04 〝お兄ちゃん〟の目覚め




                   ■




 そして――翌日。


 集合時間は、昼食をとった後、正午過ぎ――昨日と同様に昼まで寝過ごしてしまった真代ましろにはちょうどいい時間となった。


『わたしも行きます』


 と、やはり昨日と同じく真代を起こしに来たことわは言っていたのだが、昨日の今日なのでさすがにその同行は躊躇われた。


(〝協力者疑惑〟もあるしな……。あの子が俺に付いてないとき、ふだんどうしてるのか――)


 その動向を聡里さとりが気にしている。一日ヒマになったことわがどうするのか、真代も個人的に興味がないとは言い切れない。


待月まつきさんを調査したいって言ってたけど、尾行でもすんのかな……。というかこれまで俺に同行させてたのも調査の一環だったりして)


 ……そんなこんなで、いろいろと考えながら真代は一人、ひと気のない校舎を進む。


 思えば、この街に来てからというもの常に誰かがそばにいて、こうして一人で出歩くのは初めてのような気がする。

 新鮮だが、どこか心もとない。しかし目的の場所までの道順はちゃんと覚えていて、まだまだ三日目ながらこの学校に馴染んできたような気がしないでもない。


「さて――」


 明里あかりに指定されたのは、当然ながらダンジョン入り口。

 その空き教室前の廊下には、早くもジャージ姿の生徒が集まっていて、ざわざわとした喧噪を生み出している――のだが、


(最大勢力っていうから、もっと大勢いるもんだと思ってたけど……)


 十人かそこら、といった感じである。

 それでも一般のパーティーが四人ほど、生徒会でも八人くらいであることを考えれば多い方ではある。


 そしてそれだけの人数の視線を一度に浴びれば、威圧感も相当なものだ。

 シン、と静まり返っていた。


(うわ……、見られてる見られてる、視線を感じる……)


 目を伏せるようにしながら人のあいだを抜けて、空き教室へと歩を進める。


(やっぱり、クロードと同じくらいのものでも期待されてるんだろうか……。妹ちゃんはああ言ってたけど、他のメンバーがどう思ってるかは知らないし。というかこの学校、うわさ広まるの早くない……? そんなもんか?)


 初日のクロードの活躍も翌日には周知されたのか、昨日の昼食時も周囲の視線を集めていた。そのついでなのかそれとも真代個人への興味か、〝視線を感じる〟くらいには真代も注目されていた実感があるほどだ。


 今も、そんな視線が背中に刺さっている。

 それを自覚するほどに、なんだか弱気になってくる自分がいた。


(今日の俺は完全に無力なんですが……。うわぁ、どうしよ……妹ちゃんどこにいんだよもう……早く俺のこと、この人らに紹介してよ……)


 なんだかんだ言ってもやっぱり、他人に幻滅されるのは堪える。相手の考えていることが分からないからこそ、「こう思ってるのかも」と勝手に想像してつらくなる。

 そうなるくらいならいっそ、最初から期待値を下げておいてもらいたい。今日は〝お客様〟みたいな扱いをお願いしたい。


(って……! あぁ、もう……最初から弱気でどうするよ。何も出来ないかもしれないけど、なるべく何か出来るように――)


 その柔軟性こそが、今の自分に出来る最大限の努力だ。

 理事長が真代をこの学園に呼び出した真意は未だ知れないが、それでも――聡里が評価してくれた今の自分を、もう少しだけでも誇れるように。


(〝お兄ちゃん〟……なんだからな。カッコいいとこ、見せねえと)


 頑張らないと。


(けど……、それにしてもな……?)


 何か――


(もしかして……重役出勤しちゃったか……?)


 気のせいかもしれない。意識しすぎている、自意識過剰なだけかもしれない。

 ただ、ちらちらと視界の端に入る彼らの眼差しにはどこか、不信感のようなものが垣間見える……そういう〝何か〟を感じるのだ。


(なんだろうな、何か……)


 本当に「何か」としか言いようがない、妙な感覚が身体にまとわりついているような気がしている。

 それは頑張ってたとえるなら、真夏の温い空気のような、真冬の刺すような冷気みたいな――掴みようがない、〝何か〟――


(そういえば昔、店長が……高難易度レイドに挑むと〝固定パーティー〟はギスギスするって言ってたな、確か……。固定なのに壊れやすいデリケートっていうのも……いや、元はばらばらのものを固定してるからこそ、か? まあ、ゲームのことはよく分からんけど……)


 明里のパーティーは先日、ダンジョンから敗走したばかりだ。

 そのせいもあるのかもしれないな、と意識を周囲の視線から背け、真代は空き教室の敷居をまたぐ。


 教室の中には他に、数人の生徒の姿があった。


「ようやく来たのね!」


 と、真っ先に声を上げたのは、黒髪ツインテールの小柄な女の子。

 誘波いざなみ明里である。

 片手を腰に当て、見るからに不機嫌そうに顔をしかめていた。 

 小脇には何やら長方形の、彼女の身の丈ほどもある合皮製と思しきケースを抱えている。バットでも入っているのかもしれない。すでに準備万端、真代待ちといった様子だ。


「いや……なんか遅くなっちゃったみたいで……」


 その姿を見て、一瞬安堵してしまった自分を情けなく感じた。

 カッコつけようと思ったのに、出会い頭にこれなのだから。


 一方でまた、周囲に初対面の相手が数人いることが気になって〝よそ行き〟の口調になる自分に少し嫌気がさすも、この辺りはもう妥協していくしかないか。


(バイトする感覚で……、あぁ、でも、なんか変な感じだな……)


 家族の見ている前で学校の友人たちと接するような、接客業のバイト先に知人がやってきたかのような……そんな気まずさ。


 待たせてしまったせいもあるが、一度にこれだけの人数に注目され意識されるというのは初めてで――しかも、この全員とこれからしばらく付き合っていかねばならないことを思うと、どう対応しようかと戸惑ってしまう。


(これまではほんと、浅く広く……一度にごく少数と、最低限の付き合いだったからな。誰かと、それもこんな大勢とっていうのは……部活とかに入るようなもんだよな)


 覚悟も想定もしていたつもりだが、いろいろと――


(心の準備がいるけどさ、まずはここから始めよう)


 それがきっと、ダンジョン攻略の第一歩に繋がるはずだ。



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