05 明里ちゃんとゆかいな仲間たち、その1




                   ■




「えぇっと、まずは――」


 空き教室に足を踏み入れた真代ましろは状況を確認する。


 教室の中央には明里あかりがいて、その後ろにはダンジョンがその口を開けて待っている。脇には生徒会役員だろう、昨日の後遠ごとおさんのように座っている生徒がいた。


 しゅこー……しゅこー……。


 他にも数人……中には見たことのある〝装備〟をしたものもいるが――


(とりあえず、自己紹介からしとくか……?)


 どうやら教室の外にいた十数人も、出発の気配を感じたのか集まってきたようだ。

 取り囲まれるかたちになり気圧されるも、一度に自己紹介を済ませるには都合がいい。


「俺――」


 と、真代が口を開きかけた時である。


「で? 集まったのは結局こんだけ?」


 先に声を上げた明里が、近くに立っていた眼鏡の青年を睨んだ。


「そうみたいですね。だけどこれでも、けっこうな人数ですよ。ええ、はい。『生徒会』よりも数いますし」


「ダマされないわよ。あたし、知ってるんだから……〝あの人〟のパーティーは『生徒会』だけじゃないって……。これじゃダメよ! 数こそ力、絶対の正義! 数で負けてたら話になんない!」


「いやいや、たしかにダンジョンにおいて人数が〝強み〟なのは一理ありますけどね、別に会長と戦争する訳じゃないんだから」


 困ったように苦笑する青年である。


(なんだなんだ……?)


 と、状況が掴めずにいる真代に気付いたのか、青年は笑顔を浮かべて真代に近づいてくる。

 その後ろでは適当になだめられ不満げな明里が、たまたま目に入ったのだろう別の男子に苛立ちをぶつけていた。


「初めまして。縁科えにしな真代さん……ですよね? 今日からこのパーティーに参加する……理事長に呼ばれたという、転校生の」


「あ、どうも……」


 唐突にフルネームで呼ばれ、真代はおずおずと頭を下げる。

 背丈や見た目の印象からすると真代と同学年のようにも思えるが、その雰囲気はどことなく大人っぽい。フレームの細い眼鏡は理知的で、浮かべる笑みは爽やかだ。


「僕は結桐ゆうぎり直兎なおとといいます。生徒会で副会長をしています。……あぁ、同じ二年なのでタメ口でいいですよ」


「……生徒会? ……え?」


 生徒会を敵視している明里が、副会長なんてポジションの人物をパーティーに加えるとは思えないのだが……。


 思わず明里に目を向けると、相変わらずの不機嫌そうな顔で、


「そいつは生徒会のスパイよ。信用しちゃダメ、絶対」


「はは、何度も言ってるじゃないですか、僕は明里さんの、このパーティーの味方ですよ。ダンジョンを攻略して実績を上げて、次期生徒会長になるのが目的です」


 そう言って笑ったかと思えば、彼はすっと真代に近づいて小声で耳打ちする。


「……とまあ、そういう設定で潜り込んでいますが、僕は会長からあの子のお目付け役を任されています。ええ、はい、生徒会転覆クーデターという野望は彼女に取り入るには都合がいいので」


「そ、そうなんだ……」


 いろいろとツッコミどころしかないのだが……こうして真代に接してきたということは、何かしら聡里さとりからの連絡がいっているのだろう。

 となれば、このパーティーにおいて現状では完全アウェーな真代にとって、彼は心強い味方になりえるのかもしれない。


(あまり得意なタイプじゃないけど……そこは追々か)


 現に今も、さりげなく真代のフルネームを周囲に伝えることで真代が自ら名乗る手間を省き、〝最初の一歩〟をリードしてくれた。

 真代が自分で自己紹介を始めるよりも、元からこのパーティーにいた彼による〝紹介〟の方が馴染みやすいだろう。


(ただちょっとハードル上げられた気がしないでもないけど……)


 明里の八つ当たりを受けていた小柄な男子なんか、最初この教室に来た時よりもあからさまに、まるで敵視するような目を真代に向けていた。


「それで、ですね……状況なんですが」


 と、結桐は周囲にも聞こえるように声のボリュームを上げて、


「現在このパーティーは致命的な問題を抱えています」


「え?」


「ずばり、人員不足。ご存知かと思いますが、先日の騒動によって多くの尊いメンバーが失われてしまいました」


「う、失われ……?」


 そんな話は聞いていないが、まさか負傷者でも出たのだろうか。

 そういえば昨日、ことわも「壊滅的なダメージを受けたのでは」と話していたし、昨夜の聡里の「絶対に安全という保障はない」という台詞も意味深に聞こえてくる……。


(何よりそのトラブルで俺も頭ケガしてるし……)


 もうすっかり意識しなくなるくらい痛みもないが、同じような負傷を受けた生徒もいるのかもしれない。

 そう考えると、最初に感じた最大勢力にしては少ないという印象も頷ける――


「なぁにがよ! みんなフヌケてるだけよ! ボイコットよストライキよ!」


 地団太でも踏みそうな勢いで明里が声を荒げる。

 なんだかもう不機嫌を通り越して泣きそうな顔をしていた。


「えーっと……?」


 真代にもなんとなく察しはつくのだが、ここは一応、詳しい説明を求めることにした。

 結桐に通訳をお願いすると、


「……連絡がつかない、と言いますか。まあみんな、街のどこかにはいると思いますけどね……」


「いなかったら事件だよ……。何? あの子の勢いについてけなくなったとか……?」


 可能性としては大いにありうる話だ。

 しかし結桐の表情は、事態がそう単純でないことを告げるように曇っている。


「たしかにそういうメンバーも少なからずいると思いますが……状況はより厄介なんですよ。まあ、そこはそれ、僕よりも科学部の方に説明してもらった方が分かりやすいかと」


 そう言って結桐が促したのは、壁際にいた二人の生徒だ。

 一人は姿勢よく背筋をピンと伸ばしたまま佇んでいて、もう一人は荷物らしきものの横にへたり込んでいる。


 姿勢の良い方……眼鏡をかけた女子は硬い表情で真代に視線を向けており、そのクールな雰囲気と相まって真面目そうな印象を受けた。

 長い髪を一つにまとめた髪型は涼しげな一方で、暑くないのかジャージはしっかり着込んでいる。


 彼女を一目見た真代は直感する。


(苦手なタイプだ……)


 一方で、座り込んでいる方はジャージは下だけ、上は半袖のTシャツという恰好で、頭部を丸ごと覆うようなガスマスクをつけている。昨日も見たあれである。呼吸音も相変わらずうざったい。


 ……そんなといった二人組だった。


(だいぶ偏見だけど……)


 真代が内心苦笑していると、真面目そうな方が口を開いた。


「私は、居純いずみ……――いえ、関わるのは今日くらいだと思いますので、憶えてもらわなくて結構です。……便宜上、必要なら『科学部員A』とでも」


「そんな、モブじゃあるまいし……」


 想像していたよりも〝当たり〟がキツく、真代は思わず気圧される。

 おまけに、なんだか彼女からは自分に対する敵意のようなものまで感じてしまって、苦手意識が加速した。


 本当に何か説明してくれるのか……、真代がそんな不安を覚えていると、居純こと科学部員Aの横で、ガスマスクがのっそりと腰を上げた。


「えー……右に同じくー、あたしは科学部員B――」


「おまえ美緒川みおかわだろ」


「はぁー……?」


 その小柄な背丈、ガスマスク……美緒川入子いるこに違いあるまい。


「失敬なー! 違うますよ、ぜんぜん違うますからねー! あたしの方がぜんぜん背ぇ高いからっ、もぉー……!」


「い、言われてみれば……」


 いや、背丈の違いはよく分からないが、ガスマスク越しにくぐもって聞こえるその声は美緒川のものではない。怒っているようなのにどこか間延びした口調のせいで迫力に欠けていて、美緒川ほどにうるさくない。


「おかしいな、美緒川臭がしたんだけど……」


「……えー? なに……? もしかしてこれ、昨日あいつが使ってたやつー?」


 ふしゅふしゅと息を荒げて、まるで匂いでも確かめるような仕草をする、今にもガスマスクを外しそうで外さない科学部員Bである。このガスマスクには何か不思議な力でもあるのだろうか。


「――こほん」


 と、わざわざ口に出してそう言ったのは科学部員Aだ。


「説明しますと……、」


 こころなしか先ほどよりも険しい顔つきで、鋭い眼差しを真代に向けていた。

 表情は硬く、ともすれば無表情ともとれるが、真代には彼女がイライラしているように感じた。不機嫌な明里の存在や、廊下側にいる雑然とした生徒の生み出す喧噪が気に障るのかもしれない。


(やっぱ苦手だな、この人……。まあ話の腰を折った感あるから俺も悪いけど……。八つ当たりされないようにしないと)


 しかしその苛立ちを顔に出さないあたり、彼女は大人だ。

 当初の印象通り――苦手なことには変わりないが、聡里とはまた違った〝年上感〟がある。

 どちらかというと、この感じは――


(あの人、みたいな……)


 とっさに真代の脳裏に浮かんだのは……、


「……?」


 ふと、気付く。


 騒がしかった明里や他のメンバーが不意に、まるで息を潜めるように静まり返っていたのだ。

 説明を遮られた科学部員Aさえもそんな感じで……。


 これは、あれだ。

 つい先ほど真代も体感した――その場の全員の視線が、真代の背後に向いている――


 振り返ると、直前に脳裏に浮かんだそのままの姿がそこにはあった。


 びしっとしたスーツに、表情を隠すようなサングラス――


「待たせた、かな」


 ハイネ・アッシュグレイ――〝名探偵〟の登場である。



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