07 灰色の名探偵-邂逅編-2




                   ■




「いや」


 と、


「別に、キミを嫌っている訳じゃない」


「え……?」


 一瞬、どきりとする。まるで心を読まれたような気分だ。


「頭」


 そう言って、ハイネは手袋をつけた指で自身のこめかみの辺りを叩く。


「……頭?」


誘波いざなみさんに、魔法をかけられたんだろう」


「え? あ……、まあ」


 その実感はないが、確かに聡里さとりはそう言っていた。それ以降、怪我をしているのを忘れるくらいには痛みを感じなくなった。保健室で受けた治療の影響もあるのだろうが――


「それは、『痛みから気を逸らす』ものだ。……要するに、怪我をしていることを忘れるくらい、他のことに意識が向く……注意が散漫になるようにする魔法。特に、キミはそれが顕著だ」


「注意が、散漫に……」


「痛み自体がなくなった訳じゃない。ただ、痛みのもとである怪我の存在を忘れているだけ。……副作用という訳ではないが、その影響でキミには何かと〝緩み〟がある」


「……頭のネジが緩んでると……?」


「まあ、語弊を恐れずに言えば。……他にも、考えがまとまらなかったり、頭が回らなかったりと色々だ。ふつうはにはならないけれど、いろいろな偶然が重なったんだろう。誘波さんが悪いわけじゃない」


「…………」


 まったく実感がないのだが、そこまで悪い状態なのだろうか。


「たとえば、ふだんは真面目な上司が、酒に酔って饒舌になるようなもの。あとでその反動で何かと思い詰めるかもしれない」


 あるいは、風邪薬などを飲んで、ぼんやりしているような状態だと。


「緊張が解けきっているようなもので、うっかりと何か口を滑らせる恐れもある。……。 特に、私のような人間に対しては」


 だから、キミのためだ、と。


(なんだ……? この人――)


 まるで、真代ましろの心を読んでいるような――ざわざわと、気分が落ち着かない。


(心を――……魔法か?)


 ここは現代の魔法学校と呼ばれる場所だ。そういうことが出来ても、不思議じゃない。

 そして、それが出来る人間が他にたくさんいてもおかしくはない――あくまで仮の話だが、それを確認するためにも、真代は今ここで引き下がる訳にはいかないと思う。


 彼女が〝そういうこと〟が出来るのかどうか――出来るのならその方法、仕組みを知りたいと、知らなければという強い焦燥に駆られた。


 自分の考えていることを他人に知られるというのは、あまり快いものではない。やり方が分かれば対処も出来るはずだ。


「入らないのかな?」


「え……?」


 不意にきかれ、真代は反応に迷う。さっきまで帰るよう促していたはずなのに。


「それとも、入りたくないのかな」


「――――」


 微かに、彼女の口元が緩んだ。初めて見る表情の変化だ。


「キミはさっきから、ドアを開いたまま動こうとしない。私が居たというのもあるだろうが、それだけなら話しながらでも部屋に入っただろう。少なくとも、ドアは閉じたはず。それなのにそうしないのは、この部屋に入ることに抵抗があったからだ」


 確かに、彼女の言うとおりだ。ふだんの真代ならそうしていたはず。

 抵抗がある、自覚がある。


 だって、この部屋に入れば、おのずと分かってしまうことがある。

 内装は真代の部屋とそう変わらなくても、変わらないことを確認してしまう。

 それが当の白咲しらさき初雪はつゆきの部屋であるからこそ――映像で見た白髪の彼が、『アルビナ』だと確信してしまう。


 そのことへの……アルビナと関わることへの抵抗を、


「白咲初雪くんとかかわることに、抵抗がある」


 ――見抜かれた。


「……いや、いやいや……」


 首を振りつつ、足を進める。土間に入ると、あとから入ってきたことわが背後でドアを閉じた。

 土間で靴を脱ぐ。スリッパなどはないから、靴下のまま部屋に上がった。


「別に、そんな、抵抗とかはないですよ。俺、初雪くんのこと全然知らないし」


 言いながら、考える。手のひらには汗が滲んでいた。


(……やっぱりだ。この人は俺の心が読める。考えてることが分かる――)


 ハイネのサングラスを直視できず、視線を伏せたまま奥へと進む。

 部屋の中は、やはり真代の部屋と大差なかった。生活感がまるでないことも含めて。


(……エアコン。遮光カーテン――この部屋は日が当たらない――)


 アルビナの体質を考慮された部屋。


 ここに来るまで誰にも指摘されなかったが、やはり彼はそうなのだろう。


 なるべくなら知りたくなかった。確信したくなかったが――いずれは分かることだ。

 今は、それよりも。


「キミは生徒会室で顔をあわせた時、やたらと髪を気にしていただろう」


 部屋の奥に足を進めるということは、自然とその人に近づくということだ。


「……そうですかね。まあ、クセみたいなものじゃないすか」


 いきなりなんの話だろうと思いつつ、応える。

 あまり自覚はなかったが、そういえばたまに意味もなく頭を触るクセのようなものがある。

 というより、それは――


「周囲を確認するときに、自分の目線を悟られないよう隠すために手をかざしているためだ。それが不自然にならないよう、手が前髪を触っている」


「…………」


「怪我をしているから触らないというのもあるだろうが、怪我をしているからこそ、それを確かめるフリをして目線を隠すことが出来る。……私の前でこそその〝クセ〟が出るはずなのに、そうしなかった。なぜか。頭に意識が向かないようにされているから――と、推測した」


「……?」


「そして、私が怪我の具合をたずねたとき、キミは『今思い出した』というような反応をした。……だから、魔法をかけられているのではないか、と」


「あぁ、なるほど……」


 魔法で、痛みから気を逸らすようにされていると――だから、注意が散漫になっていると、分かった。


 ……それで?


「…………」


 沈黙だった。

 サングラスのせいで今どんな表情をしているのかすらもよく分からない。


「カウンセラーと、」


 少しして、ぽつりとそうつぶやく。


「私が名乗った時、キミはやや警戒を示した。自覚はないかもしれないが、半歩引いた。キミはそういう『他人から話を聞き出す人間』が苦手なんだろう。あるいは、『相談に乗ってくれる人間』が」


 別に、そういう職業に対して反感がある訳でもない。大して思うこともない。

 ただ、なんとなく――「困っていることがあるなら、相談に乗ってあげる」……そんな感じの、同情のような反応があまり得意ではない。

 カウンセラーといえばそういうイメージの代表で、だから多少腰が引けたのかもしれないという自覚はある。


 困っている訳じゃないのだ。悩んでいるのかもしれないが。

 なんにしても、それは――自分の問題であって、他人にかかわってほしくないと。


 だから、話したくない。


「それは、があるからだ」


「っ」


「というより、一人で物事を抱え込むタイプというべきか。ともあれ……だから、〝今の状態〟で私と接するべきではない――と、忠告した」


「はあ……」


 今の一連のやりとりは……はじめの、「嫌っている訳ではない」という事情の説明の続き、なんだろうか。


(……口下手か?)


 なんにしても、これまでの彼女の〝指摘〟はすべて的を射ている。

 全部、図星だ。


 それは心を読んでいるのか、あるいはそのレベルまで観察眼が鋭いのか。


「せっかくだから、しておこう」


 と、ハイネが言う。


「キミはここに来る以前、バイトをしていたかな」


「え? まあ……一応」


「接客業かな」


「……主に」


「初対面の相手への対応に慣れているようだったから。普段からそういう機会があるのだろう」


「……そうですね」


「キミには姉か妹がいる。……姉の方かな」


「……いますけど」


「誘波さんへの接し方から推測した」


「……はあ」


 自分は今、何をされているのだろう。

 単なる質問攻めとは違う。心を読まれているというよりも、解き明かされているような気分――



「キミは、人を捜している。むかし別れた、誰かを」



「…………、」


 声が、つまった。

 まるで不意打ちを喰らったような気分だった。


 それは――これまで一度しか打ち明けたことない、縁科えにしな真代の〝隠し事〟だったから。



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