夢と希望と射精と僕と

ゆうけん

まさにそれは、最高の目覚めであった



 夢精した。


 それが最高の目覚めなのかは分からない。





 ―――


 小学校の担任が好きだった。

 何に対しても自信のない僕に、沢山の言葉で励まし褒めてくれた。


 それが、今回の出来事に関係しているのかは、証明出来ないのは解かっている。


 だが、夢に出てきた先生は……とても美しかった。



 僕には母親がいなかった。

 兄に弟と、親父おやじの男くさい家庭。


 きっと、それが原因なんだろう。


 恐らく、『最高の目覚め』は本能であって、動物的な目覚めだと思っていた。




 僕は中学生になり、夢精の回数が増えた。

 学校の授業で夢精について、生理現象だということは教わった。


 だけど、こんなにあるのだろうか。

 それこそ、毎日のように……。


 正直、怖かった。

 何か特別な病気なのではないだろうか。





 不安を取り除きたい一心で、図書館に向かった。

 病気なら原因があるはず、そして治す方法もあるはず。


 当時、インターネットもなく調べものをする手段は書籍しかなかった。



 市内にある図書館には、夢精に関わる本は見当たらなかった。

 もしかしたら、あったのかも知れない。


 図書館の職員さんに「夢精について調べているんです。参考になる本はありますか?」っと尋ねればあったのかも知れない。


 当時、そんな勇気は持ち合わせていなかった。

 いや、現在もない。



 住んでいる場所が首都圏ということもあり、国立図書館に通った。




 そこで得た知識は、僕の求めるものであった。



 夢精は11歳~14歳の思春期に起きやすく、それによって精通する者が多い。

 思春期は身体が未発達なので、古い精子をうまく処理できないからだ。精嚢せいのうへの精液のストックは三日間である。蓄積の限界となった古い精液のうち、タンパク質として体内に吸収されなかった精液が、新しい精液に押し出されて溢れ出るように出来ている。 ようするに自然な生理現象ということだった。



 ちなみにストックされなかった精子は快楽とは関係なく、尿と一緒に排出される。これは年齢に問わず起きる現象で、脳内の性欲が衰えても精液は生産され、無自覚に排出されているのだ。




 まったく知らなかった知識。

 不安だったモヤモヤが一気に晴れる爽快感。


 それと同時に面白さを感じた。

 それは、まさに知識への目覚めだった。


 新しいことへの好奇心と探求心の芽生え。


 知識を得ることによって、選択肢や可能性が広がる。



 今まで自信のなかった僕が……





 ―――







「なんで、こんな話をしてるかって?」

 僕はお腹が大きくなった妻に言った。


 妻はお腹を優しく撫でながら、僕を見つめ微笑んだ。


「ふふ。私。そんな顔してた?」


 質問したのに、質問で返され少し動揺する。


 僕が言いたいことが、既に妻には、もう伝わっているようだった。

 それでも言葉にする。それが妻に対する最大の礼儀だ。



「僕はこれから父親になる。間違いなく新しい視点や観点で世界が見れるだろう。その感謝の気持ちを言いたかったんだ」


「あなたはいつも、そう。知識欲に無我夢中で、真っ直ぐな人。だから、私は好きになったんだろうな」


 僕達はお互いの顔を見合わせ寄り添った。

 

「こんなに愛し合っている僕達二人の間に、生まれてくるこの子はきっと幸せになるね」


 僕には母の記憶は、ほとんど無い。

 それでも、理解できることがある。


 どんな子供にも可能性がある。

 この世界に無限の可能性を持って生まれてくる。


 僕達の子にとっても、となるに違いない。


 妻がとても静かに小さな声で僕に言った。


「あなたも、愛されて生まれてきたのよ……」



 春風がカーテンを揺らして、暖かな陽射しが優しく僕達三人を包んだ。

 



 やがて、生まれる新しい命を祝福するように。


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