戦士牧田の憂鬱

新巻へもん

休暇中になんてこった

 民間軍事会社PMCに勤める牧田は命の洗濯に東京を訪れていた。身に染みた硝煙と血の匂いを消すための長期休暇。久々に訪れた東京は平和で騒々しく牧田にとってみれば寧ろ現実離れをしている。それでも、気の置けない友と美味い食い物はささくれ立った牧田の神経を鎮めてくれた。


 そんな休暇中の牧田をトラブルが見舞う。苦虫を噛み潰した渋い顔をする牧田に同僚のディックが読んでいたコミックから顔を上げて声をかける。

「なあ、この漫画面白いんだが、登場人物の顔の交差点のアイコンは何なんだ?」

 

 ディックは日本語がある程度読み書きできる。アメコミとは違った日本の漫画が気に入ったようで暇さえあれば読んでいた。

「それは怒りを表す記号だ」

「なるほどな。そういや、マイク、あんたのこめかみにもそのマークが浮かんでないかい?」


 ディックはマキタが発音しにくいのか、牧田のことをマイクと呼ぶ。牧田よりは小柄で飄々とした奴だが、背後を任せるのにこれほど安心できる相手はいない。

「まあ、気持ちは分からんでもないし、できれば代わってやりたいが、こればかりはな。あんたが自分で解決するしかないだろうね」


「分かっているさ」

「だったら、早くした方がいい。時の経過は増々あんたを追い詰めるぜ」

 牧田は一つ大きな息をすると電話を掛けた。出かけようとする牧田にソファに寝転んだディックが片目をつぶって声をかける。

「グッドラック」

 牧田は黙って手を挙げると部屋を出て行った。


 牧田がたどり着いたのは、東京のどこにでもあるようなビル。その3階にエレベーターで上がる。廊下を進み、一つのドアを開けて中に入り声をかけた。少し待たされたが、小部屋の一つに案内される。


 小部屋にはアームの付いた寝椅子がぽつんと置いてある。アームの先端にはトレイがあり、いくつかの禍々しい器具が鈍い光を放っていた。壁は一面の白で牧田に迫ってくるようだ。壁沿いの籠に革ジャンを脱いで放り込む。覚悟を決めて寝椅子に横たわった牧田にマスクで表情を隠した冷たい目をした女が言う。


「サングラスをお預かりします」

 言われるままサングラスを取り渡すと部屋の明るさが目に染みた。牧田を見下ろす女が牧田の胸に布を置き、別の布で目を覆う。牧田は背中に脂汗が浮き出るのを感じる。体が恐怖にすくんだ。


 右足の足首に固定してあるアンクルホルスターにはコンバットナイフが納めてあった。しかし、今の牧田にとってみれば、それはバグダットの裏通りに置いてあるに等しい。


 衣擦れの音がして、もう一人加わったのを感じた。低い嗄れ声が牧田に宣告する。

「それでは始めましょう」


 牧田に圧縮空気が吹き付けられ、その痛みに目じりに涙が浮かぶ。低い回転音を響かせるドリルが牧田の一部を削り取り、バキュームが牧田の体液を吸い上げる。牧田はバイオフィードバックを応用した精神コントロール技術を発揮し自らを昏睡状態に置いた。


 あらかじめ仕込んでおいたキーワードが牧田を覚醒状態に導く。

「牧田さん。終わりましたよ」

 牧田の神経は体の隅々を走査し、どこにも異常が無いことを、そして、この3日間というもの牧田を悩ましていたものが除去されたことを脳に報告する。


 女の声が響いた。

「それじゃ、体を起こしますよ~。よく口をゆすいでくださいね。それから、歯が痛くなった時は我慢をせず、すぐに受診してください」


 牧田は重々しく頷く。爽快な気分だった。

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戦士牧田の憂鬱 新巻へもん @shakesama

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