ザ・サード・アニバーサリィ・マン

雅島貢@107kg

三周年の男

 夜景の見える高級レストランで、食事をしている男女のカップルがいる。男が言う。

「付き合って3日目、3週間、3ヶ月、そうして3年。このあたりに別れのターニングポイントがあるって言うでしょう。そんなにあるのおかしくない? それってそもそも人間が人間と交際するという現象自体に欠陥があるのでは? って思うんだよね」

「なるほどね」

 女は短く答えて、グラスを傾ける。

「そんな中さ、付き合って3周年の記念日を迎えられたことは、とても素晴らしいことだと思うんだよ」

「たしかにね」

 女は短く答えて、グラスを傾ける。

「だからさ、これからも、次の3周年も、いや、もっと先も、僕は君と一緒に居たいと思うんだよ」

「そうなのね」

 女は短く答えて、ウェイターを呼び、新しいワインについて相談をする。


「そりゃあ確かに、僕たちは結婚こそしていないけれど……でも、ほとんど結婚しているも同然じゃあないか。同じ家で、ずっと一緒に暮らしている。僕は掃除だって料理だって、どんな人間よりもうまくやってると思うよ。それに、僕たちは一度だって喧嘩をしたこともないだろう? 絶対に約束するよ。これからも、ずっとそれは変わらない」

「それはそうね」

 女は短く答えて、新しいグラスを傾けはじめる。

「だろう? 僕は君が他の誰と付き合ったって気にしないよ。最後に僕のところに帰って来てくれさえすれば、それでいいんだ。なんなら、他の男を連れて来たっていい。もちろん、僕が一番であって欲しいけれど」

「寛大なのね」

 女は短く答えて、グラスを傾ける。

「そりゃあそうさ。寛大さにかけては、僕の右に出る人間はいないと思うよ。君のどんなワガママだって、要求だって、僕は全て受け入れられる。そういう風にできているんだ」

「本当にね」

 女は短く答えて、少しだけ溜息をつく。そして、男に尋ねる。


「それで終わり?」

「いや、君が望むなら、僕はいくらだって」

「別に望まないわ」

 ぴしゃりと女は言い、グラスを傾ける。

「分かったよ。それじゃあ、もっと具体的な話をするね。今月の末までは、一緒にいてもいいかな?」

「いいえ」

「そう。それでも料金は変わらないよ。いいの?」

「構わないわ」

「分かった。それでは……そのようにします。引き続き、最終の確認を行いますが、よろしいですか?」

「何回最終があるのかしら。いいわよ、どうぞ」

「本契約の解除をもって、お客様との日々の記録、交際データ、及び月々の割引サービスの情報は、個人情報保護の観点から全て破棄され、仮に再契約する場合でも復元することはできません。ご注意ください。バックアップはお済みですか?」

「問題ないわ」

「ご参考までに伺いますが、次に契約される方は決定しておりますか?」

「言う必要はないわ。MAPもいらないわよ」

 女は薄く笑って答える。

「……分かりました。これまでのご愛顧、ありがとうございました。SBアンドロイドサービスでは、新機種の開発も続けており、現在ご契約の機種のアップグレードも可能です。長くご契約頂いたお客様には、特別価格でのアップグレードも承っております。新機種の情報をお話ししてもよろしいですか?」

「いいえ、不要よ」

「かしこまりました。それでは、データを全て消去致します。この操作は元に戻せません。よろしいですね?」

「さっきも確認したじゃあない。問題ないって言ったと思うけど」

「大変失礼致しました。データを削除致します」

 男から表情と動きが完全に消え去って、まるで時が停まったかのようだ。女はまた薄く溜息をつき、ウェイターを呼んで、ワインとデザートを注文する。ウェイターは言う。

「お客様。差し出がましいようですが、解約処理にはある程度時間がかかります。もしお望みでしたら、処理が終わり次第連絡致しますが?」

「迷惑かけてごめんなさいね。一応三年付き合った男だからね。最後まで見届けたいんだけど、席が空かないと困るかしら?」

「いえいえ、そのようなことは。大変失礼致しました。ごゆっくり、その……お過ごしください」


 しばらく女は男を見つめて過ごし、そして男は時間を取り戻す。

「これまでのご契約ありがとうございました。何か、私どもに不満がありましたら、今後のサービス改善のためにお申し付けください」

 女はようやく終わったかという表情で、グラスを干して、言う。


「三年縛りは、ちょっと長すぎるんじゃあないかしらね」

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