勇者になれと言われたから山に籠もる事にした。
西藤有染
第1話
夢で知らないおっさんに「お前は選ばれた。勇者よ、この世界を救え」と言われた。いくら農業に飽き飽きしているとは言え、勇者に憧れると言うのは我ながら突拍子が無さ過ぎるのではないだろうか。たかが小作農が勇者になるなんて身の程知らずにも程がある。所詮は夢だと特に気にも止めずにいたら、一ヶ月程経った頃に国王の使者に突如連行された。王城へと連れて行かれると、出会い頭国王に叱られた。
「勇者の神託、下ってたよね? それから一ヶ月何もしてないどころか、神の御言葉を信じて無かったってどういうこと? 何、信心親の腹の中に置いてきたの? 神罰怖くないの? ん?」
いや、夢の中での出来事を信じる方がおかしいし、あのおっさんを初見で神だと断定出来るのはある種の狂信者だけだと思う。ただの農民には、突然自分に神託が下るとか勇者になるとか考えられないだろう。それに、下るかどうかも分からない神罰よりも今怒ってる国王の方が怖いし、収穫が無い時のカミさんの方がもっと怖い。そんな事を言ったら反逆罪で最悪首を刎ねられるかもしれないから表向きは何も言わないが。
「……まあいい。勇者よ、魔物の王たる魔王を倒し、この世界を救うのだ。世界の命運はお前に架かっている」
……え? 世界の命運? 勇者ってそんな大任を背負ってるの? いや、無理でしょ。小さい魔物一体ですら、村の大人が数人掛かりで怪我人を出して漸く追い払うのがやっとなのに、それを統べる王とか倒せる訳が無いだろう。
「王様。今の私には勇者に見合うだけの実力が有りません。どうか、鍛錬を積む時間を戴けないでしょうか」
「いいだろう」
「ありがとうございます。では、私は山に籠もらせて頂きます」
「……何故山に籠もる?」
「訓練と言えば、山籠りでしょう?」
「……まあいい。神託に拠れば魔王が本格的に動き出すまで3年は猶予があるそうだ。勇者よ、それまでに魔王を打倒出来るだけの力を身に付けて来るのだぞ」
「わかりました。3年後、力を付けてここに戻って参りましょう」
●
それから3年が経った。実にあっという間に過ぎ去った。この間、一体何をしていたのかというと。
何もしていない。
そう、何もしていないのだ。最初に、カミさんからガミガミ言われながら、クタクタになるまで働かされる農業生活から解放された喜びの余り、ダラダラし過ぎていたのがいけなかった。そのまま怠け癖が付き、特に訓練もせず、気ままに採集やら狩猟をしている内に、気付けば3年が経っていた。当然、勇者という称号に見合うだけの力は一つも身に付いていない。余りに怠け過ぎていたので、神も呆れて別の人に勇者の神託を与えているのではないだろうか。というか、そもそも世界なんて滅びないのではないだろうか。様子を確認する為にも、久し振りに山から下りる事にしよう。
●
3年振りに人里に出ると、その変わり様に酷く驚いた。田畑は荒れ、木々は枯れ、空は重く垂れ込んでいて、正に世界の滅亡が差し迫っていると言った様子だった。そんな絶望的な状況にも関わらず、何故か人々は宴会を開いていた。追い詰められて自棄になったのかと思いきや、そうでは無かった。
「ねえパパ、今日は勇者記念日なんだよね?」
「そうだぞ、勇者様が国王に名乗りを上げた日だ」
「でも、勇者様の話、聞いたことないよ?」
「それはな、勇者様は今特訓しているんだ」
「特訓?」
「ああ、そうだ。王様の話では、勇者様はただでさえ強いのに、確実に魔王を倒せる様に山で特訓しているんだそうだ。そして、勇者記念日3年目の今日、勇者様は山から下りてくるらしい」
「勇者様は悪い魔物を倒せるくらい強いの?」
「ああ、物凄く強いぞ!」
人々の希望の星となる。勇者になるという事は、そういう事だったのだ。周りの事を何も考えず、自堕落に生きてきたここ3年の自分を殴ってやりたい。過去の自分は過ぎ去ってしまったので、自らを殴るなんて真似は決してしないが。その代わり、これからは彼らの期待に恥じない「勇者」となるので、許して欲しい。始めるのに遅すぎる事なんて無い。今から、1から少しずつ強くなっていこう。ここからが勇者の冒険の始まりだ。
勇者になれと言われたから山に籠もる事にした。 西藤有染 @Argentina_saito
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます