最高の目覚め
雅島貢@107kg
夢物語
真島は夢を外注することにした。どうも最近の夢がつまらなかったからだ。たしかに意外な展開はある。あるにはあるが、それは単に荒唐無稽なだけで、芯からの驚きにはならない。夢なんだから、予想もしない展開になって欲しい。
そんなわけで外注初日、ざっくりと「びっくりするような夢」を頼んで、ワクワクしながら真島は眠った。
夢の中で真島は別れたパートナーとともにいた。しかも、別れる直前の最悪の人間関係だ。くどくどと自分の非を述べられ(しかも全て正しいのだから手に負えない)、すっかり憔悴したところに、突然アナウンスが流れた。
「ただいま、ライオンが檻を抜け出しております。安全ですが、ご注意ください」
安全なライオンがいるか? と思った瞬間、がおん、と吠え声と風を切る音がして、ライオンが犬を咥えて駆け抜けていった。途端に周囲は恐慌状態になる。
そこで目が覚めた。「なんか、違うんだよなぁ」と真島は呟く。「あまり良い目覚めとは言えません」の評価をつけて、真島は一日を過ごした。
「昨日は発注がアバウトすぎたな。ええと、ストーリー性のある、驚きの顛末の夢」
真島はどこかの外国にいて、泊まっていたホテルで殺人事件に巻き込まれた。ダイイング・メッセージには、M・Tの文字。奇しくもそれは真島
現地の警察にこのことを伝え、空港関係者の動機を洗い直したところ、ひとりの人物が浮かび上がり、真島は辛くも難を逃れたのだった。
「ううーーん。まあ、たしかに謎と解決はあったが、御都合主義だし、そもそも警察も気づくよなあ、そんなの。だいたい、「ない」方をダイイング・メッセージに遺しているのに、なんで空港関係者が犯人になるんだ?」
悩んだ末に、真島は「普通の目覚めです」と評価を送り、文末に「このくらいだったら、外注をやめます」と添えた。
3日目の昼。真島は友人に夢の外注の話をする。
「ああ、アレをやってんのか。ふうん。知ってるか? あの夢、誰に発注してるか」
「知らない、というか何、あれは個人に発注してるもんなのか?」
「知ってるじゃあないか。そう。故人に発注してるんだ。シナリオライターとか、小説家とか、そういう夢を見てたけど、誰にも読まれなかった故人にな」
「はぁ。なるほどなあ。まあ、でもあんな程度の夢じゃあ、そりゃあ読まれないよ。つまらないというか、びっくりさせりゃあいいんだろって魂胆が透けて見える」
「まあ、魂だけに、ってか。だからさ、ほどほどにしておけよ。安全とは言われているが、まだまだ未解明なところもあるんだ。結構みんな、すぐに使うのをやめてるみたいだし」
「そんなものか。まあ、私も期待はずれだなとは思っているよ」
そんなやりとりのあとの、夜。真島は、「やはり、驚きのある夢。ただ、ほのぼのしている方が良い」と発注して、これでイマイチだったらやめようと思いながら、眠りにつく。
夢の中で真島は片田舎にいた。どうにも余所者には冷たい雰囲気の村だが、真島はそれでも観光客なので、表面上は丁寧に扱われている。しかし、言動の端々から、余所者は早く帰れと言われている気がする。
なんとなく気持ちが萎えて、旅館に引き篭もっていると、流石に女将は客商売なので、真島に話しかけてはくる。ただその話も、あまりぱっとしたものではない。どこそこに越してきた若い母親は、全然村に協力的ではない。娘も母親に似て、村に馴染むつもりがないみたいだ。イタズラばかりして、本当にひどい子供だ。そんな話ばかりに辟易した真島は、逃げるように風呂に浸かりにいく。
ひとっ風呂浴びたところで、真島は村が騒がしいことに気づく。なんだろうと思って女将に尋ねると、女将は忌々しげに、「さっき話した娘ですよ、なんだか行方不明なんですって。どうせ、どこかでまた、イタズラしてるんじゃあないかと思いますけどねえ」と言う。
そうは言っても一大事じゃあないか。真島はそう思って、外に出て、村人に何か手伝えることはないかと声をかけるが、「いやあ、一応写真です。でも、そんな、余所の人にご迷惑おかけするほどのことじゃあないんですよ。あの家ときたら……」
また愚痴を聞かされそうだと思った真島は、写真を受け取って、なんとなく人気のない道を歩いてみる。と、まさに写真の女の子が、何か荷物を持って駆けていくのを見つける。
「おおい、君、みんなが君を探してるぞ」
真島がそう言うと、女の子はあっかんべえをして逃げ出す。なんだよ、たしかにこりゃあ悪ガキなのか。そう思いながら、一応真島は追いかける。何と言っても大人と子供、もうすぐ追いつくと思ったところで、女の子は電話ボックスに駆け込んで、あろうことか緊急番号に電話をする。
「ちょ、ちょっと待てよ! あ、あのー、代わりました。ええ、あの、子供のイタズラで。大丈夫です。え? その子供はどこにいるかって? いや、もう逃げられて……いや、誘拐!? その、ええ、じゃあ分かりました。私はここにいますから。なんでも確認してくださいよ」
駆けつけたパトカーに乗せられ、事情聴取を受ける。最悪な気持ちで説明するが、警察も、「ああ、あの娘さんか。うーん、あの子はねえ……」と納得したかのように言う。ある意味、あの子の悪評に助けられる形で、真島は解放される。同時に、「やっぱりイタズラで家出をしてるらしい」と言うことが村に広がって、「やっぱりな」という空気が広がる。「なんなら、あそこの母親が虐待でもしてるんじゃあないの?」という誹謗中傷も聞こえる。真島はありとあらゆることにうんざりして、とにかく人のいない方、いない方に進む。
真っ暗な川原にたどり着き、真島は腰を下ろす。空には満天の星。静かに流れる川のせせらぎ。はあ、と溜息をつき、タバコの火をつける。こういうところで吸うタバコはいいもんだな、と思うと、草むらから、咳き込む声がする。そこにはまた、あの女の子がいた。
「おっと、失礼、気づかなかったもんで」
携帯灰皿にタバコを押し込んで、真島は謝った。その様子を見て、目をぱちくりさせて女の子は、子供っぽい口調で言う。
「もう、捕まえないの?」
「ああ、ま、あんまり夜遅いのに出歩くのは良くないし、お母さんも心配してるみたいだけど、君は大丈夫みたいだからね」
そう真島が言うと、女の子は「ふうん」と言って、草むらに戻っていく。そして、男の子の手を引いて、真島の横に来る。
「えっと、その子は?」
と真島は尋ねる。
「健太郎くん。健太郎くんは明日お引越しなんだ。だから今、思い出作ってるの」
とその子は言う。その笑顔に真島は驚く。なんだ、とってもいい子じゃあないか。村の評判が悪いから、悪ガキだと思っていたけれど、友達思いのステキな子じゃあないか。びっくりしたなあ。
そこで目が覚めた。男の子がいなくなったことを誰も心配していなかった点を除けば、ほのぼのしてるし、予想外というか、ベタはベタだが自分の思ってもいない展開ではあった。「なかなかいい目覚めでした」と評価を送り、いい気分で一日を過ごした。そして、しばらく夢の外注を続けようと思った。
いい夢、そうでもない夢、いい夢、そこそこの夢。打率としては4割くらいだが、真島は満足していた。もう、夢の内容につべこべ口を出さなくなっていた。すっかり外注先を信用しきって、「おまかせで」とだけ発注して、夢の中に潜り込む。
その日、真島が見た夢はこうだった。真島は小説家志望の青年だった。ただ、書いても書いても誰にも読んでもらえなかった。真島は貧窮の中で命を絶った。ところが、死んだはずの真島に声が聞こえた。「夢のシナリオ、書きませんか?」
よく分からないまま、真島は「夢」を書いた。他人の夢に入り、登場人物を揃えて、イベントを起こした。無我夢中でやったにもかかわらず、最初は酷評が多かった。自分は小説家であって、劇の監督じゃあないんだぞ、と愚痴を零しながらも、指示に従って「夢」を作る。発注が切れそうになった時、生きていた時にはやらなかったくらい真剣に物語を考え、一定の評価を貰った時は夢のような気持ちだった。次第に「夢」の打率は上がった。
真島は思った。一人を喜ばせるのはとても楽しい。でも、この話を、もっと沢山の人に読んでもらいたい。そうだ。自分は他人の夢をコントロールできる。うまくやれば、きっと。
目覚めた真島は、「最高の目覚めだ」と呟いた。そして、「夢の外注は、本日をもって取りやめにします」と評価を送り、しばらく鏡の前で自分の姿をじいっと眺めていた。
最高の目覚め 雅島貢@107kg @GJMMTG
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