第3章 攻略開始

01 ダンジョンの謎1




 ふと、考える。


 年上の女性に対して苦手意識を覚えるようになったのは、何がきっかけだったろう。


 真っ先に思い浮かぶのは母と姉の顔で、事実もっとも苦手な存在と言えば母だ。

 しかし、それでも二人は〝家族〟だ。生まれた時からそこにあるもので、〝二人〟への苦手意識はあっても、それは〝年上の女性〟全般にまでは及ばないのではないか。


「…………」


 背中に視線を感じながら、縁科えにしな真代ましろはもう少し過去を遡ってみて――


(あの――)


 ――冷たい、目。


 幼き日に向けられた、背筋も凍るような冷たい視線。

 あるいはそれは、〝殺意〟と呼ばれるものだったのかもしれない。

 とてもこわかったことだけを、鮮明に憶えている――


「……どうしたの? 手が止まってるけど」


「あ、いや……」


 声をかけられ振り返ると、テーブルに頬杖をつく誘波いざなみ聡里さとりと目が合った。

 穏やかな微笑なのに、どうしてもそれを直視できない自分がいる。


「そんなに見られてると、やりにくいっていうか」


 それとなく顔を背けて、真代は作業に――料理に戻った。


 ダンジョンから帰って数時間後、夕食時を少し過ぎたころだ。

 まだ食堂で夕食をとることも出来る時間だったが、今朝の居心地の悪さを思い出すと一人で食べたい気分だった真代は今夜、自炊することにしたのである。


 場所は特別寮一階、共同調理室。


 調理室というよりはドラマなどで見かけるこじんまりとした給湯室といった趣だが、冷蔵庫や炊飯器があり、調理器具もIH機器が使われている。真代の実家よりも設備は整っていて、高価なものが揃っている。どことなく隠れ家めいた雰囲気があって、真代が密かに気に入っている場所だ。

 聞けばこの特別寮は今年度から使われ始めたらしく、利用者もほとんどいないのか、これらの設備はどれもまだまだ新しい。


(使ってるのは待月まつきさんくらいなのかな。たぶんここも〝初雪はつゆきくん用〟か)


 特異体質にとって、食堂で出される料理の全てが問題なく食べられるとは限らない。寮の食堂なのでアレルギー等には対応しているとは思うが、そうでない場合にここが使われる……予定、だったのだろうか。


(引きこもって、そもそも食堂つかってないだろうしな……。ダンジョンに入るまでは待月さんがここで食事つくって、部屋に運んでた感じか。……俺はどうしっよかな。上まで運ぶと片づけるの面倒だし――)


 他に利用者がいないなら、ここで食べてもいいかもしれない――と思い、ちらりと聡里の方を振り返ると、再びにこにことした笑みが目に入った。どうにも落ち着かない気分になる。


(こういう時、待月さんいてくれたらなぁ……)


 残念ながら、この場所の唯一の利用者だと思しき彼女は現在、今日のダンジョン探索の影響でダウンしてしまっている。


「…………」


 今度は手を止めないまま、少し物思いにふける。


(クロードが助けに来たのも、待月さんがなんとか外に連絡とってくれたお陰みたいだし――ほんと、情けないな俺は)


 ――巨大クマによるものか、ことわは気を失った状態で見つかった。


 一番にやられたせいか衰弱がひどかったものの命に別状はなく、今は自室で眠っているはずだ。


 しかし、疲れ切った真代が背負っても軽く感じるほど、ことわの身体は小さく、力が抜けきっていて……。


 マナを失うというのがどれだけの危険を伴うのか、真代は身をもって実感した。


 今になって――いや、今だからこそ、なのか。

 あの時こうしていれば……こうすれば良かったのでは……、そんな後悔が胸のうちを占める。


(特異種が現れた時、クマたちの仕掛けてた〝ジャミング〟は切れてたはず……それに気付けてたら、もっと早く助けを呼べたのに……)


 たとえ自分には何も出来なくても、出来る人間がいて、彼らに指示することで状況を打開できたかもしれない。あの中では自分がいちばん年上で、彼らを率いていた〝責任〟もあった――


 こんなことには――、と。


「そういえば、」


 気持ちが沈み込み、真代の手が完全に止まりそうになった、そのタイミングだった。

 まるで心を読んだかのような絶妙なタイミングで、聡里がそう声をかけた。


「今日はダンジョンに行ったのよね。どうだった? 成果は」


「成果……」


 目に見えて分かる、実感できる成果はこれといってない。そもそも何を以て〝成果〟を評価すればいいのだろう。

 攻略を進めた訳でも、アイテムを手に入れた訳でもない。むしろ科学部から借り受けた秘密兵器を失った。


 そんな訳で成果はないが、感想なら言える。


「……散々でしたよ」


 クマクマクマ、だ。

 思い返すだけでうんざりする。

 

 ただ、成果や収穫とまでは言えないものの、いくつか気にかかる点があったのは事実だ。


「聞いたわ、特異種が出たんですって?」


「まあ……それもそうなんですけど」


 特異種――なんでも、他の量産型モンスターとは性能や行動等、あらゆる面で異なる存在だという。それはダンジョンの奥で待ち構えているボスとは違い、直前まで何もなかった空間に突如現れたりと、これまでの定説が通用しない特殊なモンスターだそうだ。


(初雪くんがじかにコントロールしてる……そういう見解らしいけど)


 ダンジョンから出た後、急に元気になった美緒川みおかわ川内せんだいが話してくれた。科学部的には現在もっとも興味をそそられる存在のようで、まさしく喉元過ぎればなんとやら、二人とも熱弁してくれた。

 どうやら昨日も出現したらしく、例の寄生型との関係が疑われるとかなんとか。

 現状、ダンジョン攻略における最大の障害であるらしい。


 聡里もそのあたりに関心があるのかもしれないが、真代にはもっと他に気にかかることがある。


ぐるみん……着ぐるみ姿の連中がいたんですよ。クマの。何か聞いてません?」


 ダンジョンで出くわした、追い剥ぎ紛いのことをしていた二人組のことを聡里に話す。


「端末とられた生徒もいて……」


 掲示板の募集で集まった、ほぼほぼ初対面の寄せ集めパーティーだったらしい。昨日の明里パーティーの進撃に乗っかるかたちで攻略しようとしていたようだ。

 しかしモンスターに阻まれ、倒れた生徒を置き去りに無理に進軍し……順調に攻略していたクロードの足を引っ張る結果となった。

 そのお陰でクロードが早めに引き返すことになり、タイミングよく真代たちの救援に訪れた訳だが――


「その件なら報告が来てるわ。盗まれた端末はGPS追跡で見つかったそうだけど……」


 落とし物として届けられていたらしいが、しかし落とした財布がそうなるように、中のポイントは半分近く失われていたそうだ。


「ダンジョンに関して、気付いたらポイントがなくなってるって報告はこれまでも何件かあってね、毎回そんな感じで端末は見つかってるんだけど……」


「ポイントがなくなるって……具体的にはどんな理屈なんすか? お金じゃあるまいし、そんな簡単に盗めるものじゃないはず……端末間でポイントの受け渡しをしたらお互いに履歴が残るんじゃ?」


 真代も今日、科学部で宇碧うみどりあまねと〝取り引き〟をしたが、ポイントを渡した相手の端末情報はこちらの履歴に残っていた。

 被害に遭った生徒の端末が戻っているなら、その履歴を確認すれば犯人が割り出せるのではないか――


「それがね、履歴に残ってる名前は、毎回決まって――『白咲しらさき初雪』なのよ」


「……本人?」


「名前だけだから本人の端末かは分からないけどね。位置情報も掴めてないし、実際その所在も不明だから。ポイントの使用履歴なんかを調べられたらいいんだけど……」


 生徒会長といえど一生徒、そんな警察じみた真似は出来ないのだろう。学園側も大ごとにしたくないのかもしれない。


「私もそういうのはあまり詳しくないし。……ただ、今回の件で犯人は彼じゃないと明らかになった訳だけど。女の子だったんでしょう? その……クマは」


「少なくとも、片方は。でも、どうですかね……」


 まさかそれはないと思うが――あの着ぐる民のどちらかが〝本人〟だった、なんてこともありえる。特異種に襲われていたことを考えると、可能性は低いが。


(クマとは別に、近くで操ってたって線もあるけど――)


 なんにしても、だ。


「着ぐるみでダンジョンに入ったヤツとか、生徒会の誰かが見てたりしませんか? 絶対目立つと思うんだけど」


「それは聞いてみないことには分からないけど……」


 脱出後、真代がダンジョンへの立ち入りを管理していた後遠ごとおさんに聞いた限りでは、そのような格好をした二人組は入っていないとのこと。

 実際、真代たちがダンジョンに入る前にも、中にいるのはクロードの他には四人組のパーティーだけという話だった。


(その四人……まあ一人は被害に遭ってる訳だけど、その内の誰かがダンジョンの中で着替えたって線を疑ってたんだけどな)


 クロードと連れ立って、残りの三人は現れた。クマたちはクロードがモンスターに対処しているごたごたに紛れていつの間にかいなくなっていたが……後遠さんによれば、真代たちの他にダンジョンから出てきた生徒はいないという。


(入ってもいないし、出てもいない……。密室ものかよ。一人……一匹か? ともかく仲間がダウンしてたんだし、すぐにでも脱出したいはず……)


 あのふざけた連中のことが、真代にはどうも気にかかる。


 何か――ダンジョンに関する秘密に繋がっているような気がするのだ。



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