終章

 あのとき、一人で乗ったロープウェイから見る車窓と、今、こうして北上さんと乗って見ている車窓は、違って見えた。薄暗い車内で、人肌の温もり感じながら見る景色はワクワクさせるもので。

「わあ、凄い、全然音しないし景色いいね」

 終電近いロープウェイは、あまり人も乗っていなく、四方向全部の窓から景色を眺めることができた。

「うん。でも、まだまだここからここから」

 山の斜面を登っているから、まだ見える夜景はほんの一部。欠けた景色が、これから見えるであろう景色が、ロープウェイに揺られる僕と北上さんを高揚させる。

 なんで北上さんもまでわかるのかって言われると。

 ……握る手が、さっきよりも強くなっているから。

 ふと目線を彼女の方に移すと、少し頬を紅潮させた北上さんと目が合った。

 それは、きっと寒さや、雪のせいではなく。

 僕のせいだと、思ってもいいのかな。


 ロープウェイを降りると、流れるように今度はケーブルカーに乗り換える。中腹駅には色々買い物ができたり、展望台で使えるカップル御用達の愛の南京錠なんてものも売っているらしい。

 まあ、買う時間もないし恥ずかしいから買わないけど。

 ……でも、北上さんこういうの好きそうだしな……。

 彼女が南京錠の存在に気づかないよう、少しだけ早足で移動し、乗り換えを済ました。

「なんかこのケーブルカー面白いね」

 二両編成のケーブルカーに乗り込みながら、北上さんはそんなことを呟く。

 確かに、乗降口の高さが一両目と二両目で違うこのケーブルカーは、初めて見る人にとっては面白い形をしているかもしれない。僕は三度目で見慣れてしまったっていうのもある。

「あと少しだね、展望台」

 やはりここでも乗車率はまばらな車内で、そう言いだす彼女。

「うん、あと少し。ケーブルカーは一瞬で展望台に着くから。あっと言う間だよ」

「そうなの?」

「うん、ほんとすぐ」

「へぇ、そっかぁ」

 なんてことを話しているうちに、もう山頂駅に着いてしまった。

「はやっ」

「でしょ?」

 なんで僕が得意げになっているかは知らないけど、僕等は藻岩山の山頂駅に無事到着した。

「って寒い! やっぱり山の上だからかな」

 降りて早々、身体を縮こまらせる北上さん。

「ま、まあ地上より二・三度気温低いってあったからね……」

 言っている僕もさすがにこれは寒い。

「と、とりあえず施設内入ろう?」

「うん」

 施設の中に足を踏み入れる。昔と変わらず、一階は改札階で、簡単な案内板があるだけ。これから麓に戻るという人たちが列をなしていた。階段を上り二階に入るともう営業は終わっているけどレストランとプラネタリウムが目に入る。もう少し早くここに来れば、レストランのご飯を食べたり、プラネタリウムを楽しんだりとできたのだけど、時間が時間だから仕方ない。

 もう一つフロアを上がると、ようやくそこは展望台。

 自動ドアをくぐって外に出ると――

「わぁ……凄い……!」

 光の海が、僕と北上さんを出迎えてくれた。

 北上さんは夜景を見つけた途端、子供のように走り出し、近くに見に行こうとする。

「あっ、走ると滑るよ――」

 僕がそう声を掛けようとしたとき。

 ズデンと、彼女はまた転んでいた。

「いてて……また滑っちゃった」

「大丈夫……?」

「うん、平気」

「なら、よかった……」

「ねえ、綺麗だね、夜景」

 相変わらず繋いだままの手を、少し意識しつつその言葉を聞く。

 前に来たときは、何とも思えなかった景色が、今は色が点いたかのように綺麗に見える。

 逃げ出したあのとき、一人で眺めた夜景は、ただただ切なかった。

 今見える数々の色のライトも、揺れ動く車のライトも、何もかも。

「ね、峻哉君――」

 僕にまた何か話しかけようとした彼女が、口を止めた。

 その嬉しそうな、子供みたいな笑顔から一変。

 北上さんは、僕を温かく包み込むような柔らかい笑顔を向け、言った。

「……前と、違って見える?」

 いつの間にか尾を引き始めた光を見つめながら、僕はゆっくり頷いた。

「……うん」

「もう、泣かないでよ、折角のデートなんだから」

「ごめん……」

「そんなに綺麗に見えた? 前とは比べ物にならないくらい?」

「うん……」

「そっか……」

 そして、北上さんは僕の頭を胸元で抱きかかえ、よしよしと頭を撫で始めた。

 え……。

 後頭部に突然感じられる北上さんの胸の感触。そして優しく撫でられることによる気持ちよさ。

「よしよし……」

 そう呟く彼女は、とても温かくて。

 ああ、きっとこれが。

 これが僕が欲しかったものなんだ、と。

 涙で歪む札幌の夜景を見ながら思った。


 泣きに泣きまくった山頂から帰ること数時間。僕等は北上さんの家の最寄り駅から歩いて帰っていた。

 すれ違う人もほぼいない、深夜の街。車もほとんど通らず、辺りにあるのは街灯だけ。

「もう、あんなに泣くなんて思ってなかったよ」

 ちょうど二人並んで歩けるくらいの幅が残った歩道を歩きながら、そう話す。

「ご、ごめん」

「終電の時間を伝えに来てくれたスタッフの人も驚いていたよ。『何かありましたか?』って」

「うう……」

 不意に、北上さんがスマホを見つめ、あれと、立ち止まる。

「……ねえ、峻哉」

「何?」

「……今、土曜日だけど、大丈夫?」

「え?」

 僕も腕時計に目をやり、時間を確認する。

 零時一分。

「……僕、ちゃんと覚えているよ? 今日、というかクリスマスのこと」

 別に「土曜日の僕」の存在が嫌だったわけではない。いてもいいんじゃないかとも思っていた。

 でも。

「……ちゃんと、覚えている」

 きっとこれが、君と僕と、僕が見つけた土曜日なのかな、なんてことを思った雪が降る夜だったんだ。

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君と僕と、僕が見つけた土曜日 白石 幸知 @shiroishi_tomo

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