魔族陣営なんだけど勇者がポンコツすぎて見てられない
ばけ
▼俺達の戦いはこれからだ!
僕は、人間の街に潜入中の魔族である。
女ウケの良さそうなイケメン魔導士に化けて、今日も今日とて情報収集に勤しむ日々だ。
なお真の姿はなんか目玉がいっぱいある巨大モンスターのため、女子人気は絶望的だ。一部の特殊嗜好の方にはキャーキャー言われるかもしれないが、まぁ基本はギャーだろう。
この世界における魔族と人間の力は拮抗している。
何かちょっとしたきっかけで、どちらが滅びてもおかしくないのが現状だ。
というわけで僕の任務は、我らが魔王様を勝利に導くため、魔族陣営が有利になるような情報を持ち帰ること。
いや、モンスターらしく街のひとつも攻め落としたほうがよっぽど貢献できるのは分かっているのだが、どうも戦うのは性に合わない。けど何もしないわけにもいかない。
そんな役割と性分の兼ね合いで選んだのが、この役目というわけである。
言ってしまえばスパイなわけだが、特にこれといった指示が上からあるわけでなし。酒場だのを適当にぶらついて、声をかけてきた人(主に女性)とお喋りして、その中から魔族の役に立ちそうな話を集めて、通信魔法でホイホイッと報告すればおしまい。至って平和なスロースパイライフである。
そんな日々を過ごしているうちに、魔族陣営が押し始めているという話が人間達に広まりはじめ、これは決着も近いかと思われた。
そんなときだ、奴が現れたのは。
「なあアンタ! 魔導士なんだって?」
目をキラキラとさせて声をかけてきた一人の男。
戦士の鎧をまとい、身の丈ほどもある大剣を背負ったそいつは、なぜかボロボロだった。
「はぁ。まぁ、そうですけど」
「俺の仲間になってくれないか!」
「お断りします」
初対面の会話はそれで終わった。
しかし後日、そろそろ別の地域へ移動しようと街を出たところで、また奴を見かけた。そこで奴がボロボロだった理由を知ることとなる。
「……なんで素手で戦ってんだお前は!!!」
雑魚モンスター相手に、ちまちまぽかすかぺちぺちやってんのを見て、思わずツッコんでしまった。スルーして通り過ぎようと思ってたのに。
「あ! あのときの魔導士じゃないか、奇遇ぉぶっ!」
「ああほらよそ見すんな! ちゃんと敵見ろ! あと剣を使え!」
なんで戦士が格闘家の真似事をしてるのか知らないが、拳はなんのダメージソースにもなっていなかった。
しかし奴はそこでなぜか、不思議そうに首を傾げる。
「剣? 剣ならちゃんと持ってるけど」
なにいってんだこいつ。十秒くらい思考が止まった。
そして気づく。
「武器は!! 装備しろ!!!」
思わず絶叫した。
どうしてこんな「息は吸ったら吐きましょう」みたいなこと言わなきゃならないんだ。何なんだこいつ。
「ハイ背中から武器取る! 持つ! 構える!」
「う、うん。こうか?」
「んで切る!」
「せいや!!」
さっきまで死ぬほど殴ってもピンピンしてたモンスターが、一撃で消滅した。
あまりの呆気なさにぽかんとしている男の傍らで、わざわざ同族を倒す手助けをしてしまった自分にハッとする。
まぁ、魔族の世界は弱肉強食。弱い同族を狩ったからと責められることは無いが、それにしてもだ。
「……剣の使い方は分かっただろ、じゃあな」
気まずさを誤魔化すように、そそくさと場を離れようとした僕の両手が、ガシリと掴まれた。
「頼む! 俺の仲間になってくれ!!」
お断り……する前に勝手に話し始めたところによると、
奴はいわゆる「勇者」というやつで、魔王を討伐せよと命を受けたらしい。
しかし何度挑んでもあの雑魚モンスターにすら勝てず、なら仲間を見つけよう、とあのとき僕に声をかけたそうだ。
「あれだけやっても倒せなかった敵に、アンタのおかげで勝てたんだ!」
だから仲間になってほしいと。
いやでも剣の使い方は覚えたわけですし、もう大丈夫じゃないですか、と思わず敬語になりつつやっぱり断った。
だって勇者であること抜きにしても、こんなアホそうな輩に関わっていられるものか。僕はスパイとしてスローライフを満喫するんだ。
しかし勇者は、行く先々で僕の前に現れた。
別にストーカーされているわけではない。
会うたび仲間に勧誘はされるが、奴は基本的にさっぱりとした性格のようで、一度断るとその場は「そうか残念だ!」と諦めてくれるのだ。次会うとまた勧誘してくるのは、前に断られたことを記憶してないのだろうきっと。まぁしょうがない。それはしょうがない、が。
「お前なんで戦闘中に回復しないの? そういう縛りでもしてるわけ?」
「いや、特に何にも縛られてないぞ。それに敵の前で寝るわけにはいかないだろ?」
「は?」
「ん? 宿屋でちゃんと寝てゆっくりしないと回復はしないだろ」
「お前……これ、何だか分かる?」
「あ、ソレたまに宝箱とかに入ってる美味しいジュースだな!」
「回復薬っていうんです覚えてね!!!!!」
この勇者は、それはもう、ポンコツだった。
冒険者なら知っていて当然の知識をまるで把握していない。哀れを突き抜けて見事と呼べるポンコツっぷりに、自分が魔族陣営であることも忘れて思わず口を挟んでしまう。
どれだけルートを変えてもばったり出会い、そのたびに違うそうじゃないと叱りつける事に疲れた僕は、どうせ会うんだろもういいよ、と投げやり気味に勧誘に屈した。つまり目玉モンスターは勇者の仲間(仮)になった! テーテレテテレテレテー。……どうしてこうなった。
まぁ仲間といっても戦闘で直接手を貸したりはしていない。
僕がやるのは、ポンコツに横からぎゃーぎゃー言うだけのお仕事だった。
「あと少しで魔王城か。なんか、振り返るとあっという間だった気がするなー」
「僕にとっては死ぬほど長い道のりでしたけど」
「はは。でもここまで来れたのはアンタのおかげだよ、ありがとな」
「…………どういたしまして」
分かってる、大丈夫。
己の本分は忘れていない。
“僕は魔族だ。”
「あのポンコツ勇者が、まさかここまでたどり着くとは思わなかったなぁ」
「アンタ、なんでっ!」
何でもクソもあるものか。僕は僕の役割を果たしているだけだ。
お前もお前の役割を果たせばいいだけなのに、何そんな悲愴な顔をしているんだか。
まったく。ああまったく。僕がこんな気分になる必要は全くないはずなのに。
「さぁ来いよ勇者。武器はちゃんと装備したんだろうなぁ?」
謎にぎしりと軋んだ胸の内から目をそらすように、僕はいかにも悪役らしい笑みを浮かべて、真の姿を開放してみせた。
……とまぁ大見栄を切ってはみたものの、戦闘特化の種族じゃない僕と、ここまで戦い抜いてきた勇者では、勝負の結果など目に見えていた。状態異常メインだから僕。直接攻撃できるやつと組まないとね。そりゃ分が悪いわ。
いやしかし、あの勇者がよく成長したもんだ。
体がサラサラと消滅していく感覚を覚えながら、目玉モンスターな僕は、残った目玉できょろりと傍らを見やる。
「こんな結果しか……なかったのかよ……!」
死にゆく僕を見つめながら、辛そうな顔でむせび泣いている男の姿にため息をつく。
裏切られたことを怒ればいいものを、勇者が倒した敵を惜しんでどうする。
「僕は魔族だぞ。そりゃこういう結果しかないだろ」
「アンタは確かに、魔族だったのかもしれない……。
でも、それでもアンタは俺の仲間で、友達だ!! だから、死ぬなよ、なぁ……!」
何言ってんだ倒したのお前だろうが、なんてツッコめる空気でもないか。
しかしこの目玉モンスターな姿を見てもそう言えるお前はすごいよ。
なんだか純粋に感心してしまって、ふと力が抜けるように笑みがこぼれた。まぁこの姿じゃよく分からないだろうが。
「シャキッとしろよ。次は魔王だぞ。もう僕のお説教はないんだから、変なポンコツやらかすなよ」
「……っ、うん、うん……!」
「じゃあな、ポンコツ勇者。
僕の――――」
【 GAME OVER です 】
「……………」
ぱちりと目を醒ます。
すると同時に、自分が横たわっていたカプセル型シートの蓋がゆっくりと開いた。
「お。戻ってきたな」
すると間もなく声をかけてきたのは、ゲーム開発を趣味にしている友人である。
ダイブ型RPGを開発したからテストプレイしてくれ、と夏休み初日に僕を問答無用でここに叩き込んだ張本人だ。
「おはようさん。どうよ、プレイした感想は」
「ゲームオーバー」
「あー。おまえ魔族陣営で始めたもんな。難易度高いんだそっち」
「……でも、悪くはなかったよ」
最期の光景を思い出す。
あのポンコツ勇者はちゃんと魔王を倒せたんだろうか、なんて考えかけて、小さく苦笑する。
プレイヤーである自分がゲームオーバーになってしまった時点でシナリオは終了なのだから、“あの先”なんて存在していないのに。
「まぁでも、あの勇者AIはさすがにポンコツすぎないか? もうちょっと何か調整しろよ」
胸に残る感傷を振り切るように茶化して笑うと、友人はなぜかきょとんとしていた。
「AIじゃないぞ?」
「……は?」
「勇者だろ? あれはお前と一緒で、中身は人間だぞ。
バイト先の友達にテストプレイ頼んだんだけど、ゲームとか全然やったことない奴でさ」
まずダイブする手順の説明だけでえらく大変だった、と語る友人の話は、途中からまったく耳に入ってきていない。
完全に思考停止した脳を再起動させたのは、突然部屋に飛び込んできた一人の男だった。
「なぁ! これ魔王倒したらゲームクリアって出たんだけど、魔王とかどうでもいいから! どうやったら俺の友達取り返せんだよ!!」
「ハア? なんだよ友達って。俺そんなシナリオつけたか?」
友人が怪訝そうに眉根を寄せる。
「魔導士で、魔族の! 俺の友達!!」
長い沈黙の末に、友人の視線が僕のほうに向いた。
しかし僕はそれどころではない。お前、お前……。
「僕がどれだけお前に苦労させられたと!!!」
「え!? えぇと、あの……?」
初対面の人間に胸ぐらを掴まれて、目を白黒させるそいつを余所に僕は叫ぶ。
「AIだと思ったから色々スルーしてたところもあったんだぞ!
なのに人間だったとか……ふざけんなこのポンコツ勇者が!!」
感情のままにそう怒鳴った瞬間、そいつが目を見開いた。
「アンタ、は……」
呆けた顔でこちらを見返してきたその目に、じわりと涙が滲むのを見て、僕はひとつ息をつく。そして苦笑した。
「よう。 ――――僕の友達」
ポンコツ勇者との冒険は、まだまだ、始まったばかりらしい。
魔族陣営なんだけど勇者がポンコツすぎて見てられない ばけ @bakeratta
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