暴君はもうお目覚めだよ

暴君はもうお目覚めだよ

また来た！

私は努めて身体の力を抜こうとするが、強い痛みにどうしても力んでしまう。

力が入るとお産が遅れると言われたのに。

「大丈夫だから・・・」

膨れ上がったお腹に呼びかける。

それに応えるかのように、ぽん、と反応があった。

場所的に足かな。

予定日を超過したため、入院の上陣痛促進剤を打っての出産となった。

陣痛はなぜか、初めから産まれる直前並みの2分間隔でやってきていて、体力を根こそぎ奪って行く。

稀にあるケースらしい。

指導された呼吸法を試すが、子どもはちっとも産まれやしないままだ。

でも今の私はその呼吸法にすがるしかないのだ。

痛みをやり過ごす方法など、他に知らない。

ようやく治った陣痛に、1人ベッドの上で涙が溢れた。

無理だとわかっているが、陣痛の間で一度時間を止めて、せめて、5分でいいから休ませてほしい。

本当に、死にそうだ。

頼むからどれだけ耐えたら産まれるのか、誰か教えて欲しい。

・・・いや、やめておく。まだ今までの倍以上だと言われたら心が折れる。

窓の外は荒れているようだ。

満月や新月、低気圧が来ているときは産まれやすいと聞いた事がある。

我が子は今日産まれてくれるのだろうか。

時間が過ぎるのが遅すぎる。

時計を見れば見るほど辛くなるので置き時計はこちらに背中を向けさせた。

こんなに長い夜は初めてだ。

また来た！

痛みとともに不安が襲いかかる。

この子は産まれてきたくないのかとか、自分の体力が持つのかとか・・・

最後は帝王切開だからと聞いていたが、それもそれで怖い。

生まれてこの方健康だけが取り柄で、手術なんてしたことがないのだ。

「大丈夫、大丈夫だから・・・」

お腹をさすって、自分に言い聞かせる。

不安に思っても何一つ解決しないし、進むようにしか進まない。

それはよく分かっていた。

でも、それでもやはり怖くて、涙が溢れる。

痛みに挫けそうだ。

収まった陣痛に時計を裏返して確認してみる。

これだけ耐えたのに、まだ5分も経っていない。

絶望的だ。

陣痛中はお腹の子の方が母親よりも苦しいのだと聞いた事がある。

早く出させてあげられない自分の身体が悪いのか、それともお腹の子がただののんびりさんなのか。

どちらでもいいから、とにかく無事に出てきてくれとベッドの柵を握る。

それからできることなら、一刻も早く、出てきてくれ・・・と。

また来た！

あまりの痛みに呼吸ができない、だめだ、死んじゃう！！！

お腹にどすどすと激しく踏みつけられるような衝撃が走る。

やめて、やめて、死んじゃう！！！

無我夢中で飛び起きると、掛け布団の上にぽすんと息子が転がった。

きゃっきゃと喜ぶ様子に、我に帰り、布団の上に落ちて良かったと苦笑を浮かべる。

こちょこちょをしてやれば、うきゃーと暴れる我が暴君。

彼が私の腹や胸によじ登っていたから、あの日の夢でも見たのだろう。

ちなみに彼の頭が若草色なのは、私のパンツを被っているからだ。

・・・おいどこからもってきた。

さらに言えばここは寝室であるのに、ザルやリビングのテレビのリモコン、歯ブラシなどがばら撒かれていて、思わず頭を抱える。

息子より少し遅くまで寝ていたらこの有様だ。

悪戯盛りで本当に手がかかる。

そんな暴君は私のメガネを片手に、どたどたと走り去っていった。

朝から元気なのはいいことだが・・・おいちょっとまて、私のメガネをどこに持っていくんだ。

ため息をついて起き上がり、ボサボサ頭を掻く。

こんな朝が来るなんて、あの夜は考えもしなかったな、と。

結局あの夜を越え、1年前の今日、息子は無事に産まれた。

明けない夜はない、なんて誰が言い始めた言葉か知らないけれど、本当にその通りだ。

ひどい夜泣きの夜も、私が高熱を出した夜も、息子に怪我をさせてしまって子育てに自信を無くして泣き通した夜も、永遠に感じたけれど、必ず朝は来た。

「暴君よ、誕生日おめでとう。」

そして私も、母親歴１年おめでとう、だ。

素敵な朝だな、去年と同じで朝日が眩しいや、しかも今ちょうど息子が生まれた時間じゃないか・・・なんだよ暴君、起こしに来てくれたのか、などとちょっと涙腺が緩みかける。

だが彼が歓声と共に鍋を打ち鳴らす音がして、思わず吹き出した。

今日も騒がしい一日になりそうだ。

私はよっこらしょと寝床から起き上がり、歯ブラシとザルを拾い上げる。

そしてふと、あの鍋を打ち鳴らすかちゃかちゃという音に思い当たり、

「だめっ！！！

返してっ！！！」

真っ青になってキッチンにすっ飛んでいった。