目が覚めたらきみの顔

肥前ロンズ

おやすみなさい、愛しい人

 僕の嫌いなものは、朝の自分だな。

 鏡を見ると頬のラインがぼてっとして、瞼が落ちて、なんだか情けない子どもの顔をしているんだ。髭そらないといけないしね。

 朝は面白くて、やりきれなくて、白々しくて、いじわる、なんて、様々な感情を冒頭からぶつけてきた小説あったよね。そう、『女生徒』。太宰なんてあの作品しか読んでないけど。でも、とても気持ちがわかるんだ。僕、男だけど。


 授業中にうっかり寝てさ、叩き起こされるときも、どーして起きないといけないんだろうって、逆ギレしてたよ。これだけ幸せな気持ちになれて、なんで起きないといけないのかなって。そう不満に思う心が、朝の顔に全部出るのかもしれないな。


 隣で眠るきみも、寝起きはいつもひどいよ。自覚ないだろうけど、起きる時とてもしかめっ面している。だけど寝顔は、天使みたいな顔だから、ずるい。多分僕なんか、よだれたらしてだらしない顔して寝てるんだろうなあ、と思うと、その鼻をつまみたくなる。しないけどね。




 ……だって僕は、普通の男だもの。顔はとりあえず、目が二つあって、鼻と口が一つずつある、ぐらいでしょ? 童顔だとは言われるけど、カッコイイとは言われないし。身長も体格も平均的で、成績も数学がほんの少し得意なだけ。今だって身体を動かすことは好きだけど、膝を痛めてしまったから、部活はそれっきりだ。今でも雨の日とか痛む。よく、きみに心配させてしまうね。気にしないでってカッコつけるけど、ホントは嬉しいんだ。ごめんね、同情引くような真似して。


 以上を持ちまして、性格も、そんなに優しくもない。きみは僕を聖人みたいに評価するけどさ。きみの嫌がることはしたくないって思うのに、無性にちょっかいかけたくなるんだ。小学生男児か、って自分で呆れてしまう。でもきみも割とそういうところあるよね? 引き分けってことで。きみはよく「まめだ」って言うけど、きみの前ぐらいだよ。ごはん作るのも掃除するのも。自分のために生きてるなら、どれも適当だ。結構面倒くさがりだよ、僕。


 こういう男なのに、きみはよく手放しで褒めてくれる。どうしてかな? きみみたいに素敵な人に、釣り合っているなんて思えないや。




 そういう僕は、きみのなにが好きなのかって?

 それ喋ると序章、ってつけちゃうけどいい? あ、眠いから簡潔に? わかったよ。



 そうだなあ。……あ、きみの横顔が好きだ。特に読書している時、眼鏡の奥にある瞳が好き。宝石のよう、って言っても、僕に宝石の価値はよくわかんないから、ピンとこない。宝石って冷たいイメージがあるのは、僕だけかな。でも、木漏れ日の中で読んでいると、なんだか本当に、絵画の中にいる人に見える。印象派ってやつ。そう言ったら、「宝石はわからないのに、絵はわかるの」って笑ってくれたよね。まるで子どもをあしらうようにさ。失礼な。拗ねてみたかったけど、無理だ。訂正、やっぱりきみは、笑っている顔のほうが好きだ。それも、本じゃなくて、僕の方を見ているのが嬉しい。


 きみは美人だと思う。思うっていうのは、僕の主観的価値ではなくて、一般的な価値としてってこと。でもそれは、僕にとって重要じゃない。きみは作品じゃないから、全ての人に認められなくていい。僕は、どんなきみでもいいんだ。社会で生きるって、僕だけの考えや想いじゃだめなのかもしれないけど。いつも肩肘張って、隙なく生きようとする姿が、見ていて悲しくなる。自分の力で生きてやるって姿勢はとても好きなのに、そこに生じる不安や孤独は、きっと僕には理解できない。きみが持つ素晴らしいものへの嫉妬や悪意から、守ることが出来ない。全部守りたいのに、きみなんでもできるから、その前に僕が守られている。ふがいない。



 きみはよく、自分が冷血で、血も涙もない、みたいに自己評価するけど。全然そんなことないよ。きみはすごくやさしい。特に小さい子と一緒にいるのを見ると、写真に収めたくなる。本当に優しい顔をしているんだよ。きみは気づいてないだろうけど。あとお年寄りにも優しいよね。特にパソコンの操作教えてるときとか。皆顔が若返って聞くから、見ている僕も嬉しくなるよ。


 つっけんどんな言い方も好きだ。結構、発言してからすぐ、きみは後悔するけど、そこまで気にしてないよ。たまにぐさってくるけどね。……嘘嘘、大丈夫だから! 図星なだけだし。いつもきみが正直に言ってくれるから、たまに来る褒め言葉を素直に受け止められる……え、人の長所口に出さない自分が嫌? 情け無用?


 えええ……。

 きみ、割と面倒くさいよね……。潔癖すぎて、ちょっとどうかって思う時あるよ。もう少し力抜こう? ね?




 たまに思う。きみの心には、少女がいるんだなって。

 僕が、『女生徒』の主人公の気持ちがわかるように、多分老若男女関係なくそういう部分があるんじゃないかな。ほら、男にだって女性ホルモンあるでしょ? そんな感じ……いや、自分で言っててなんか違う気がしてきた。笑わないでよ。僕はきみみたいに、博識でもボキャブラリーが豊富でもないんだ。え、もう一度ボキャブラリーって言え? ……別に、噛んでないよね?……だから、笑わないでよって言ってんじゃんか! もー!



 だから、きみは信じないかもしれないけど、僕にはとても無垢で、優しくて、清らかに見えるんだ。

 だからそれが、とても、心配になる時がある。もっと汚くていいよ、もっと自分に優しくしてって、言いたくなる。ごめん、自分勝手だよね。そういう綺麗な君が好きなのに、その綺麗さがいつきみを連れてってしまうか不安になるんだ。この世界で、きみはとても生きづらいだろうなって。



 寝ているのが幸せなのは、意識を手放すからで。

 それと同じで、繊細で敏感なきみは、意識があるのが苦痛なんじゃないかって。

 だからこのまま、意識がない方がきみにとっていいことなのかもしれない、って、考えが過る度に、嫌だなって思う。きみが生きている方がいい。生きて、話をして、一緒に何かできる方がいい。そう思うと、眠るのも嫌になる。目を閉じて、起きたら、きみはいなくなるんじゃないかって。あれだけ寝るのが好きだったのにさ。

 どこにも置いて行かない? 嬉しいけど、それできみが我慢するのは嫌だから。仕事で遠くに行くときはそっちを選んでね。……は、「寂しくないんだ」? 自分がいなくても僕は平気なんだって……なんでそうなるのかな⁉ そもそも、いなくても平気なのはきみだろ。僕がいなくたって、きみは何でもできる……。


 ……あ、でも、起きられなくなるのは確かだね。朝ごはんもきっと食べなくなるだろうし。やっぱりだめだ、んなことになったらきみ、遅刻常習犯だよ。仕事で遠い場所に行くときは僕も一緒に引っ越します。そうしましょう、そうしましょう。

 だからそんな顔しないでください。ごめんって。



 心細くなった? じゃあ手を握ってあげる。ほら、かして。

 ……えいッ。イタッ!

 ちょっとつねらないでよ! 痛いじゃん! え、「こっちの方が痛いわ!」? それはね、身体が悪い証拠だよ。この親指の付け根はね、頭痛とか肩こりとかに効くんだって。ずーっと画面の前で睨みっこしてるせいじゃない? あと小指の爪の横とか……だからつねらないでよ! ここイライラに効くんだってさ! イライラしないよーにほぐしとこーね!



 ……わかったよ、もうしないって。でも手を握るのはいい?

 きみの手は、すべすべしてて気持ちいいね。……いやらしい? ええー、じゃあ、なんて言えばいいのさ。さらさら? 「紙おむつのコマーシャルみたい」? 注文が多いな。『注文が多い料理店』だよ。

 ……きみの指、僕のより長いよね。……僕の手は紅葉の手だって? それ赤ちゃんに形容するヤツだよね? かわいいって言われても、悲しいだけなんですけど。でも、きみの指、好きだよ。ずっとこうして、組んでおきたくなる。


 きみの手を握ってると、だんだん眠くなってきた。

 ……まだ、眠れそうにない? さっき、眠くなるから簡潔にって言ってたくせに。

 大丈夫だよ、ほら、目を閉じて。三秒後には寝てるから。割かしいつもそうだよ。


 おやすみ、また明日。ちゃんと起こすから安心して。


 きみの様子からして、今日は悪いこと、あったのだろうけどさ。

 明日になれば、今日の悪いことは全部終わっているから。


 目が覚めれば、今度は良いことしかないよ。

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