06 灰色の名探偵-邂逅編-1
■
二日前――
――
(どうしろってんだよ……)
その道すがら、考えるのは聡里から聞いた話の数々。
この夏休みが終わるまでに、ダンジョンの奥に引きこもった少年を連れ出さなければいけないらしい。
てっきり自分は生徒会のパーティーに同行し、説得か何かをすればいいと思っていたのだが、聡里の話を聞いた感じだと自力でなんとかしなければいけないようだ。
そのための依頼料という訳ではないだろうが、真代のポケットにはそれなりのポイントの入った端末があり、自室として与えられた部屋も特別寮の一室だ。
(ダンジョン……パーティー……)
人によってはそうした特殊な状況を喜ぶのだろうが、ゲームならともかく、今の真代はそんな気分になれない。
半ば無理矢理連れ込まれたダンジョンで、あんな目に遭ったばかりなのだから。
(いろいろ考えなきゃなんだけど……んー、なんか、いまいち集中できないな)
疲れか、それとも後ろに今日会ったばかりの女の子がついてきているせいなのか、どうにも考えに集中できない。繰り返し記憶をなぞるばかりで、それからどうしようなどという思考に発展しない。頭の芯がぼんやりしている感じだ。
とはいえ部屋の場所は憶えているのでことわの案内は必要ないのだが――
(とりあえず、部屋で荷解きでもして……、)
寮の階段をのぼって、三階へ。真代の部屋がある廊下に入った。
いくつか並んだドアを見ていて、ふと思いついた。
「あのさ……」
「は、はい……っ」
足を止め振り返ると、ことわがピクリと反応する。
保健室での弱音を聞かれたこともあって、どうにも気まずいが――
「例の……初雪くん? の部屋って、どこにあるのかなー……なんて」
「え? それなら――」
どこか遠くだと分かればなるほどそうなのかと頷いて終わっただろう。
しかし――
「あ、そこです」
と、教えられたのは、真代の部屋のすぐ隣だった。
「へえ……」
覗いてみようかと思ったのは、単純な興味からだ。
まずは
(〝説得〟が必要になるかはともかく――)
頭の隅をちらつくのは、生徒会室で見た映像――
(……まあ、何かしらヒントが得られれば……)
本人に会えないなら、その部屋を覗いてみれば何かわかることもあるかもしれない。
気休め程度の、何もしないで荷解きをするよりはマシだろうという、ほんの思いつきのつもりだった。
「初雪くんの部屋って、開いてる? 中、入ってみてもいい?」
「えっと……、はい」
こくん、と頷く。戸惑っているというか、やや意外そうな顔をしていた。
(まあ、事件とかの捜査じゃあるまいし、部屋調べるのは変かな……)
というか、白咲初雪について調べるつもりなら、もっと先に話を聞くべき人物がいるのではないか――
「でも、部屋には何もないですよ……?」
「まあ、俺も特に何か探してる訳じゃないけど……」
四月の入学式で失態を犯した白咲初雪が、引きこもっていたという部屋。それからダンジョンに潜るまでの期間がどれくらいかは知らないが、少なくともその間は使用していた部屋だ。実家の自室ほどではないにしろ、何かしら彼の人となりは掴めるのではないか。
真代は実家にある自分の部屋の様子を思い出す。
(漫画とか……趣味が分かれば話も通じるかもだ。ダンジョンの元ネタとか見つかればラッキーだよな。他には――)
――なんか、自分の写真とか飾ってあるのは変な気分だな……。
「…………」
「……あの……真代さん?」
「え? あ、あぁ……。その、なんか、写真とか飾ったりしてない? 家族写真とか、そんな感じの。いやまあ、実際に見にいけばいいんだけどさ。すぐそこだし」
部屋を覗いてみたいという好奇心と――後になってじわじわと押し寄せてくる、「覗かない方がいいのでは」という不安。
「写真ですか……? いえ、特になかったと思います……。ほんと、なんにもないので……」
「そっか。……じゃあさ――」
一瞬、ためらって、
「初雪くんって、きょうだいとか、いない?」
「? いませんけど……。初雪さんは一人っ子です」
「そう――」
ほっとしたような、がっかりしたような。
かすかにため息をついてから、真代は気を取り直して白咲初雪の部屋に向かうことにした。
気になってしまった以上、ずっともやもやしているよりは白咲初雪の付き人(?)であることわがいる今、覗く方が話が早い。
そう思って、部屋のドアを開いて――
(うわっ……)
ドアを開けてまず目に入ったのは、部屋の奥に佇む黒いシルエット――
先客がいた。
シルエット――真っ先にそんな表現が浮かぶ、全身真っ黒な人物。
いっそ場違いな印象も受ける
ハイネ・アッシュグレイだ。
(ここに来ていちばん謎の多い人物……)
その姿を目にした途端に湧き出す苦手意識。早くもドアを開けたことを真代が後悔していると、
「…………」
こちらを振り返った彼女の顔には、その表情を覆い隠すような大きめのサングラス。威圧感を通り越してもはや不気味さすら覚える容貌に、真代は思わず視線を逸らしていた。
それから、すぐに後悔。
(ほぼほぼ初対面で今のは印象悪いよなぁ……どうしよ……)
後ろにことわがいるとはいえ一対一で面と向き合うのはこれが初めて。それなのに今の反応は第一印象として最悪すぎる。
なんとか愛想の良い表情をつくりつつ、挽回するため口を開こうとするのだが、ロクな言い訳も思いつかないまま気まずい沈黙が数秒流れ――
不意に、
「……怪我の具合は?」
水を向けられ、ふと我に返る。
「え?」
聡里のかけた〝魔法〟によるものだろうか、言われるまで忘れていたが、真代は今、頭部に包帯を巻いているのだ。ダンジョンで鈍器のようなものに殴られ、そのせいで気を失った。
具合はどうかときかれても、
「まあ、なんとか……」
なんとかってなんだ、と自分自身に突っ込みたくなるが、ともあれ。
「それより……なぜここに? えーっと……、」
なんと呼べばいいだろう、そんな真代の困惑に気付いたのか、
「ハイネ、と。……いや、それはマズいか」
「?」
「仮にも教職だからね。ハイネ先生とでも」
「あぁ……」
何者なのかまったく見当もつかなかったが、言われてみればそれしかないと気付かされる。
今回の件で理事長に呼び出された三人。一人だけ大人である彼女が何者かといえば、教師以外にない。
となると、真代やクロードがこの学園に〝転校〟することになったのなら、彼女は〝転勤〟でもしてきたのだろうか。
「とはいっても、私は〝カウンセラー〟のようなもので、特に教鞭をとる予定はないのだけど」
「カウンセラー……」
保健室などで生徒の相談を受ける人……漠然と、そんなイメージしかないが、この場合で言うならそれは――
(初雪くんの〝説得〟――その道のプロってことかな。……まあ、俺が考え付くようなことなんてとっくに誰かが実践してるわな)
多少落ち込みはするものの、それよりも気になることがある。
(仮に説得するとして、それでも結局はダンジョンを攻略しなきゃ初雪くんには会えない……、それとも何か、こう、立てこもり犯にするみたいに……? テレパシー?)
外部から、なんらかの方法で彼にコンタクトをとることが出来るのだろうか。
彼女がこの部屋を訪れたのも、何かしらの
クロード同様、何か理由があって呼ばれたのだとしたら、彼女にも相応の能力があるのかもしれない――
(じゃあ俺は何なんだって話だけど)
真代が説得するよりよっぽど効果がありそうだし、そのための技術を持っていそうだ。
「私がここに来たのは、」
と――
「この部屋に何か、ダンジョンに繋がる別の入り口でもあるんじゃないかと思ってね」
「え……?」
「ただの比喩だよ、気にしないでいい」
ダンジョンに繋がる……ダンジョンをつくるに至ったきっかけとか、そういう動機のようなものを指しているのか。
(魔法のゲートでもあるのかと思った……。でも――この部屋に引きこもりながら、ダンジョンをつくったってことだしな? あの場所まで繋がる隠し通路とかあっても不思議じゃないかも)
きょろきょろと室内を見回してみる。
ドアを開いてすぐそこは土間になっていて、少し入って左手にはトイレとシャワールーム。洗濯機まで置かれている。キッチンこそないが、食べ物をどうにか出来れば引きこもるにはじゅうぶんな環境が整っている。
入り口近辺は特にこれといって真代の部屋と大差はない――
目線を上げて奥に視線を向けると、ハイネ・アッシュグレイがこちらに顔を向けていた。
「……えーっと……」
多少、気まずくなる。サングラスのせいで彼女の視線がどこにあるのか分からない。
「キミは、どうしてここに? 私に用がある……という訳ではなさそうだ。なら、私と同じ理由かな」
「まあ……、そんなところです」
「それなら、今日はやめた方がいい。今のキミは注意が散漫しているから、何か見つけても良い手がかりは得られないだろう。部屋で安静にしておくべきだ。怪我もしているのだし」
「…………、」
何か言いたいのだが、言葉が浮かばない。
(散漫……? なんだ……? なんか、追い払われてる? 牽制?)
単純に心配しているだけかもしれない。
でも何か、まるで嫌われているかのような気分になる言い回しだ。
それから――
(……もしかして、初雪くん連れ出すのって、早い者勝ちだったりする?)
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