02 ダンジョンの謎2
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鯖の味噌煮は缶詰だし味噌汁はインスタント、調理は野菜を炒めた程度だが、これでも立派な料理である。
材料は科学部の後に調達したもので、メニューはごく簡単な野菜炒めと味噌汁。とりあえずこの新しいキッチンでの初料理、疲れてもいるし内容は簡素なくらいでちょうどいいだろう。そもそもレパートリーだってそんなにない。
(食べれればいいんだ……)
……そう思っていたのだが、どこから聞きつけたのか、それとも嗅ぎつけたのか――
つい先ほど、
『お手並み拝見ね、私は料理できないけど』
『出来ないんだ……』
『味見は任せてちょうだい』
『食べる気だ!?』
そんなこんなで、少しだけ見栄を張って、腕によりをかけた。
(といってもあまり買い込んでないからな、素材の味で勝負するしかないか……)
おずおずと、皿に盛りつけた夕食を聡里の座るテーブルに並べる。
「というか先輩、夕飯は食堂だったんじゃないんすか……?」
太りますよ、そう続けそうになって、思わず息を呑んだ。
(こ、怖っ……今ゾクってした、ゾクって……)
寒気、悪寒……そんな感じの何かに襲われた。
(で、でもそんな……気にするほどか……?)
目に見えて分かる聡里の体型は特別太っているという訳でもない――ただちょっと全体的にふくよかで、ところどころ程よく肉付きが――
(おぉっと……やめようやめようそれまでだ。あー、お腹空いたなぁ~)
心を読める人間が身近にいるというのは何かと気を遣うものだ。
白々しく雑念を振り払いながら白米を二人分よそって、
「じゃ、いただきます」
「いただきます……。一応言っときますけど、俺の夕飯すからね?」
ともあれ、何もせず面と向かうよりは、食べながら話す方がまだ気が楽だ。
「こんな時間にこんなところにいるってことは、聡里先輩も
「生徒会は関係ないけど……そうね、そもそもの入居者が少ないけど、考えてみたらほとんどが生徒会役員ね」
「へえ……」
(クマと生徒会がグル……生徒会を買収……それなら何かと融通がきく……)
「まあ、一般寮と違って何かと自由が利くからね。生徒会とか、何かしら役職に就いてるとポイントも貯まるし」
「なるほど……」
別に、最初からそんなに疑っていなかったが――
「そういえば今日、妹さんと会いましたよ。……パーティーに誘われました」
パーティーに誘われた。自分で言ってなんだが、事情を知らない人が聞いたら誤解を招きそうな話である。
聡里がかすかに顔をしかめるのも不思議じゃないが、彼女の場合、別に誤解した訳ではないだろう。
「やっぱ……先輩的には妹さんがダンジョン入るのは反対だったり?」
「まあ……そうね。正直、あまり感心はしない。絶対に安全という保障もないし」
「…………」
そうなるとやはり、聡里との間に今後よけいな軋轢を生まないよう、きちんと断りを入れておく必要がありそうだ。
(先輩のサポートは捨てがたいし、かといって妹ちゃんのパーティーも惜しい。ちゃんと話しといた方がいいと思うし――もしかしたらこっちも、その件で来たのかもだ)
ちらりと窺うと、聡里はひとの夕食に箸を伸ばしながら、
「昨日もそうだけど、私と明里の仲があまりよくないのを気にして、
「これが忖度というやつか……」
「ただ、怪我の功名というのかしらね――」
真代の頭を見て苦笑する。
「ちょっと、気になることが出来たわ」
「……それって――」
なんだろう、と一瞬ドキッとした。
そういえば――この人はね、あなたのお兄ちゃんになる人よ。
……何か、すごいことを言っていた気がする。いろいろあって忘れていたが――というより忘れようとしていたのだが、思い出すとそわそわして落ち着かない。
「さっきの真代くんの話だと、プリンスくんのパーティーが先行していたのよね?」
プリンスという呼び名は生徒会のあいだでは定着しているのだろうかと思いつつ、真代は頷き――ふと、思い出した。
「クロードが先に……、それなのに、俺たちの前にもモンスターが。しかも結構な数」
熊者が呼んだという可能性も有るには有るが、だとしても、その呼びかけに応えたモンスターがいたということが問題だ。
そしてその問題は、聡里のいう昨日のトラブルにも繋がってくる。
(いろいろあったせいで、すっかり忘れてた――)
モンスターは奥から来る、という問題だ。
「ダンジョンは謎だらけだし、そういうこともあるのかもしれないけれどね、最近引っかかるのよ――モンスターの出現頻度について」
「頻度っていうと……量産されるのが早いってことすか?」
「〝量産説〟が正しいなら、そうね。でも私はこう考えてるのよ。――初雪くん以外に、モンスターを製造している誰かがいるんじゃないかってね」
「――――それは、」
何かが、繋がりつつあった。
「俺も……気になってたんすよ。モンスター以前に、あんなところに引きこもり続けられるはずがない。生活環境もそうだけど、まず、食事――」
誰か、協力者がいる――『魔法』の存在に圧倒されて、もっと単純なことが盲点になっていた。
魔法使いといえど人間だ。食事をしなければ生きられないし、ダンジョン内でそれを調達できない以上、誰かに外から届けてもらうしかない。
そう考えると、真っ先に思い浮かぶのは、
「
「否定してるんだ……」
しかし、疑惑は濃厚だ。
ことわがモンスターを通して食糧を届けている可能性は高い。それが実際可能かどうかは分からないが、少なくとも〝それ〟でモンスターを呼び出すことは出来る。
「だけど――相手がアルビナだってことを考えたら、簡単に差し入れできるお菓子やカップ麺とかだけじゃ無理がくる……いやまあ、一般人でもそうだけど」
アルビナとなればそれが特に顕著だ。
栄養管理は重要だし、生活環境だって整っていなければ――きっとこれまで過保護なまでの環境で、温室育ちをしてきただろう彼にはかなり堪えるのではないか。
それはもう意地とか我慢とか、そういう気の持ちようでなんとか出来る次元じゃない。
無理があるのだ。
だけど現実は、その無理が続いている――
「もし、待月さんの他にも協力者がいるとして――そいつがモンスターをつくってるとしたら――」
聡里がこの話を持ち出したきっかけを思い出す。
この脈絡を辿るなら――
「ダンジョンには、他に出入り口があるんじゃ……?」
モンスターは奥から来る――それも〝別の出入り口〟から入った『協力者』がいれば、奥から現れるのとは別に、モンスターの集団を送り込むことが出来るのではないか。
もしもそんな出入り口があれば、生徒会のチェックを受けずにダンジョンに出入りすることも可能だ。
そして――
(仮にクマどもが
彼は、〝外〟に出て食事をとっている?
「……というかそもそも、ダンジョンの中にはいないんじゃ……?」
少なくとも、常駐していないのでは――?
……あくまで推測だ。確証はない。
しかし飛躍しているとは言い切れないだけの根拠がある。
そして、可能性として浮上してきた以上――真代には無視できないのだ。
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