盆栽万歳

いすみ 静江

盆栽万歳

 青森あおもり弘前ひろさき市で、中々通な趣味が広まっているらしい。

 弘前市内のハウスを活動拠点として、『盆栽愛好会』なるものが暗躍している。

 そこまでは普通だが、ここに至るまでが、不思議な物語で紡がれていた。


 ある日、七十四歳の治五郎じごろうが、唱えた。


「盆栽は、財産なり。して、盆栽は、金品なり」


 これは、町内会の五キロマラソン大会の開会式で言われた言葉だ。


「儂は、間違えて弘前へ根付いてしまった。そこは、もういい。これからは、如何にして弘前人生を楽しむかにかかっている」


 マイクの下で見守る妻の七十五歳の小桜こざくらに、治五郎さんが挨拶をした。


「お岩木山いわきやまも見えんようになったしの」


 小桜は、遠く耐震工事を行い、お岩木山が見えていた方角を向く。

 これぞ、目と目が触れ合うとでも言うのだろうか。


「小桜、お前は分かってくれるよな」


 付言したいことがあったらしい。


「ただし、盆栽は食べられないの。お腹いっぱいにしたければ、売るしかないよの」


 こら、何もこの場で言わなくてもと、小桜を治五郎がめっとする。


「そうなると、手元にはどの子もいなくなるの」


 治五郎は、ハウスの将来を憂いた。


「寂しいことを言うではないぞ、小桜」


 今朝の『おはよう、盆栽』を見たのかと、小桜が新聞紙のジェスチャーをするもかえって分かりにくかった。


「おはよう盆栽を読みましたかの?」


 面倒になってきたので、朝礼台の上にいる治五郎に直談判に入る。


「今朝は、盆栽の集いがあるので、忘れておったわ」


 治五郎は、慌てて来た。

 そもそも、妻の小桜は、集いに行かないと言っていた。


「驚かないで欲しいの。これは、嘘のニュースか本気のニュースか、まだ分からないの」


「何が書いてあったのじゃ?」


 小桜は身を引き締めた。


「外惑星生命体・ボインボインのボンサイーンが襲来するそうだの」


「なぬ? 儂が危ないのか?」


 真っ先に毎度自分のことを考えてしまう。

 町が危ないな。

 とにかく、駅前とかで暮らしていても仕方がないから、地方へ越すか。


「人には危害を加えないと公約してしているそうじゃの――。しかし、わらしは、そうは思わね」


「ボンサイーンの弱点はなんじゃ?」


「おはよう盆栽によると、モチを食べればいいらしい。へなへなに酔うとあったの。それから、ニンニクが嫌いだから、青森の名産地で沢山あるニンニクを軒に下げようかの」


「ああ、本当にニンニク嫌いのボンサイーンが、去ってくれれば、この弘前に暮らしてえがった」


 二人で手を取って、ボンサイーンの襲来を待つ。

 この時代、地下には、核シェルターも津波対策の屋上避難路も準備するのは、国で義務付けされている。

 費用は、国で半分負担してくれるが、項目により、自腹のものもある。


 うー。うー。ううー。


 サイレンが鳴った。

 これは――。


「おじいさん、核シェルターへ行くしかないの」


「OK、OK」


 台所の床下収納庫の下に、核シェルターがある。

 治五郎がお気に入りの盆栽を持ち込んだが、小桜はダメと叱ったりしなかった。


「これ、逆さにしていいかいの?」


「寧ろ、儂からも頼む」




 ――自腹で備えた砂時計は、あまく三分間を刻む。



 草木も生えぬところとなった地球が残った。



 正確には、砂時計だけが……。


 永遠の姿を求めていた。














Fin.

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