばされた剣が天高く舞った。
「ぐっ!?」
転がった拍子に小柄な騎士の兜が取れ、その下からまだ幼い子どもの顔が現れた。長時間剣を振り続けたせいだろう、少年の顔からは汗が溢れ、疲労の色が濃い。
「……ここまでだ。傷の手当てをしろ、フェルナン」
兜を外して精悍な顔を露わにする相手の騎士は、わずかな汗すら流していない。その顔立ちはどこか少年と似ており、二人が親子であることは容易に察せられた。
「ま、まだやれるっ!」
子ども特有の負けず嫌いを発揮して怒鳴るが、感情とは裏腹に、鎧の重さと疲労で立ち上がることすらできていない。フェルナンの父は子どもの戯言に付き合わず、背を向けて城の方へと戻っていく。
「ま、待て……」
「はいはい。剣の稽古は終わりで、手当の時間ねー」
それでもなお追いすがろうとする少年の手を、柔らかな手が包んで止める。
抗議しようとする彼を押し留め、薬師の少女は慣れた手つきでフェルナンの鎧を脱がしていき、塗り薬や包帯で治療をほどこしていく。
「くそっ!また一本も取れなかった」
「マリユスさまは武功を上げて平民から貴族になった、叩き上げの武人だもの。フェルナンが勝つには十年早いよ」
「……アラベル、十年なんて待てないよ。一本でも取れたら家督を譲るって話なんだ。僕は今すぐにでも親父に勝ちたい」
「そういう子どもっぽいこと言っているうちは無理だと思うなー」
くすくす笑うアラベルを見て、フェルナンはむっとした顔になる。
アラベルはフェルナンより3つ年上で、彼が6歳の時からこの城で働いている。年が近いこともあり、気の置けない仲だ。そのため、彼女はフェルナンを弟のように扱うが、フェルナンの思いは違った。
「……なぁ、アラベル。僕が親父に勝って、爵位を継いだら――」
「んー?」
「……なんでもない!」
小首を傾げるアラベルに、フェルナンは言いかけた言葉を飲み込んで、顔を赤くしながらそっぽを向く。
貴族と平民の結婚など、父は許してくれないだろう。だが、領主になることができれば、それを叶えることができる。だからこそ、父から一本を取り、家督を継ぎたいと思っているのだ。
そんな気持ちに気づいている様子がまったくない想い人を見て、フェルナンは安心したような落胆したような複雑な表情を浮かべるのであった。
◆◆◆
夜、城を徘徊していると、居間から灯りが漏れているのを発見した。こっそりと覗いてみると、そこには外套を纏って肖像画を見上げる父の姿があった。
「フェルナンか。もう遅いから、早く眠れ」
命令口調だったが、言われたとおりにするのが癪だったため、フェルナンは居間に入って、父と同じように肖像画を見上げる。そこには、3年前に亡くなった母が描かれていた。
「母さんを見てたのか?」
「あぁ、少し昔を思い出してな」
と言って、マリユスは咳をする。センチメンタルな感傷に耽る父を見て、昔と比べて小さくなったなとフェルナンは思った。
父は優秀な軍人だったが、彼にはそれしかなかった。戦争が終わり、領地管理に専念するようになってからめっきり老け込んだように見える。妻に先立たれてからは、体調を崩すことも多くなった。
「フェルナン、おまえ、アラベルに懸想しているな?」
親子揃って肖像画を見上げていると、マリユスがポツリと言った。誰にも言っていない胸の内を言い当てられ、少年の心臓が跳ねる。
「悪いことは言わん。結婚するのは貴族相手にしろ。使用人は愛人程度にしておけ」
不意打ちに動揺して声を詰まらせたが、続く言葉にかっとなる。
「あんただって元平民で、母さんとの間に僕ができたから貴族になれただけだろうが!」
「…………」
己の弱点を突かれ、マリユスは顔を歪める。これは彼のもっとも嫌う話題だった。
戦場での武功により貴族になった……というのは建前で、酔った勢いで貴族娘とねんごろになり、子どもができてしまったというのが真実。醜聞を嫌った貴族が真実をもみ消したのだ。
「それだけじゃない。あんたにはすでに妻がいて、その人を殺したんだって?」
「っ!?どうしてそれを……」
この話を知るのはごく一部の人間。息子がそれを知っていたことに、マリユスは激しい動揺を見せた。
フェルナンはその話を人づてに知った。今まで半信半疑であったが、マリユスの反応から事実だと察し、深い軽蔑の目を向ける。
「……母さんは嫉妬深い人だったんだ。私にすでに妻がいることがバレた途端、彼女を殺さなければ爵位を剥奪してやると言ってきたんだ」
「ふざけんな!自業自得じゃないか!母さんのせいにするな!」
「生まれながらの貴族であるおまえにはわからん。平民として生まれ、貴族を見上げて生きてきた者の気持ちはな」
少し興奮して、体調が崩れたようだ。マリユスは何度か大きく咳をすると、そのまま居間から出ていった。しかし、フェルナンの目にはそれが逃げたように映った。
イライラしながら少年は椅子に座って頬杖を突く。しばらくやり場のない怒りに翻弄されていたフェルナンだったが、約束を思い出して慌てて立ち上がる。
今夜はアラベルの部屋を訪ねることになっていた。昂る気持ちを抑えるために、約束の時間まで時間を潰していたところだったのだ。
この苛立ちは、アラベルに癒してもらおう。
そう考えて、彼女が住んでいる離れ小屋に向かう。小屋の灯りが見えたところで頬がほころんだが、小屋から少女の悲鳴が聞こえて駆け出した。
蹴り開けるようにして、少年は小屋の中に飛び込む。室内に入った彼の目に飛び込んできたのは、血に濡れた剣を持った父と、壁を背にして倒れる血塗れのアラベルの姿だった。
……その後のことは、無我夢中でよく覚えていない。
ただ、気づけば、目の前には父の死体が転がっており、自分の手には赤く染まった剣が握られていた。
◆◆◆
「金をやろう。荷物をまとめて出ていき、二度と息子の前に現れるな」
話があると尋ねてきたマリユスは、開口一番にそんな言葉を放った。
「えっと、話が見えないので、お茶でも飲みながら聞かせてもらえませんか?」
なんとなく予想はついていたが、マリユスの話はあまりにも予想通り過ぎて欠伸が出そうなほどだった。早い話、息子を誘惑するなということだ。
「……わかりました」
溜息が出そうなほど落胆すると同時に喜びがこみ上げる。彼は私が思っていた通りの人物だ。だから、ためらう必要はない。
「貴族の地位の為に平民を殺す。あなたは昔から変わりませんね」
「……なに?」
「わからないんですか?抱き上げてもらったこともあったのに。……ねぇ、
マリウスは驚き立ち上がるが、すぐに体勢を崩して倒れそうになる。
出したお茶に毒を含ませておいたのだ。死ぬか死なないかギリギリの見極めが難しいが、普段から少しずつ毒を与えて身体を弱らせておいたので調整できた。
「奥さんと同じ毒で死ねるのですから本望でしょう?これでも気を遣ってあげたんです」
「なぜ……」
「なぜ?逆に聞きますけど、母親を殺された娘が恨みを抱かないとなぜ思ったんですか?罪悪感で娘だけ見逃したことで、自分は見逃されるとでも?」
血のつながっている父だ。迷いがなかったかと思えば嘘になる。だが、6年間そばにいながら自分に気づかなかったことが彼女の心を氷に変えた。
アラベルは隠しておいた2本の剣を取り出した。それを見たマリユスに緊張が走る。
彼女はそんな彼の反応を楽しみながら、1本を戸口に立てかけ、もう1本の切っ先を自分自身へと向けた。彼女の行動が理解できず、マリユスは訝しげな顔になる。
そんな父に、アラベルは穏やかな笑みを浮かべた。
「あなたは、あなたが一番苦しむ方法で殺してあげる」
アラベルは窓の隙間から外を確認すると、自分に刃を突き立てた。焼けるような痛みと噴水のような血が流れるが、医学に精通する彼女はそれが致命傷にならないとわかっている。それが終わると、マリユスの足元に剣を投げた。
状況を理解できないままに、マリユスは反射的に剣を拾った。痛みで意識をやりそうになりながらも笑みを浮かべたアラベルはあらん限りの力で悲鳴を上げた。
◆◆◆
3周年。私は何かと3年という周期に因縁がある。
私が生まれた3年後に
私は復讐のため、自然死に見えるように少しずつ毒を盛り、フェルナンの母を毒殺した。計算したわけではないが、彼女が死んだも3年後だった。さらに、マリユスを殺す絶好の機会が巡ってきたのもやはり3年後だった。
だから私は、マリユスを殺した3年後である今日も何かが起こると思っている。
最近体調を崩し始め、咳をする弟の背を撫でながらにっこり笑う。
「体調が悪そうね。いつもどおり、お薬を処方してあげる」
3周年のジンクス くろまりも @kuromarimo459
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