03 これまでの氷解




                   ■




 ――そうなると、ダンジョン攻略における障害は――〝敵〟は、もしかするとダンジョンの〝外〟にもいるのではないか――


「生徒の中に、〝裏切り者〟がいる……? でも初雪はつゆきくんに協力する理由って……いや、でも、?」


 いつの間にか箸を動かす手は止まっていて、真代ましろは頭に浮かぶ考えを整理するようにぶつぶつと口に出してた。


「…………」


 やがて無言になり考え込む真代を見て、「ふふ」と聡里さとりは噴き出した。


「……な、なんすか……こっちは真剣に考えてるんすけど……」


「なんとなく、ね」


「はあ……」


 いまいち考えの読めない聡里から気を逸らそうと、真代は止まっていた箸を進める。


「ただね、私が当初思ってたより真代くんの頭の回転が速いものだから、感心しちゃって」


「それは、まあ……なんていうか」


 素直に喜べたらいいのだが、第一印象が気になってしまい微妙な気持ちになる。

 それに、頭の回転が速いなんて自覚もない――


「前の学校の成績は、〝どちらかというと平均より上〟ってレベルだったでしょう?」


「まあ、授業には普通についてけましたけど――はい? いや、なぜひとの成績を……」


「生徒会長だから」


 にこ、と微笑まれるが、真代は食欲が急速に萎えていく気がした。


(なぜ他所の学校のデータ知ってんだ……)


 しかし今彼女が見せるその微笑は、これまでのものと違って裏表のない、純粋に〝微笑ましい〟といった笑みのように真代は感じた。


「特にこれといった技術や才能があるようにも思えないし、」


 聡里は意味ありげに、真代の作った野菜炒めに箸を伸ばしながら、


「抜きんでて成績が良い訳でもない。そのことから魔法に関する才能も考えにくい。血縁者にそういう人がいる線を除けば、真代くんが今回ここに呼ばれた理由にまったく心当たりがなかった」


「…………」


 理事長が真代をこの学校に転校させた理由、だろうか。

 真代は少し疑っていたのだが、この口ぶりからすると聡里もどうやらその真相は知らないらしい。


 だけど――


「実際会ってみて……ハイネ先生には〝役割〟があって、プリンスくんには圧倒的な〝才能〟がある。でも、真代くんはどこからどう見ても〝普通〟だった……」


 自覚はしていたものの、こう改めて聡里から言われると、本当に他と比べて普通なのだなと苦笑したくなる。


「でもね、」


 と、


「ことダンジョン攻略に関して、真代くんは他のみんなとは異なる〝視点〟を持ってる」


「視点……?」


「私も含めてみんな、眼中にあるのはどうやってダンジョンの奥へ進むか。どうモンスターを効率よく倒すか。あるいはダンジョンやモンスターの仕組みについて。……でも真代くんはそれだけじゃない。それは自分に才能がないことを自覚してるのもあるんでしょうけど――あなたはダンジョンだけじゃない、〝その先〟を気にしてる」


 その、先――


「それは……、」


「初雪くんのこと、考えてるじゃない? もしも彼に協力者がいるのなら、それは――彼にどういうかたちであれ、がいるってこと」


 協力することにどんな意味が、どんな利益があるのかは分からない。

 たとえどんな意図があるにしても、あるいは白咲しらさき初雪にとって、その協力者は彼の〝友達〟になりえる存在なのではないか――


「真代くんは、〝相手〟が自分と同じ人間、そしてアルビナだってことをちゃんと意識してる。……真代くんくらいよ、ダンジョンを攻略しようって生徒の中で、初雪くんのことちゃんと〝心配〟してるの」


「…………」


 それは、単なる偶然だ。

 それは今回の一件とはなんのかかわりもない、真代のごく個人的な問題、過去とつながりがあったというだけ。

 白咲初雪という少年に対して、真代にはなんの思い入れもないと言ってもいい。


 ダンジョンの奥にいるのがアルビナだということ、その重要性を意識したのも、たまたまそれを指摘した人が――そう、それこそ、その〝役割〟を持った人がいたからだ。


 真代の実力でも、なんでもない。


「運も実力のうちって言うわよ? 実際、真代くんが来てから――〝動き出した〟って、感じがするもの」


「いやいや……それこそ、ただの偶然で……」


 それを言うなら、クロードやハイネもまた一緒に来たのだ。真代などよりも彼らの存在の影響が大きいだろう。


「でも、頭が回るって感じたのは事実よ。私がずっと考えて答えの出なかったことに、ここに来てたった二日しかない真代くんは気付いたじゃない。まるで名探偵だわ」


「はは……」


 まるで皮肉だ。

 それこそまさしく、たまたまヒントを得られるような状況に直面したというだけ――同じことを違う言葉で反論しようと真代を制するように、


「思うに、頭の回転が速い人っていうのは、普段からんじゃないかしら。……数学って、将来役に立つのかって話があるけど、それは〝考え方〟を身に着けるため、いろんな状況で、あらゆる可能性を考えられる思考力を身に着けるためのものだと思うのよね、私」


「……俺、数学も含めてどちらかというと平均より上、なんですけど」


 謙遜でもなんでもなく、生憎とこれは事実だ。

 自宅で勉強するよりバイトを優先した結果である。


「それが成績に反映されないのが不思議というか残念だけれど――悩んだり、迷ったり、そうやって苦しんできたからこそ、得られたものなんじゃないかって」


「――――、」


「……真代くんがずっと何に悩んでるのか、そこまでは分からないけど――少なくともそれは、今の真代くんにと思うわ」


 だから、そんなに自分を責めなくてもいい、と――


「何も知らない私が言うのもあれだけどね」


 そう言って、穏やかに笑む。


(……励まされてるのかな、これって……)


 少しだけ――泣きそうになる。

 これまで歩いてきた過去みちを、少しだけ認められるような気がして。


 身近に心の読める人間がいるというのは、やっぱり厄介なものだ。




                   ■




「……話は、戻るんすけど――」


 なんとか気分を切り替えようと、すっかり冷めてしまった味噌汁を口にしてから、真代は話題を戻した。


「妹さんと……仲、悪いんですか?」


 ずいぶんとまたストレートにプライベートなことをきいてしまったが、こちらもけっこう踏み込まれたし、それにこれは今後にも関わることだ。ぜひとも聞いておきたい。


「仲が悪いというか、あっちが一方的に私を敵視してる感じよね」


 聡里は特に表情を変えることもなく……いや、あからさまにため息をついてみせる。


「反抗期なのよ、きっと」


「反抗期……」


 まあ、そんな感じはある。

 ただ、横暴な姉を持ち、その姉のせいでいろいろとばっちりを受けてきた真代としては、姉の方にも何かしら原因があるのではないかと思うのだ。


「あの子、昔から反抗的だったからね……」


「…………」


 ほら、そういうところだ。真代の思い描く〝姉〟像そのものだ。

 明里あかりが反抗したくなる気持ちも分かる。

 ついでに言えば聡里は生徒会長なんてポジションにいる、明らかな〝優等生〟だ。妹としては、何かと比べられることもあっただろう。


(うちの姉は男勝りっていうか、あれだけど……聡里先輩のイメージとは全然違うけどさ……)


 本質的な部分は似ているように思えるし、加えて聡里は真代の母親と同じような雰囲気を持っている。

 苦手なタイプはと問われれば、今なら真っ先に聡里の顔が浮かぶこと間違いなしだ。


「まあ、そんな訳だから、私が何か言っても聞かないのよ、あの子は。むしろよけいに反発して、攻略に躍起になる。だからもう諦めてるわ」


「それならそれで……」


 生徒会長の力で明里のパーティーに圧力をかけるだとか、クロードのような特記戦力を引き入れて先に攻略してしまうだとか……他にやりようはあるのではないかと思うが、


「だからね、いずれ誰かがダンジョンを攻略する必要があるなら――明里に、攻略クリアさせてあげようと思ってるのよ」


 真代はその言葉を意外に感じた。

 その物言いとは裏腹に、聡里の顔には「仕方なく」ではない、より積極的な意思が表れているように見えたからだ。


「明里のあの態度はある意味、自信のなさの裏返しだと思うのよ。なんでもいいから、何か私に勝るものがほしい。そのためのダンジョン攻略。……そういう意味じゃ、あの子は誰かさんに似てるのかもしれないわね」


 意味ありげな視線を向けられる。

 明里とは似ても似つかないと思うのだが――


「えーっと……それじゃ……」


 明里のパーティーに加わることも認めてくれるのだろうか。


「そうね……なんだかんだ言っても、最大勢力、攻略最前線なんて言われてるパーティーだもの。真代くんにもちょうどいいでしょうし。私のことはあんまり気にしなくていいから……あんまり、ね」


 要するに、気には留めておけ、ということだろうか。


「あんまりトラブらないように注意しときます……」


「ええ、あんまりね。そのための〝お兄ちゃん〟なんだから――」


「……お兄ちゃんって――」


 もしかして――


 ……


(俺を勧誘するように、仕向けた……?)


 明里にあえて真代の存在を意識させ、真代をパーティーに勧誘するよう仕向けた――聡里の意味深な笑みを見ていると、そんな想像が浮かぶ。


 明里が無茶しすぎないようお目付け役にするためか、それとも――


「あのぉ……聡里先輩?」


「何?」


「この際だから、聞いておきたいんですけど――」



 ……もしかしてむかし、どこかで会ったことありますか?



 その問いに、彼女は――


「ふふ」


 待ってましたとばかりに、意味深な笑みで応えたのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る