08 灰色の名探偵-邂逅編-3




                   ■




「キミがこの学園への転入に同意したのは、その人を捜すためだ」



 念を押すように言われ、黙って頷いた。

 それから、


「なんで、分かったんですか……」


 恐る恐る、真代ましろはたずねる。


「全部、推測だよ。分かった理由はその都度説明してる」


「いや……」


 そうじゃない。知りたいのは、そういうことじゃない。


「ふむ」


 と、ハイネは何か合点がいったのか、小さく頷いて、


「キミが接客業をしているのは、なるべく多くの人と接し、捜すためだ。そうしながら、相手を観察している。それがクセになった。相手の顔を確認するのはキミが、。……つまり、むかし、幼い頃に出会い、別れた人物の顔を」


 淡々と、静かに理由を告げる。


 視線を上げると、サングラスの黒い鏡面に自分の顔が映っていた。


「学園への転入は、バイトをすることの延長だ。新しい土地で、その人を捜すために。この〝魔法を扱う学園〟でなら、その人を見つけられる可能性があると思った」


 もちろん、それだけではないだろうけどね、と彼女は付け足した。


 たしかに、それだけじゃない。

 母と姉が勝手に決めたこと、あの家から逃げ出せるいいチャンス――そのせいで仕方なく、


 断ろうと思えばできたはずだ。誰かに言えば止めてくれたはずだ。

 でもそうしなかったのは。

 

 一瞬、それを期待したから――この学園でなら、もしかしたら、と。

 その可能性を諦めきれなくて、この場所を訪れた。



「アルビナかな、その人は」



 どうして――


「実を言えば、廊下でのやりとりが聞こえた。キミはその子に、この部屋に写真はないかときいていただろう」


 頷く。


「……キミはまず、『部屋』にあるものを想像した。キミには姉がいる。だから、自分の家には家族写真があると思い出した。それで、この部屋にもそれがあるかもしれない……そういう思考過程かな。写真がないと言われ、直接たずねることにした。彼にきょうだいはいるかと」


 この場所で知った白咲しらさき初雪はつゆきというアルビナの少年に、他にきょうだいはいないかとたずねたのは――真代がアルビナを、捜しているから。


「アルビナには魔法の才能があると言われている。だからキミは、魔法の才能が集まるこの学園に期待した――そういう、推測だ」


 何もかもをつまびらかに明かされ――もう、なんにも言えない。


(実を言えば、じゃねえよ。ふつうは、盗み聞きした程度でここまで分かる訳ない)


 苦々しい想いとともに、やがてなんとか絞り出したのは、


「……まるで名探偵じゃないですか、先生」


 降参だと、白旗を上げたい気分だった。


「私はただ、キミの行動・態度と、私自身の経験から推測しているだけ。ある種の統計だよ。こういう対応をする人間は、こういう仕事をしている、という感じの」


「……もはやホームズでは?」


 かの名探偵が後に助手となる人物と出会った際に、その素性を言い当てていたが――今がまさに、そんな感じだ。助手にでもされるのだろうか。それとも相部屋か。


「自己紹介だよ」


「……はい?」


「私はこういう人間だ、という。キミの言動から、私はキミの〝知られたくないこと〟を知ることが出来る。だから言ったんだ、キミのためだと。〝今の状態〟で、私にかかわらない方がいい。私にはキミをどうしようというつもりはないが、キミは困るだろう」


「……もはや手遅れなんですが」


 別に、知られたからどうってことはない。脅迫が出来るような弱味でもなければ、恥ずかしい黒歴史という訳でもない。

 ただ、なんとなく、誰にも打ち明けられずにいた――ほんの些細な、隠し事だ。


 とはいえ、このままでいると他にももっと、それこそ恥ずかしい秘密なんてものを知られる恐れがあるということは嫌でも分かった。

 特にこれといって、そういう秘密は思い浮かばないものの――やはり、他人に心のうちを知られることには抵抗がある。

 それで勝手に同情などされたり、気を遣われたりするのは、堪らない。


「それから、私以外の人間にも」


「というと……?」


「実を言えば、私の〝これ〟には種がある」


「へ……?」


 それはつまり、他の人間にも出来るということか?


「……やっぱり魔法だったんだ!」


「厳密には、違うけれどね」


 ふふ、とハイネ・アッシュグレイは小さく微笑った。


「種明かしをすれば――私には、〝マナの流れ〟というものが分かる。一般の人よりも正確に、その感知が出来るだろう」


「マナの流れ……? 感知?」


「マナというものは、人の意識をかたちづくるもの。人と人のあいだに生じ、人の〝気持ち〟を伝達するとされるエネルギーだ。要は、キミが何か強い感情を抱くとき、キミの中からマナが生まれ、周囲に溢れる。他人はそれに触れることで、キミの感情を察する」


 それは魔法の才能の有無にかかわらず、全ての人がある程度の〝マナ感知〟が出来るという。出来ない人は「鈍感」などと呼ばれる訳だ。

 そして魔法使いは、よりレベルの高い感知が行える。


「たとえばキミが何かに意識を向けると、キミの周囲のマナに動きがある。その何かに向かってマナが動く――〝流れ〟が生まれる。その流れを読み取ることが、魔法使いのマナ感知」


 その〝何か〟というのが厄介で、それはその辺にある物質的なものだけでなく、心に思い描いた〝何か〟に対しても反応するらしい。

 姉か妹がいるかときかれ、真代がとっさに姉のことを思い浮かべたとき――それが、ハイネに伝わったのだという。


「……じゃあ、それが得意なヤツは……人の心が読める?」


「キミの想像する『心を読む』は、本当にごく少数だけが持つ才能だ。大抵は『心の動きを読む』という程度だよ。心がどう動いたかというその反応を、結果を、キミが心に思う一瞬一瞬を……いわば単語を拾い上げるようなもの。文章というよりは、単語の断続的な繋がり」


「えーっと……?」


「『心を読む』が映像なら、『動きを読む』は写真を見る、ということだよ。ただ、写真も何枚も連なれば映像と変わりない。……とはいえ、実際に〝見える〟訳じゃない。なんとなく分かる、という程度だ。けれど、映っていない〝合間〟を、文章の行間を想像すれば、相手の考えを読むことも可能」


 まだいまいち把握できないが――恐らくそれも、聡里にかけられた魔法のせいなのだろう。悪意があってそうした訳ではないと思うが――


「そして、今のキミは注意が散漫している……つまり、マナの流れが分かりやすい。あちらこちらに気が散っているから複雑ではあるが、通常時よりは顕著で、こちらから話しかけて意識をコントロールすれば、知りたい情報を聞き出すことも容易だ。……考えていることが全部顔に出る、とでも言えば分かるかな」


 真代がアルビナを捜していたことは廊下での会話を聞いて、そのマナを感じ取って知っていたから――あとは何か関連する話題を振っていけば、真代の方から自然とそれが『学園に転入してきた理由』であると、そっくりそのまま顔に出る。ハイネは、それを読み取って告げただけだ、と。


 今の真代は、「銀行口座の暗証番号は何か」ときかれたら、それをうっかり漏らしかねないほど無防備という訳だ。


「……マナ感知が出来る人には、それくらい今の俺がいいカモってことか……」


「そういうこと」


 そこまで正確な情報は引き出せないけどね、とハイネは頷く。


「私が君の隠し事を言い当てたのも、最初から答えが分かっていたから、といえる。あとは、答えの分かっている問題の式を埋めるように、推測していけばいい」


 簡単に言ってくれるが、恐らくあそこまで正確に人の隠し事を暴けるのはこの人くらいだろうと真代は思う。

 マナ感知というものが実際にどれだけの情報を得られるかは知らないが、それも所詮は推測するための判断材料の一つに過ぎないだろう。

 彼女の観察眼と、マナ感知。そしてその思考力があってこその芸当ではないか。


「……なるほど……。先生がここに呼ばれた理由、よく分かりました」


 それはもう、才能と呼べるものだ。

 クロードについては人づてにしか知らないが、やはり二人とも、理事長直々に呼ばれるだけの理由才能があるのだ。


「あまり、買いかぶらないでほしいね」


「いや、買いかぶりますよ、爆買いしますよ――」


 その才能が、羨ましい。

 もしも相手の考えが分かるなら、あるいはそれは、〝選択〟する前に結果を知ることにも繋がるのではないか。


 誰も傷つけない。自分も嫌な想いをしなくて済む――未来を知るすべ。


「私はただ、最初から答えを知っていただけだよ」


 ――最初から結果こたえが分かるなら、きっと後悔なんてしない。



「キミについて、ただ最初から知っていただけ」



「……え?」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

学園迷宮 人生 @hitoiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ